355・眠れる王子
コミカライズ13巻が、本日発売となりました!
そして、webでも『眠れる王子と白銀の誓い』編スタートです。
リンチギハム王城。
その会議室で、私達はこれからのことを話し合っていました。
「ナイジェルの容態は安定しています」
私はそう告げます。
「ですが、未だ目覚めません。呼吸も脈も安定しているので、しばらくは無事だとは思いますが、理由が分かりません。なので、みなさんの知恵をお借りしたいのですが……」
私は会議室に集まった、みんなを眺めます。
現在、会議室に集められたのは私を含めて五人。
一人はドグラス。
赤髪で体格のいい男性です。
彼は元々ベルカイムで巣を張っていたドラゴンで、私が追放されたことをきっかけに、リンチギハムに移り住むことになりました。
そして、ファーヴとシルヴィ。
二人はドラゴンと人間という種族の違いがありながら、恋人同士として深い絆を結んでいます。
今まで時の牢獄に閉じ込められていましたが、こちらの世界に戻ってきました。だというのに、いきなりこんな事態に突き合わせるのは、心苦しいです。
そして五人目──それがシキ。
彼女の正体は一年前、リンチギハムで復活を遂げ、私達に猛威を振るった魔王です。
ですが、何者かの手によって復活を果たし、こうして私達の前に存在しています。
二度も三度も、世界を支配しようとした魔王。本来なら手を取り合うべき相手ではありませんが……彼女は東方の島国アマツで、私達を助けてくれました。
今では全盛期の十分の一ほどの力もありませんし、少なくとも私達にもう敵意は抱いていないので、大丈夫でしょう
シキは話し合いが始まってから、じっと腕を組んで、一言も発しません。彼女もこの事態はさすがに想定外なんでしょうか。
「まずはその前に──状況の整理をしたい」
ドグラスがそう説明を求めます。
「我々は、あの不可解な状況を抜け出した。しかし抜け出した先にあったのは、さらなる危機だ。しかもナイジェルが目覚めないなど、今までで一番の危機かもしれぬ」
「その通りです」
「そのためにも、まずは状況を整理すべきだ。話してくれるか? 今、エリアーヌ──そして我らの身になにが起こっているのか……を」
「分かりました。私達は……」
今までの出来事を思い出しながら、私は話し始めました。
私はベルカイム王国の聖女でした。
聖女として国に結界を張っていましたが、当時の婚約者クロードに婚約破棄と国外追放を告げられ、リンチギハムに移り住むことになりました。
そこで出会ったのがナイジェル。
ナイジェルに強く惹かれた私は、彼と結ばれることになります。今では国王と王妃という関係になり、リンチギハムを支えています。
そんな私達が立ち会った事件が、『一日がループする』という状況。
女神祭前日。何度も何度もループする一日から抜け出すため、私は時空に張られている結界を壊すことにしました。
しかし、結界の内側にいる私達では、結界を壊すことは不可能。結界の効力が内側にまで及ぶからです。
そこで私が閃いた方法は、時空の外側──時の干渉を受けない時の牢獄にいたファーヴとシルヴィに、結界を破壊してもらうことでした。
その狙いは見事的中。ファーヴとシルヴィも時の牢獄から脱出し、『一日がループする』という状況を打破することが出来ました。
無事に祭り当日をみんなで楽しんでいましたが、ここでもまた異変が発生。時空に結界を張った元凶、《時の巨人》の力が暴走し、過去現在未来が入り乱れたような状態になったのです。
ですが、最終的にシキの力も借りて、私とナイジェルは《時の巨人》に立ち向かいます。
時を操る《時の巨人》に苦戦しながらも、私達はなんとか倒すことが出来て……再び正常な時間が戻ってきました。
これで一件落着。
祭りも無事に閉幕して、一安心だと思っていましたが……死んだと思ったはずのリュシアンが突如私達の前に姿を現し、牙を剥きます。
リュシアンはナイジェルの胸を貫き、そのまま消えていきます。
あれから一晩経っても、ナイジェルは目覚めないまま。脈と呼吸もあることから、最悪の事態には陥っていませんが──原因は不明。
私一人では事態を解決出来ないと思い、こうしてみんなに会議室に集まってもらいました。
「……というわけです」
話を終え、私は一息吐きます。
