356・ちっちゃくなったナイジェル
「ビックリさせて、ごめん。だけど、僕にも状況がよく分かっていないんだ」
ナイジェル──子どもの姿こそしていますが、間違いなく彼の声で、こう告げます。
「まずは説明してほしい。君達が誰なのか──そして、僕の身になにが起こっているのか。話はそれからだ」
その口ぶりは堂々としたもので、動揺や混乱などを一切感じさせないものでした。
「え、えーっと、これは……」
「僅かに精神が残っていたか」
戸惑っていると、シキが腕を組んで、声を零します。
「完全に精神を奪われたと思っていた。だが、違った。だからこうして、ここに立っているのだ」
「精神が残っていたとして……どうして、子どもの姿になっているんですか?」
「妾と似たようなものだろう。肉体は精神の器だ。元の肉体の器では、未熟な精神が耐えきれない。ゆえに肉体が精神の形に合わせて、小さくなったのだ。もっとも……」
そう言って、シキは子どもの姿のナイジェルに顔を向けます。
「妾ほど、酷くはないみたいだがな。おおよそ、五歳くらいの記憶と肉体に戻っているのだろう? 妾とは違い、自分が何者か分かっているはずだ」
「うん、その通りだよ。僕はナイジェル・リンチギハム。この国の第一王子だということも、ちゃんと覚えてる」
力強くナイジェルが頷きます。
王子……と口にしているということは、シキの言う通り、記憶も五歳前後になっているみたいですね。
精神の発達具合もその時期まで、戻っているんでしょうか?
「ナイジェル陛下を見守っていましたが、急にその体が光に包まれ……光が収まった時には、このような状態になっていたということです」
動揺を隠しきれない声で、アビーさんがそう補足を入れてくれます。
「しかし、油断はするなよ」
シキは私を見る目つきを厳しいものとして、こう続けます。
「ナイジェルの精神の大部分が、リュシアンに奪われたことには代わりない。ここにいるナイジェルの精神は消えかけの灯のようなものだ。このまま精神を取り戻さなければ、直に消える」
うーん、まさかこれで解決とまでは思っていませんでしたが、状況は緊迫したままみたい。
リュシアンからナイジェルの精神を取り戻す、という方針には変わりありません。
「……危機迫った状況みたいだね。もう少し、詳しく教えてもらっていいかな?」
「はい。私達は──」
子どもの姿のナイジェルに、私はこれまでのことを説明しました。
今のナイジェルは先代国王から王位を継ぎ、国王陛下になったということ。
私はエリアーヌ。ベルカイムの元聖女であり、今はあなたの妻だということ。
《時の巨人》とリュシアンによって引き起こされた、災厄についても話します。
話すことが多くて駆け足になってしまいましたが、ちゃんと理解出来ているでしょうか?
なにせ、今のナイジェルは五歳前後の精神なんですから。
しかし、ナイジェルは顎に手を添え、
「なるほど……そういうことだったんだね。だから君達は僕の精神を取り戻すために、フロストガルドに向かおうとしているんだ。理解したよ。迷惑かけて、すまない。自分が不甲斐ないよ」
澱みない口調でそう答えました。
取り乱してもおかしくないというのに、やはりその声には冷静に状況を把握しようという理知的な響きがあります。
それを見て、私はこう思います。
((((子どものナイジェル、かしこ……っ!))))
何故だか、ドグラスとファーヴ、シルヴィも同じことを感じているように思いました。
子どものナイジェルに感嘆していると、彼は覚悟を秘めた目で、私達を見つめます。
「だったら……僕も、君達に同行させてほしい」
「ナ、ナイジェルもですか?」
「うん。君達にだけ苦労をかけて、僕だけ城でぬくぬくと待っているなんて、出来ないよ。それに精神を取り戻したとして、その場に僕……の器である肉体がなかったら、元に戻るか分からないだろう? 最善を尽くすべきだ」
そう言うナイジェルの言葉は真っ直ぐとしたもので、簡単には引き下がらない覚悟のようなものを感じました。
「……みなさんは、どう思いますか?」
「我はいいと思うぞ」
みんなに意見を求めると、真っ先にドグラスが声を上げます。
「それに、見上げた根性ではないか。危険を承知で飛び込もうとしているのだからな。仮にナイジェルに危機が迫ろうとも、お兄さんが守ってやるぞ。ガハハ!」
「俺もドグラスに同意だ。ナイジェルなら、ないとは思うが……後から勝手に付いてきても、余計に困るだけだからな」
「私も同じです」
続けて、ファーヴとシルヴィを同意を示します。
「シキはどうですか?」
「貴様らの勝手にしろ。それに仮に精神をリュシアンから取り戻したとて、その器である肉体が近くになければ、元に戻らないのではないか……という意見も一理ある。今は異常な事態。あらゆる可能性を考えて、行動すべきだ」
シキも積極的でこそなかったものの、ドグラス達と同じ意見のようです。
私はというと……正直、ちょっと心配。
いくら聡明だとしても、今のナイジェルの肉体は五歳前後であることには変わりないんですから。
聖女の加護を付与したとして、どこまで戦えるかも未知数です。
ですが、私達が守ればいいだけです。
よくよく考えてみれば、ナイジェルの体をリンチギハム王城に残しておくのも、それはそれで不安です。
ナイジェルの精神が僅かに残ったことを知り、リュシアンがまたなにか仕掛けてくるかもしれないのですから。
だから。
「……分かりました。ではナイジェル、よろしくお願いします。私達に力を貸してください」
「もちろんだよ」
と、ナイジェルが自分の胸に手を当てます。
姿は子ども。だけど、言動の節々から確かにナイジェルを感じることが出来て……なんと言いますか、とても可愛らしく感じました。
──こうして私達はナイジェルの精神を取り戻すため、氷の国フロストガルドに向かうことになりました。





