351・シキ再び
「どうして、君がここに? いや──今はそれよりも……」
「あなたもこの世界の中で、動けるんですか?」
「ああ」
私の質問に、シキは首を縦に振ります。
「妾は元々、一度死んだ身だ。その事実が捻じ曲げられて、体と精神が再生された。ゆえに妾は時の理から外れ、干渉を受けなかった。だからだろう」
「だったら、僕達が動けているのは?」
「エリアーヌは女神と一体になり、“真の聖女”となった。女神は時空を超越する存在。ゆえにエリアーヌは時の干渉を受けていないと思うが……ナイジェルは分からない。なにか理由があるとは思うのだが」
不可解そうにシキが首をひねります。
しかし一転。
表情をより一層真剣なものとし、街を闊歩する巨人を見上げます。
「まあ、今はそんなことより──ヤツだ。ヤツを仕留めなければ、さすがに貴様たちとて、世界と一緒に崩壊する」
「シキはあの巨人の正体が分かるんですか? 一体、どうして時が歪められ……」
「あの巨人は大昔、人間を高い壁に閉じ込めた災厄だ」
高い壁に閉じ込める──。
偶然でしょうか。ロベールさんとニーナさんから聞いたお伽話の内容と合致します。
疑問に感じている最中、シキはさらに話を続けます。
「あれは妾がまだ、魔界統一のために動いていた時期だ。ある日突然、人間のとある街に巨人が現れ、高い壁を築いた。その中に人間どもを閉じ込めていたのだ」
「ニーナさんと同じ推測ですね……何故、巨人は人間達を閉じ込めたんですか?」
「巨人は臆病だったのだ。壁の中に引き篭もれば、外敵から襲われることもない。未来永劫続く似たような日々の中で、安穏な日々を暮らす……それこそが巨人の願いだった」
安穏な日々を暮らす──一見、責められることではありませんが、巨人はそのために他人を道連れにしました。
決して、手放しに褒められることではありません。
「だけど、現代ではそんな街は存在していない。誰かが街の壁を壊したんだね?」
ナイジェルがそう問いかけると、シキは首を縦に振ります。
「ああ。街の外にいた人間が二本の剣を作り、壁を壊したと聞いたが……詳しくは知らん。だが重要なのは、この先。誰よりも臆病だった巨人が壁を壊されたら、次はどうすると思う?」
「もう一度、壁を築く……でしょうか」
「正解だ。だが、また同じことをしても壁が壊されてしまうかもしれない。そう考えた巨人は今度は街ではなく、時空に結界を張った。その中に引き篭もり、悠久の時を過ごす中でやがて巨人は時を操る力を得た──これが事の顛末だ」
なるほど……だから、今のような状況を招いているんですね。
ですが、今まで結界の中に引き篭もっていた巨人は、どうして外の世界に出てきたんでしょうか?
ずっと結界を張り外の世界から遮断されていれば、一生巨人を襲う危機は訪れないはずなんじゃ……。
「……っ! ま、まさか……」
ある可能性が頭に浮かび、声を震わせてしまいます。
私達が、巨人を囲っていた壁を壊してしまったからでは?
一日がループするという、常識はずれの結界。
私達はそのループから抜け出すために、シルヴィとファーヴの力も借りて、外側から結界を壊しました。
それはまるで、お伽噺の人達のように。
その結果、私達はループから抜け出せましたが、同時に巨人を世に解き放ってしまったのです。
衝撃の事実に愕然とします。
「……言っておくが、貴様らのせいではない」
私の心情を読んだのか、シキは優しい声でそう告げます。
「なんにせよ、結界は壊れかけていた。壊れかけた結界から巨人の力が流出することによって、一日がループするという状況が出来上がった。こうなった以上、結界を壊さん限り、状況は打破出来なかった。貴様らが責任を感じる必要はない」
「……そうおっしゃっていただいて、ありがとうございます」
「だけど、どうして巨人を囲っていた結界が壊れかけたのか、疑問だね。何千年も時が経ち、自然と結界に解れが出たということかな?」
「いや──」
ナイジェルの言葉を否定し、シキがこう続けます。
「巨人が築いた結界は、自らで作ったものなのだ。結界の解れに気が付かないほど、巨人もバカではないだろう」
「つまり……?」
「他者の手によって、無理やり結界がこじ開けられたのだ。あの小僧──リュシアンの手によって」
リュシアン。
ループが始まる前、私の前に姿を現した少年。
その正体は魔王信教の教皇で、ドグラスとの戦いの果てで魔力を暴走させ、自壊しました。
「とはいえ、僅かな穴を穿ったものの、リュシアンはそれ以上自分の手で巨人を囲う結界を壊せなかった。そのためにヤツは、貴様らの力を借りることにしたのだ」
「……全てリュシアンの手のひらの上だったというわけか」
ナイジェルが悔しそうに歯軋りします。
ループから抜け出すために奔走している私達がいてなお、リュシアンは積極的に止めようとしませんでした。
当然です。彼には私達を止める理由がなかったのです。
彼の本当の目的は結界を破り、巨人を世から解き放つことだったのですから。
「ベルカイムの地下で──妾はリュシアンと顔を合わせた。その際にヤツの狙いに気付き、止めようとしたが……すでに結界は破れかかっていた。
当初の妾では時の歪みに抗うことが出来ず、何度か一日を繰り返していく中で、ようやく抵抗する力が芽生えたのだ」
「君がここにいる理由も分かったよ。だったら、これからどうすればいい? あの巨人は時を操る力を持つ。攻撃を加えようにも時を止められ、迂闊に近付くこともできないんだ」
「妾がここに来た理由のもう一つが──その問いの答えに繋がる」
そう言うと、シキはナイジェルになにかを放り投げました。
ナイジェルがそれを空中でキャッチすると、それは一つの指輪でした。
黒い宝石が付けられている、一見なんの変哲もないもの。
「妾には分かる。あの巨人──《時の巨人》とでも名付けようか。《時の巨人》は妾と同質の力を持つ」
「リュシアンが言っていた……“終末の種”ということですか?」
「だろうな。だからミツハにやったように、”終末の種”に抗う力を貴様らに持たせることが出来る。
その指輪に、妾の力を込めた。とはいえ、不完全なものだ。効果は限定的なものであろうし、目覚めるための最後の一押しは貴様らにしか出来ん。だから──」
シキがそう言葉を続けようとした時でした。
先ほどの時の亡霊が私達を見つけ、宙を舞います。
「ちっ……これ以上説明している時間はないか」
シキは小さく舌打ちをし、腰から刀を抜きます。
「行け。ここは妾が食い止める。言っておくが、あまり時間はないぞ。いつ時空が崩壊してしまうか、分からないのだからな」
「……っ! ありがとうございます!」
シキにそう頭を下げ、ナイジェルと一緒に走り出します。
時の亡霊が襲いかかってきますが、シキが刀で私達の道を切り開いてくれました。
「急ごう、エリアーヌ」
「はい。今度こそ、あの引きこもりの《時の巨人》を倒してさしあげましょう」
「ははは、引きこもりか。今まで何千年間も壁の中に閉じこもっていたんだから、その通りかもしれないね」
ナイジェルが軽く笑い、さらにその走る速度を上げます。
私は離されまいと、息を切らしながら必死にナイジェルについていきました。