「どうしてナイジェルは目覚めないのでしょう? そして、この状況はいつまで続くのか。リュシアンはなにが目的だったのか、どこに行ったのか──分からないことばかりです。誰か、意見はありませんか?」
みんなを眺めながらそう口にしますが、この状況に戸惑っているのは同じなのか、すぐに答えは返ってきませんでした。
いつも、こういう司会役はナイジェルがやっていたので、なんだか落ち着きませんね。
ですが、気後れするわけにはいきません。
ナイジェルが目覚めない以上、私が頑張らないといけないんですから。
場が静寂に包まれていると、
「おそらくだが──」
今まで沈黙を守っていたシキが、唐突に口を開きます。
「ナイジェルは、精神と肉体が分離した状態になっていると考えられる」
「分離した状態?」
「うむ」
そう頷いて、シキは続けます。
「あの小僧──リュシアンはあの時、手刀でナイジェルの胸を貫いた。だが、それはナイジェルの殺害が目的だったわけではない。
脈も呼吸もしているのに、未だナイジェルが眠り続けているのがその証拠だ。リュシアンによって精神を奪われた。人や魔族というのは、精神と肉体が伴ってこそ、生き物になる。だからだろう」
「どうして、リュシアンにそんな真似が出来たんだ? 魔王信教なるものの教皇とは聞いたが……ヤツは何者だ?」
そう質問するのはファーヴ。
それを受けて、シキは大きく息を吐いてから、こう続けた。
「ヤツと対峙して覚えた違和感……その正体が、今になって初めて分かる。ヤツの精神は、ここにはない」
「そりゃあ、今更この王城に留まっているはずがないと思うが……」
「そういう意味ではない。妾たちが見ていたヤツの体──あれは幻なのだ。精神体と言い換えてもいいだろうか」
精神体──。
不思議な少年だとは思っていました。
最初、中央広場で歌を歌うリュシアンを見た際にも、何故か周りの人たちは彼に気付いていないよう。
そして、ドグラスの証言。
彼は間違いなく、『リュシアンは魔力を暴走して、自壊した』と言いました。
しかし、リュシアンははっきりと生きていて、私達の前に姿を現します。
ただのドグラスの見間違いだと切り捨てるには、あまりにも違和感が多い出来事です。
だから。
「精神体……だったからこそ王城に忍び込み、ナイジェルの精神を奪うことも出来た。ドグラスがリュシアンは死んだと思ったのも、あくまで彼が死んだように見せかけただけだったんですね」
「そうだ」
シキが頷きます。
一方、ドグラスの方にも視線を移してみると、彼は悔しさで歯を食いしばっていました。
リュシアンを仕留めきれなかったどころか、彼に出し抜かれたことを悔いているのでしょう。
しかし静かにシキの話に耳を傾け、ぐっと怒りを堪えています。
「つまり、私達の前に姿を現したリュシアンの本体は、また別のところにある。あくまで精神体を飛ばしていただけに過ぎないということですか」
「その通りだ。もっとも、まだ推測にすぎぬ。普通は精神体を飛ばすなどといった都合のいい真似は出来ないからな。ヤツの正体については、引き続き議論はすべきだろう」
シルヴィの言葉に、シキがそう答えました。
「……でしたら、リュシアンはどこにいるんでしょうか?」
シキの説明が終わりかけたところで、私は口を開きます。
「シキの話を聞くに、おそらくナイジェルの精神はリュシアンと同じ場所にあると考えられます。リュシアンからナイジェルの精神を取り戻せば、ナイジェルも意識を取り戻すのでは?」
「そうだろうな。だから妾はこの一夜、リュシアンの魔力を辿っていた。ようやく答えが出たが……」
シキは会議テーブルに広げられた地図に視線を落とし、ある一点を指さします。
「──ここだ。ここから、リュシアンの気配を感じる。妾の推測が当たっていれば、ここにナイジェルの精神もいるはずだ」
希望が生まれ、会議室にいるみんなの顔が上がります。
シキが指さした場所はリンチギハムからさほど離れておらず、馬車で一週間ほどかかる国です。
ですが、ここは……。
「フロストガルド……」
その国の名を、ぽつりと呟きます。
「フロストガルド? 聞いたことのない国だな。ファーヴは知っているか?」
「いや……俺も知らないな。もっとも、俺もそれほど他国について詳しいわけではない。シルヴィはどうだ?」
「私はもちろん、聞き及んでおります。ですが……」
