359・シキがナイジェルと協力したら、手が付けられません
向かう馬車の中。
「また負けました!」
そう声を上げて、私は手札のカードを床に置きます。
そんな私を見て、ドグラスはにやにやと意地の悪い笑みを浮かべていました。
「ふっ……相変わらず、汝はこのカードゲームが苦手だな。ゲームの中だけでも、汝は嘘を吐くことを覚えればいいのだ」
「むむむ……」
反論も出来ず、私は悔しい気持ちを堪えるしかないのでした。
──リュシアンに奪われた、ナイジェルの精神を取り戻す。
そのために、私達は氷の国フロストガルドに向かうことになりましたが、問題があります。
フロストガルドの気候は年中吹雪なので、ドグラスが飛べないのです。
結界を張って強行突破をするという手もありますが、それでも吹雪のせいで視界が悪く、墜落の危険性があります。
そうでなくとも、フロストガルドでなにが待ち受けているか、分かりませんしね。
魔力は節約したい。
なので私達はなるべく近くまでは、ドラゴン形態になったドグラスとファーヴに送ってもらい、そこからは馬車に乗って向かうことにしましたが……。
「呑気なものだ。フロストガルドでは、リュシアンと戦いになるかもしれないのだぞ。それなのにカードゲームに興じているとは……貴様らに、緊迫感という言葉はないのか」
少し離れた位置で私達を見守っていたシキが、呆れたように溜め息を吐きます。
「どちらにせよ、ゆっくり馬車で向かうしかないんだ」
しかし、ナイジェルがこう言い返します。
「ここで僕達がいくら頑張っても、馬車の速度が上がるわけじゃないだろ?」
「む」
「それに、フロストガルドに着く前から気を張り詰めていたら、いざっていう時に疲れて力が出せなくなる。だからせめて、馬車の中だけでも気分転換をする……合理的な判断だよ」
「ちっ……貴様が口が回るところは、ガキの頃からか」
ぐうの音も出なかったのか、シキが気まずそうにそっぽを向きます。
……ナイジェル、今は十歳前後の体と精神をしているのに、大人顔負けの落ち着きですね。
昔から、ナイジェルは神童と謳われていたと聞きます。
マリアさんを含む、他の王子が太刀打ち出来ないほどに。
その片鱗が垣間見え、まだ知らなかったナイジェルの一面を知れて、なんだか嬉しくなります。
「ファーヴ──シルヴィ。そちらは大丈夫ですか? そろそろ変わりましょうかー?」
次のゲームに移るためカードを切りながら、私は外で馬車の御者を務めてくれているファーヴとシルヴィに話しかけます。
現在、フロストガルド……特に“死都”に向かう国交は断絶されています。
人も住んでいない土地ですし、わざわざ危険なフロストガルドに向かってくれる馬車はありませんでした。
なので馬車を借り、交代で馬車の御者を務めている──ということなんです。
「──心配ない」
外から、吹雪の音に混じってファーヴの声が聞こえてきます。
「シルヴィも体調がよさそうだしな。俺達はもうしばらく、二人でゆっくりしておく」
「私達に気にせず、楽しんでくださ〜い」
「ありがとうございます」
外は吹雪いているので、決してゆっくり出来ないはずですが……ここは二人のお言葉に甘えましょうか。
カードの束を切り終わり、私はシキに顔を向けます。
「シキ。あなたも一緒に遊ばないですか? 外の風景なんか眺めても、雪しかないでしょうに」
「遊ばん。妾は一人が好きなのだ」
窓の外に視線を向けたまま、シキが答えます。
「さては汝……負けるのが怖いな?」
しかしそんなシキに、ドグラスが挑発的な言葉をかけます。
「はあ? なにを巫山戯たことを言っている」
「なに、汝は戦いにおいては、なかなかの強き者だ。だが……カードゲームはどうだ? 人間が作った戯れに臆するほど、臆病なのか?」
ピキッ。
一瞬、シキの額に青筋が走った……ような気がしました。
「ほお、面白いことを言ってくれる。よかろう、貴様の挑発に乗ってやる。人間が作った戯れなど、妾が破壊してやる」
そう言って、私の隣に腰を下ろして胡座をかきました。
ハラハラしている私の一方、ナイジェルはニコニコしているばかり。
肝が据わっていますね……。
「ルールを説明しろ」
「は、はい。ルールは……」
私達が興じているのは、『悪魔ゲーム』。
悪魔陣営と村人陣営に分かれ、悪魔が村人を全滅させたら悪魔陣営の勝利。村人は村を発展させながら、悪魔を探し出せたら勝利。
さらにピエロといった役職もあり、これは村人陣営に属しながら、悪魔陣営に与するスパイのような立ち回りをしなければなりません。
一年前からベルカイム王国で徐々に流行り始めたカードゲームですが、今となってはリンチギハムでも広く楽しまれるようになりました。
「ふむふむ……悪魔だと気付かれずに、村人の中に忍び込む必要があるのだな」
簡単に説明しただけですが、シキは早くもゲームのルールを理解したようで、
「くくく、意外と簡単なカードゲームではないか。震えるがいい。妾が村人陣営を全滅させてやる!」
と自信満々な笑みを浮かべて、カードを手に取りました。
そういうことは口にしてはいけないのですが……彼女の性格でしょうか。見た目通り、シキはあまりカードゲームが強くないようです。
これなら、私も勝てるはず……!
