360・“死都”を守る敵
それからも吹雪の中、私達を乗せた馬車は走り続けましたが……。
「村……ですね」
寂れた街並み。
建ち並ぶ家屋はボロボロで、いつ吹雪で壊れてもおかしくないと感じました。
私達は一旦そこで馬車を止め、外に出ます。
「廃村というわけか」
「そうですね。フロストガルドには、もう誰も住んでいないはずですから」
ドグラスが零した言葉に、私はそう答えます。
こうしている間にも、吹雪は吹き続け、吐いた息が凍ってしまいそうなほどの寒風が肌に当たります。
「今日はここで、休ませてもらおうかな」
「休む? リュシアンが近くにいるかもしれない状態で? しかも、“死都”はすぐ目の前だろう。そんなことをしている暇はあるのか」
ナイジェルが言った一言に、シキは訝しげに眉をひそめます。
「君の言うことにも一理あるよ。だけど、もう少しで日が暮れそうだ。ここからなにが待ち受けているか分からない」
「それはそうだが……」
「情報収集をかねて、今日は一晩ここで過ごすべきだと思う。みんなはどうかな?」
ナイジェルが他のみんなにも意見を求めますが、私達の答えは一致。ナイジェルの案に反論せず、首を縦に振ります。
「……妾だけ反対派か。まあ、いいだろう。なんにせよ、ゆっくりして一番困るのはナイジェル自身だ。貴様がそう言うなら、妾はこれ以上文句は言わんよ」
シキも少し腑に落ちなさそうですが、渋々頷いてくれました。
「決まりですね。でしたら、寒さを防げそうな場所を探しましょうか。少し悪い気もしますが、家の中に入らせてもらって──」
「止まれ」
一歩踏み出そうとすると、上から声が聞こえます。
視線を声のする方へ向けると、壊れそうな家の屋根の上に、一人の女性が弓を構えていました。
彼女の私達を見る目には敵意がこめられて、今にも矢が放たれそう。
「君は?」
ナイジェルがすかさず、彼女に声をかけます。
「貴様らの国では、人の名前を聞く時は、まず自分からと教えられなかったのか?」
「……失礼した」
ナイジェルは姿勢を正し。
「僕はナイジェル。リンチギハムからやってきた」
「私はエリアーヌです」
「我は──」
私とナイジェルに続いて、ドグラスとファーヴ、シルヴィも続いてきます。
もっとも、シキだけは突然現れた彼女を鋭い目つきで見ているだけで、名乗りませんでしたが。
「なぬ? ナイジェルというと、ナイジェル・リンチギハムのことか。リンチギハムの賢王だと言われる」
「まあ、そうだね」
「嘘を吐くな! リンチギハムの賢王が、そんな子どもなわけがないだろう! この期に及んで偽の名前を騙るとは、大した度胸だ」
女性の声に、怒気が混じります。
……まあ、信じられませんよね。まさかリンチギハムの国王が精神を奪われ、こんな子どもになっているとは思いもしないでしょうから。
私達がどうやって謎の女性の疑いを晴らそうか悩んでいると、彼女は弓を強く引きます。
「まあいい──ふざけるつもりなら排除するだけだ。何人たりとも、これ以上“死都”には近付かせるわけにはいかない!」
そう言って、女性は弓を放ちます。
風を切り裂き、ナイジェルに向かってくる一本の矢。
しかし。
「あら。急に矢を放つなんて、失礼じゃないですか?」
即座に結界を張って、矢を防ぎます。
「エリアーヌ、ありがとう」
「いえいえ」
ナイジェルに、私はそう微笑みかけます。
一方、謎の女性は顔を歪め、
「くっ……! 結界魔法か!? そういえば、リンチギハムには聖女がいると聞いたことがある。一筋縄ではいかないということか。だが──」
さっと手を上げます。
次の瞬間、村の死角から次々と矢が放たれていきます。
それを私は結界で防ぎ──時にはドグラスとファーヴ、シキが叩き落とすことによって、無効化していきます。
ですが、女性は少しも怯んだりせず。
「この程度で終わると思うな。村中に罠を仕込んでいる。地の理は我にあり! たとえ千人の大軍でも、持ち堪えてみせよう!」
「……どうやら、このままじゃ落ち着いて話も出来そうにありませんね」
「とりあえず、彼女を捕まえよう。そうすれば、まともに話し合いも出来るだろうから」
「ふんっ、最初からそうしていればいいのだ。まどろっこしい真似をしよって」
ナイジェルとシキが剣を抜きます。
ナイジェルが握る剣は体のサイズが合わず、少しふらつきますが、堂々と構えます。
幼い頃から、剣の鍛錬を欠かさなかったという証明でしょうか。
シキはアマツで見た、刀身の細い剣。刀です。
「無論、我も加勢するぞ」
「あまり手荒な真似はやめてくださいね〜。勝手に村に立ち入ったのは、私達の方ですから」
「ああ、もちろんだ」
ぽきぽきと拳を鳴らすドグラスをシルヴィが注意し、ファーヴが双剣を構えながら頷きます。
「これだけの矢を放たれて、戦意を失わないとは……やはり、貴様らは只者ではないようだな。いいだろう! 守り人隊長、カリスタが相手をする!」
女性が前口上を口にし、戦いが始まりました──。
──とはいえ、戦いは一方的なものでした。
まずはドグラスとファーヴ。
「ガハハ! あれだけ偉そうなことを宣うから警戒していたが、この程度か! 子ども騙しの罠ではないか!」
「ドグラス、油断するな」
周りの罠を薙ぎ払いながら、女性に向けて進軍していきます。
そしてシキ。
「なかなかの弓の使い手みたいだが……付け焼き刃だな。妾には通用しない」
女性から次々と放たれる矢を前にしても、シキは眉一つ動かしません。
そして、私とナイジェル。
「な、何故だ……何故、私の弓が完全に防がれる! 結界というのは張る前に、幾ばくかの隙が生まれるではなかったのか!」
「悪いですが、私はそういうの必要ないんです。これくらいの結界なら、一瞬で張れますから」
「君はすごいね。元ベルカイムの聖女だって聞いたけど……君がいたから、今までベルカイムは他国から侵攻されてこなかったのか」
一歩ずつ──ですが着実に、女性へ近付いてきます。
この最強メンバー。
今なら、《赤き災厄》や《時の巨人》といった“終末の種”にも、負ける気がしません!
やがて、ナイジェルがシキと共に、ひょいっと女性がいる屋根の上に飛び移ります。
「ひっ……!」
短く悲鳴を上げて、後退りする女性。
「悪いけど……怪我をさせないためにも、とりあえず拘束させてもらうよ。シキ、頼めるかな」
「任せろ」
にちゃあっと悪い笑みを浮かべて、シキが両手をにぎにぎとしながら、女性に近付きます。
女性はすぐに逃げようと身を翻しますが、それは叶わず、シキによって捕縛されます。
「ま、待て! なんで貴様ら、そんなに強いんだ! ほとんど反則……って、やめろ! そこを触るな。もうおとなしくするから……優しくしてえええええ!」
女性の叫びは天にまで昇り、村中にこだましました。





