350・時を止める力
巨人の足元に到着。
奇しくも、場所は昨日と同じ、中央広場の時計塔前でした。
「大きい……!」
近付いて見ると、あらためてその大きさがはっきりと分かります。
巨人はその場に立ち、ゆっくりと前進を始めているようでした。
「分からないことは多いけど……あまり悠長なことはしていられないね」
そう言って、ナイジェルは瞳に込める力を強いものとします。
「一撃で片をつける──エリアーヌ、僕に聖女の加護を」
「はい」
頷き、ナイジェルに聖女の加護を授けます。
黄金の輝きを身に纏ったナイジェルは地面を強く蹴り、高く舞い上がります。
右手を天に掲げ、魔王や《赤き災厄》すらも斬り裂いた神剣を召喚します。
「はああああああ!」
ナイジェルが雄叫びを上げ、神剣を大きく振り上げます。
振り下ろされた神剣の先には巨大な建物のような背中があり、巨人は為すすべもなく一閃され……。
しかしその時、ナイジェルが空中で静止しました。
「え……」
思いもしない光景に、思わずそう声を零してしまいます。
空中で静止したままのナイジェルに、巨人も気付いたのでしょう。
ゆっくりと方向を転回させ、右腕で払います。
「させません!」
私は咄嗟にナイジェルの前に結界を張ります。
ですが、即席の結界では、巨人の攻撃を完全に防ぐことは出来ませんでした。
横薙ぎに払われた巨人の右腕は結界を壊し、ナイジェルに当たります。
「ぐはっ──」
そこで、静止状態が戻ったのでしょうか。
ナイジェルが勢いのまま、吹き飛ばされます。近くの建物の壁に激突し、苦悶の声を上げます。
「ナイジェル!」
すぐにナイジェルのもとへ駆け寄り、彼の身を案じながら治癒魔法をかけます。
「だ、大丈夫だ……ありがとう」
「よかったです。ですが、先ほどの出来事はなんだったんでしょう? 急にナイジェルが静止したように見えましたが……」
「君には、そう見えていたのかい? 巨人を斬りつけようとした時、急に右腕が目の前にまで迫っていたように僕には見えたけど……」
戸惑いの表情を浮かべるナイジェル。
しかしすぐに立ち上がって、再び巨人に立ち向かおうとします。
私も、ナイジェルの後に続こうとしますが……。
次の瞬間、上空から黒い塊のようなものが落ちてきました。
「くっ……!」
すぐさまナイジェルが私を支え、残った方の片腕で握った神剣で黒い塊を受け止めます。
いえ──黒い塊だと思っていたものはよく見ると、巨人の拳のようでした。
ナイジェルは神剣で巨人の拳を押し返し、私を抱えたまま、その場から離れます。
巨人は変わらず、目の前を闊歩していました。
「あ、ありがとうございます。ですが、急に黒い塊が降ってきて……」
「やはり、そうだったか。巨人が拳を振り上げたと思ったら、急に君が静止したんだ」
「静止……? もしかして……」
そこで私はある可能性に気が付きます。
巨人は力を使い、私達の中の時を止めたのです。
途中で解除されたのは、まだ巨人の力が完全ではないということでしょうか。
絶望的な力を前にして、私達は焦燥感に駆られます。
「そんな……一瞬だけでも時が止められたら、手が付けられません」
「それだけではない。時が止まっている間に攻撃されたら為すすべがないし、迂闊に近付くことすら出来ないよ」
巨人を見上げ、ナイジェルがそう口にします。
シルヴィの力によって、今は一時的に時空の拮抗を保っていますが……ここまでは力が及ばないのでしょうか?
巨人が直接、私達の中にある時に干渉してきたと。
この力を前にして、私達はどうすればいいのでしょうか。
そう逡巡していると、巨人の体から煙のような存在が解き放たれます。
時の亡霊です。
時の亡霊達は私達の周りを舞い、次々と攻撃を仕掛けてきます。
「巨人の対処だけでも大変なのに……! ここにきて、時の亡霊まで出てくるのか」
「ナイジェル、一度ここから離れましょう! このままではジリ貧になるだけです!」
「そうだね。でも、どうやってこいつらを振り払えば──え?」
ナイジェルが神剣で時の亡霊を斬り伏せていく中、突如巨大な影が現れ、私達を包みました。
「これは……きゃっ!」
すぐにそこから脱出を図ろうとしますが、巨大な影は私達を包んだまま、ぐんぐんと巨人から離れていきます。
時の亡霊も私達を逃さまいとしてきますが、追いつかず、そのまま私達は路地裏に連れ込まれます。
地面に落とされたところで、謎の巨大な影はゆっくりと消滅しました。
「今のは一体……」
「だけど、結果的にあの場から脱出することが出来たね。もしかして、僕達を助けてくれた……?」
ナイジェルも、どこか確信が持てないようでした。
状況が把握しきれないでいると、
「──ギリギリ間に合ったか」
背後から声。
振り返ると、そこには長髪の女性がいました。
リンチギハムやベルカイムでは見慣れない服を着ています。恐ろしいほど整った顔立ちは、冷たさと激情を併せ持っているかのような美しさがありました。
私は彼女を見て、こう名前を呼びます。
「シ、シキ!?」
元魔王──シキは私達の顔を見て、ニヤリと口角を吊り上げました。