シルヴィが表情を曇らせ、こう答えます。
「フロストガルド……通称、『氷の国』。雪と山に覆われ、二百年前では人が住まない土地とされていました」
「一人もか?」
「はい。とはいえ猛吹雪のため、人が簡単に近付くことすら叶えません。行商人も遭難しないように、フロストガルドの周辺を往来するのは避けていました。現代ではどうですか? エリアーヌ」
「二百年前とほぼ同じ状況です。誰もその国──今は誰も住んでいないので『国』と言うのは正しくないかもしれませんが──特に、首都には立ち入ったことはありません。
そのことから、フロストガルドの首都は“死都”と呼ばれ、謎に包まれた土地なんです」
なので、私もフロストガルドには結界を張っていません。
誰もいないのに結界を張っても仕方がないですし、仮に人がいたとしても誰と話し合えば分からないのですから。
まさかリュシアンが、ここにいる──可能性が高いとは。
「とはいえ、現状手がかりといえば、それくらいしかないのだろう?」
ドグラスが自分の手のひらに拳を叩きつけ、真剣な口調で告げます。
「すぐに、そこに向かおう。無論、我も行く。ナイジェルのことがなくとも、あの小僧は我を虚仮にしてくれた。虚仮にされたままでは、我の気が収まらん」
「俺も行く。君達には、返しきれない恩があるんだからな。見逃すわけにはいかん」
「私もです。私だけ仲間外れなんて、絶対に嫌なんですから」
続けてファーヴとシルヴィも、瞳に込める決意を強いものとして、そう頷きます。
そしてシキも、
「妾も同行しよう。ナイジェルがいなければ、妾の夢である世界平和も実現出来ん。一度託した夢を、ぽっと出の子どもに邪魔されるのは気が収まらんのだ」
やる気十分のようで、ニヤリと口角を吊り上げます。
ドグラスとファーヴ、シルヴィはともかく、シキが付いてきてくれるのかどうかは未知数でしたが……どうやら、その心配はなかったみたい。
方針が固まったところで、あらためて私はみなさんを眺めます。
「では──すぐにフロストガルドに向かいましょう。そこに、リュシアンとナイジェルはいるはずです」
今まで、私達はナイジェルに助けられてきました。
ナイジェルがいなければ、解決出来なかった問題も多いでしょう。
ですが今回、彼はいない。私達だけで問題を解決しなければならないのです。
そのことに少し心細さを感じないと言ったら、嘘になりますが……臆するわけにはいきません。
今までナイジェルが私達を助けてくれたのと同等に、今度は私が彼を助ける番です。
「残された、リンチギハムはどうするつもりだ? 精神を奪われたとはいえ、ナイジェルが国王であることには変わりない。いきなり国王が目覚めないととなったら、混乱するのでは?」
「今は先代国王とセシリーちゃん、信頼の置ける大臣には伝えています」
ドグラスの問いに、私はそう答えます。
「ナイジェルが目覚めるまで、彼ら……特に先代国王が、一時的に執政を担ってくれるのだそうです」
「ふむふむ」
「他の方々には、まだ話すには性急でしょう。ドグラスの言う通り、国が混乱するだけです」
「妥当だな」
「気がかりではないと言うと嘘になりますが、残ったナイジェルは王城の方々に任せて──」
「エリアーヌ様」
話しかけると、会議室の外から声が聞こえ、一拍開けてから人が入ってきます。
それはアビーさんでした。
彼女は私の専属メイドで私がいない間、眠り続けるナイジェルを診てもらっていました。
「アビーさん? どうされましたか」
「会議に途中にすみません。ですが、早急にエリアーヌ様達に伝えなければならないことがあり……」
「ま、まさか──」
ナイジェルの容態が急変した──!?
最悪の事態が頭をよぎり、一気に緊張感が増します。
しかし。
「どうぞ。お入りください」
「うん、ありがとう」
アビーさんが私から視線を外し、後ろを振り向くと、彼女の背中から一人の子どもが顔を出しました。
──黄金の輝きを含む髪。
凛々しい顔立ちはそのままに、身長はアビーさんの腰上くらい。
これは……。
「ナ、ナイジェルがちっちゃくなってる……?」
そう──。
どう見ても五歳くらいのナイジェルが、そこには立っていたのです。
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