そう意気込み、カードゲームが始まりました。
しかし、早くも状況が動きました。
「「「シキが悪魔だ」」」
私とナイジェル、ドグラスの三人がシキを悪魔に指名します。
すると、シキは虚をつかれたように、
「なっ……なにが根拠だ!?」
と声を荒らげました。
「いや……全滅させてやるって言っていましたし」
「バレバレだったね」
「はっ! 偉そうなことを言っていた割に、他愛もない!」
追及され、シキは言葉を失います。
「くっ……なかなか、やるではないか。だが、勘違いするな。妾を倒しても、第二第三の悪魔が現れるだろう……」
「あなたが言うと、洒落に聞こえないんですが……」
ともあれ、これで悪魔を村から弾いたことになります。これで村人陣営の勝利のはずですが……。
「終わりだね」
「えっ!?」
急にナイジェルの手がにゅっと伸び、村人である私をさくっと(ゲーム上で)殺します。
そのまま怒涛の勢いで追い上げ、村人陣営である私達の負けとなりました。
「ナイジェルが悪魔だったんですか!?」
「うん、そうだね」
「だったら、シキは……」
「妾はピエロだ。バカものが」
してやったりといったような表情で、シキが悦に入ります。
……やられました。
ピエロという役職の肝は、悪魔の代わりに殺されることにあります。
その間に、悪魔が村人を全滅させるんですね。
なのでシキは、まんまと私達を出し抜いた形。
ナイジェルもシキを信頼し、堂々とブラフを吐いたのもお見事です。
「お二人が手を組むと、手が付けられませんね……」
ドヤ顔で腕を組むシキ。そして、ニコニコと笑い続けるナイジェルを見て、戦慄が走ります。
「も、もう一度だ! 一度負けて諦めるなど、ドラゴンとしての矜持が許さぬ! 今度は我が、村人を根絶やしにしてくれよう!」
「やってみろ」
ドグラスはむきになって、ものすごい勢いでカードの束を切っていました。
◆ ◆
「……楽しそうだな」
馬車の外。
ファーヴは馬の手綱を握りながら、隣のシルヴィに話しかけた。
「はい、とても」
それに対して、シルヴィは笑顔で答える。
シルヴィは元々、体が弱かった。
ゆえにこの地域に吹雪は体に堪えると思うが……それを一切、表には出さない。
(強い女性だ。それに、他人が楽しそうにしているのを、なによりも幸福に感じているよう。だから俺は、シルヴィのことが好きになったんだ)
シルヴィの横顔を見て、ファーヴは思う。
「……体は大丈夫か? 寒かったら、馬車の中に戻っていてもいいんだぞ。ここは俺一人で十分だ」
「お気遣い、ありがとうございます。ですが……」
ポスッ。
不意に、ファーヴの肩にシルヴィが頭を置いた。
「あなたの隣が、一番暖かいから……もう少し、こうさせてください」
「……そうか」
再び前を向くファーヴ。
吹雪はやまない。
だが、ファーヴはあの蒸し暑かった竜島よりも、今がなによりも暖かく感じるのであった。





