352・世界平和という夢
私達は再び、中央広場に戻ります。
そこでは変わらず、《時の巨人》が我が物顔で闊歩していました。
「踏ん張りどころだね」
「ここで決着を着けましょう」
「もちろん」
神剣を構えるナイジェル。
ナイジェルは私に視線で合図をしてから、空高く跳躍します。
風を切り裂き、ぐんぐんと《時の巨人》に向かいました。
──オオオオオォォォォオオオンッ!
《時の巨人》が大きく哭いたかと思うと、次の瞬間にナイジェルが空中で静止。
神剣を振り上げたまま固まるナイジェルに、《時の巨人》の右腕が迫ります。
払われた右腕がナイジェルに──。
「やっぱりね」
しかし、右腕がナイジェルに直撃する寸前、不可視の壁によって弾かれます。
結界です。
《時の巨人》が時を止めてくるなら、それを読んで、あらかじめ結界を張ればいいのです!
ナイジェルは払われた右腕に器用に着地し、勢いをつけてその上を疾駆します。
目標は──《時の巨人》の胴体。
目と鼻の先まで接近し、ナイジェルが再び神剣を振り上げます。
しかし。
「くっ……時の亡霊か!」
時の亡霊が《時の巨人》を守るように立ちはだかり、ナイジェルを襲います。
ナイジェルは神剣で時の亡霊を斬り払いますが、バランスを崩し、《時の巨人》の右腕から振り落とされてしまいました。
「……一度目で、そう上手くはいかないか」
地面に着地し、ナイジェルは悔しそうに声を零します。
「だけど、一度目で上手くいかないなら、何度でも繰り返せばいいだけだ」
「そうです。いつかは《時の巨人》に攻撃が届くはずです」
──シキから託された指輪は、未だ効果を現していません。
深い黒色をした指輪は、静寂を保っていました。
「シキからもらった指輪は……変化なしか。一体、『最後の一押し』ってなんなんだろうか」
「今は戦いながら見つけるしかないでしょう。ミツハちゃんの時のことを考えると、想いの強さが鍵になってくると思うんですが……」
「今は分からないね。とはいえ、攻撃の手を緩めるわけにはいかない。エリアーヌ、僕にもう一度結界を──」
ナイジェルから言われ、私はすぐに彼に結界を張ろうとしますが……。
「え……」
目の前に《時の巨人》の拳が迫っていました。
「くっ……!」
すかさずナイジェルが私を庇います。
ですが、少し遅かった。
《時の巨人》の拳の一撃によって、私達は宙に放り出されます。
反射的に結界を張りましたが、さすがに衝撃のほとんどを吸収しきれません。
私はナイジェルと共に背中から強く地面に叩きつけられます。
「ナ、ナイジェル……ご無事ですか」
「う、うん。なんとかね」
ふらふらと立ち上がりながら、なんとか私達はお互いの無事を確認します。
治癒魔法をかけたおかげでなんとか意識を保つことが出来ますが、正直立っているだけで精一杯。
そんな私達を、《時の巨人》は嘲笑うかのように見下ろしていました。
「結界を……張ろうとしたよね?」
「は、はい。ですが、その瞬間に《時の巨人》の拳が迫っていて。まさか──」
《時の巨人》は、私とナイジェルの時を同時に止めたのです。
今まで、《時の巨人》は私達のどちらか片方しか、時を止めることが出来ませんでした。
ですが、現世に解き放たれて、少しずつ力を取り戻したのでしょう。
私達でも抵抗出来ないくらい、時の歪みが酷くなっているのかもしれません。
私達はその場で立ち尽くしてしまいます。
「……諦めるわけにはいかない」
しかし、ナイジェルの瞳に込められた光は顕在。
「僕は……世界平和を実現するんだ! そのためなら何度傷つけられても、立ち上がる! こんなところで立ち止まるわけにはいかない!」
力強く叫びます。
その叫びは、王都中に響き渡るようでした。
次の瞬間でした。
ナイジェルの指に嵌められている指輪が、光を放ちます。
「これは……」
神々しい光を前に、私はそう声を零します。
『その指輪に、妾の力を込めた。とはいえ、不可前なものだ。効果は限定的なものであろうし、目覚めるための最後の一押しは貴様らにしか出来ん』
シキはあの時、そう言っていました。
最後の一押しとは──ナイジェルが『世界平和』の夢を、さらに強く願うこと──だったのでしょうか。
鮮烈な光は《時の巨人》に降り注ぎ、その周りに浮遊していた時の亡霊を消滅させていきます。
「ナイジェル」
「ああ……今ならなんとかなるかもしれない」
ナイジェルが両手で神剣を握ります。
そのまま、《時の巨人》に向かって疾駆。
跳躍し、《時の巨人》に斬りかかります。
──今までならここで時を止められ、攻撃は《時の巨人》に届きませんでした。
しかし。
「無駄だよ」
ナイジェルの神剣は《時の巨人》に届き、大きく傷を付けました。
《時の巨人》が咆哮を上げ、痛みから逃れるように、大きく体をひねります。
「届きました……!」
私の隣に着地したナイジェルに、私はそう言います。
「……うん。シキの言った通りだった。この指輪は”終末の種”に抗う力がある。今なら、僕の剣も《時の巨人》に届く」
《時の巨人》はよろめき、頭を抱えて、その場から逃走を図ろうとします。
ですが、その大きな体が仇となったのか、動き自体は遅いものでした。
「じゃあ、エリアーヌ。幕引きにしてくるよ」
「どうか、明日を取り戻してください」
お互い頷き合って、ナイジェルは再び《時の巨人》に向かっていきます。
「君が明日を望まなくても、僕達は違う。明日が今日よりもきっといい日になると思って、日々前に進んでいるのだ。僕達の歩みを止めることは、何人たりとも許さない!」
そしてナイジェルは神剣を大きく振りかぶり、《時の巨人》を両断したのでした。
斬り裂かれた《時の巨人》が消滅していきます。
光の粒子が天高く舞い上がり、まるで雪のように私達に降り注ぎます。
「終わった……ね」
「はい」
戻ってきたナイジェルに、私はそう頷きます。
「これで時の歪みは元に戻るのかな?」
「おそらく。シルヴィとシキの言っていることなら……」
その瞬間、周囲の風景が真っ白に染め上げられます。
視界が慣れてきた頃には、目の前がいつものリンチギハムの街並みに変わっていました。
人々は笑い合い、心から祭りを楽しんでいるようです。
「ああ……よかった。戻った──」
肩の力が抜けます。
《時の巨人》を倒すことによって時の歪みが修復され、元の状態に戻ったのでしょう。
私はナイジェルと顔を合わせて笑います。
「ナ、ナイジェル!?」
そうしていると──不意に声がかけられ、顔を向けます。
視線の先には、変装した先代国王の姿がありました。
「先代国王陛下? なにをされているんですか?」
「う、うむ。アドルフに追っかけられて、逃げておったのだ。ヤツめ、護衛は必要ないと言っているのに……」
ぶつぶつと文句を言う先代国王。
しかし一転、表情を切羽詰まったものとして。
「そんなことより──お主らは、なにをしておったのだ!? ボロボロではないか! なにがあった?」
「いえ……なにもありませんでしたよ」
先代国王に、ナイジェルが笑顔で答えます。
「そう……なにもなかった、とするのがいいに決まっています。だから父上、気にせず祭りを楽しんでください。今日はそのための日なんですから」
「そうか……?」
先代国王が首をかしげます。
そんな先代国王を見ていたら、勝利の実感が徐々に湧いてくるのでした。





