349・偽の聖女であるお前はもう必要ない!
え……どうして?
二人は同じやり取りを……。
「これは……」
ナイジェルも疑問に思っているのか、唖然と二人の様子を眺めます。
次の瞬間。
「ガハハ! どうした、ファーヴ。恋人の前では、随分と恭しいのだな。汝のそういう顔を見るのは、なかなかない」
「うるさい」
──先ほどまで街の中にいたはずなのに場所が変わって、私は何故か王城の食堂にいました。
「な……んで……?」
いつの間にか持っていたフォークとナイフを、床に落としてしまいます。
「ん? どうした、エリアーヌ。そのような顔をして」
「もしかして、体調が悪くなったのか? 昨日の疲れが残っているなら、君だけでも休むべきだ」
唖然とする私に対して、ドグラスとファーヴが心配そうに声をかけてくれます。
ですが、その光景も一瞬。
次から次へと、周囲の風景が変わっていきます。
「そうか──ならば、妾はこの道の先を貴様に託す」
ベルカイム王城を模したであろう、魔界の城内。
地面に横たわったシキがふっと笑みを浮かべ、ナイジェルに言葉をかけます。
「不死身など不要っ! ここからは純粋な力で、貴様らを叩きのめしてやろう!」
竜島。
不死身の力を絶たれた長命竜アルターが、最後の力を振り絞って、私達に立ち向かいます。
「クロード、愛してるわ」
純白のウェディングドレスに身を包んだレティシアが、クロードと優しいキスを交わします。
さらに《白の蛇》……ベルカイムでの戦い……上級魔族バルトゥル……次々と過去の光景に立ち合います。
これは……時が巻き戻っている?
だとしたら、どうして?
混乱が治らない中、いつの間にか私はベルカイム王城の玉座の間に立ち、クロードにこう告げられます。
「エリアーヌ、偽の聖女であるお前はもう必要ない!」
国外追放と婚約破棄──。
クロードから宣言され、頭に雷撃が落ちたような衝撃が走ります。
周囲の風景がバラバラになり、次の瞬間には最初の場面に戻っていました。
「エリアーヌ……もしかして君も、同じ光景を?」
「……おそらく」
戸惑いの表情を浮かべるナイジェルに、私はそう頷きます。
「まるで夢の中のように、過去の光景に立ち会っていました。クロードに国外追放と婚約を告げられた瞬間……元に戻って」
「僕も同じようなものだよ。もっとも、君とは違って、唐突にここに戻ってきたんだけどね」
未だになにが起こったか分からないのでしょう、ナイジェルの声も震えます。
そしてそれは、私達二人だけではありませんでした。
「私も……です」
「シルヴィもですか?」
「はい。もっとも、すぐに視界が闇に覆われ、なにも見えなくなったんですけれどね。まるで時の牢獄の中に戻ったみたいでした」
シルヴィが頭を押さえて、その場でふらつきます。
「おーい」
疑問に感じていると、向こうの方からまたもやドグラスとファーヴがやってきます。
「旨いものを見つけたぞ。ファーヴの恋人──シルヴィといったな。汝もそれだけ細いし、スタミナを付けないといけないだろう。そのための肉串だ」
「ふっ、ドグラスもまだまだだな。シルヴィは肉料理があまり得意ではないのだ。こういったリンゴ串のような甘いものの方が好んでいる」
そして私達の前で、また同じやり取りを……。
これでは、まるで……。
「時がループしているみたいではないですか!」
その結論に達したのと同時でした。
──ズシーン、ズシーン。
大きな足音と共に、街全体が震えます。
「……っ! 見ろ。なんだあれは!」
ドグラスが上空を指さして、そう叫びます。
──それは、空を覆い隠すほどの巨人でした。
全長は天にも届かんとするばかり。
昨日に時計塔の前で見た、時の亡霊の集合体も十分大きかったですが……この巨人と比べると、ただの小人です。
突如現れた巨人はゆっくりと地上にいる人々を見据えます。
周囲に人々の悲鳴が谺しました。
「ちっ……せっかく楽しい祭りだというのに、敵襲か」
「ドグラス、俺達ですぐに対処するぞ。祭りを中止させるわけにはいかん」
ドグラスとファーヴがすぐに巨人に立ち向かおうとしますが、
「──うおっ!?」
立ちくらみがしたのか、地面に膝を突きます。
「な、なんだ、これは……急に立っていられなくなって……」
「それだけではない。どんどんと……記憶がなくなっていく。どうして、俺がここにいるのかもあやふやで……自分という存在も消えてなくなりそうで……」
異変はドグラス達二人だけではありません。
周囲の風景も、次から次へと様変わりしていきます。
まるで、高所から突き落とされたような浮遊感。
過去、未来──そして現在すらも曖昧模糊となり、この世界が壊れようとしました。
「──ダメっ!」
しかしシルヴィの声が聞こえたかと思うと、次々と移ろいでいた世界が停止します。
地面に膝を突いたドグラスとファーヴも、そのままの体勢で固まっています。
そして彼ら二人だけではなく、周囲の人──そして風景すらも、完全に止まっているようでした。
「さっきからなにが起こっているんだい……?」
これにはさすがのナイジェルも理解が追いつかないのか、声を震わせます。
「エリアー……ヌ……ナイジェ……ル。聞いてください」
そんな中、シルヴィは手をかざして、必死に声を絞り出します。
「かつて……時の聖女と呼ばれた私だからこそ、分かります……今は……時間がめちゃくちゃになっているような状態……」
「どうして、そんなことが?」
「力の源流はあそこから……おそらく……あの巨人が原因です。力が暴走し……時空が不安定な状態になっています……」
そう言って、シルヴィは震える手で巨人の方を指します。
そこには変わらず、天に届かんとするばかりの巨人が立ちはだかっています。
「時空が不安定な状態になっている……なるほど。だから過去に巻き戻ったり、めちゃくちゃなことになっていたんだね」
神妙な面持ちでナイジェルが口にします。
「このままでは、どうなりますか?」
「どうなるかは……定かではありません。ですが、このままではきっと時の歪みに呑み込まれ……世界が崩壊します」
世界が崩壊する──。
とんでもないことを聞かされ、私とナイジェルは言葉に詰まります。
「あの巨人を倒せば……暴走は止まると思います。急いでください……私の力でなんとか拮抗を保っていますが……すぐに時の歪みは再開するでしょう。次に歪みが生じれば……その時が、世界の終わりです……」
「エリアーヌ! 行こう!」
「はい!」
私達は急いで、駆け出します。
「シルヴィ! すぐに戻ってきます! なので、今はなんとか耐えてください!」
振り向いてシルヴィに声をかけますが、彼女は力を発することで精一杯なのか、言葉ではなく微笑みで返しました。
突如、現れた巨人。
この時の歪みも、巨人が原因だとシルヴィは言いますが……どうして、こんなことになっているんでしょう?
私達は、ループする一日から抜け出せたのでは?
未だ答えが出ず、私は巨人がいる足元へ向かいました。





