343・ドグラスVSリュシアン
その頃のドグラス。
ドグラスは逃げるリュシアンを、なんとか人気のない路地裏に追い詰めていた。
「はあっ、はあっ……なかなかやるね。逃げられなかったか」
リュシアンは息を切らし、ドグラスと相対する。
「ちょこまかと逃げおって……汝はなんのつもりだ? 我から逃げられると思っていたのか?」
「どうだろうね。それに知りたいなら、無理やりにでも聞き出せばいいんじゃないかな?」
余裕に満ちた笑みを、リュシアンは口元に浮かべる。
(不気味な男だ)
ドグラスはすぐさま『竜の騎士』モードに移行。
槍を持ち、軽く振った。
ただそれだけの動作で、周囲の空気が一変したように感じる。
「汝の言う通りだ。我はエリアーヌやナイジェルのようにお人よしではない。加減は出来ぬぞ」
「二百年以上も生きたドラゴンの本気か……僕相手に本気を出してくれるなんて、光栄だね」
もう一度、逃走するかとも思ったが、意外にもリュシアンは魔力を迸らせ、ドグラスと真っ向からぶつかりあう。
「ふんっ!」
襲いくる氷の矢を、ドグラスはたった一振りで全て消滅させた。
「生温い。汝、本当にあのピンク髪女を圧倒したのか? あの女は我の目から見て、なかなかの強き者だぞ」
「減らず口を叩いている暇はあるのかな?」
続けて、リュシアンは氷の矢を連射してくる。
ドグラスは焦らない。
冷静に躱し、時には槍で氷の矢を叩き落としながら、リュシアンに接近していった。
傍目には両者の力は互角に見えていただろう。
だが、ドグラスが感じているのは、形容し難い違和感であった。
(なんだ……? この違和感は。弱すぎる)
両者は激しく戦い、どちらも戦いの主導権を握らせない。
しかし、ドグラスは『本気を出す』とは言ったものの、ちっともそうじゃなかった。
そもそも目的は、リュシアンの殺害ではない。彼を捕らえ、情報を洗いざらい喋ってもらうことだ。
ゆえにドグラスがその気になれば、次の瞬間には決着が着くだろう。
(それとも、最初からこんなものだったのか? あの女が苦戦したと言っていたのも、たまたま調子が悪かっただけだと)
違和感を覚えながら、さらにドグラスはリュシアンに肉薄する。
リュシアンの口元が弧を描く。
「ふふふ……かかったね。この距離まで近付いてくるのを待っていたのさ!」
即座にリュシアンは右手に氷の剣を錬成する。
膨大な魔力が膨れ上がり、一瞬突風が巻き起こった。
リュシアンはそのまま、氷の剣でドグラスの胸を貫こうと──。
「つまらん」
だが、ドグラスは呆れたように言い、自分の胸を貫こうとした剣を易々と掴んだ。
「あぁ……」
リュシアンが絶望の表情を見せる中、ドグラスは掴んだ剣をぽっきりと折ってしまう。
「手加減しているようにも思えんし……やはり、汝の力はそんなものか。警戒して損をした」
「ぐはっ!」
ドグラスがリュシアンの腹に拳を炸裂させると、彼は勢いよく後ろへと吹き飛ばされた。
体を壁に強く叩きつけられたリュシアンは、息も絶え絶え。
虫の息だった。
「どうした? まだやるつもりか。もう勝負はついているぞ」
「はあっ、はあっ……想像以上だったよ。君の力を見くびっていた。だけど、ここからは僕も本気を出し──っ!?」
リュシアンが腹を押さえながらふらふらと立ち上がると、突如その表情が豹変する。
彼の体から濃い闇が立ち込めた。
「……っ! くっ! しまった。魔力を使いすぎた。体が付いていかな……」
「おい、汝! なにをするつもりだ!」
新しい攻撃かと思いドグラスは一瞬身構えるが、どうやらそうではなかったようだ。
リュシアンの体から立ち込めた闇は、そのまま彼の体を侵食する。
まるで闇がリュシアンの体を喰らっているような光景だ。
彼は「あああああああ!」と断末魔の叫びを上げ、そのまま自分が生んだ闇に喰い尽くされてしまった。
肉や骨の一片すら残っていない。
「調子に乗って、魔力を暴走させたか」
呆然と立ち尽くしていると、丁度ドグラスの『竜の騎士』モードも解けてしまった。
「全く……一体なんだったのだ。大仰に出てきた割には、謎だけを残して舞台から退場していったな」
だが、目の前のリュシアンは間違いなく死んだ。
それだけは疑いようのない事実だ。
実際、リュシアンは闇に食い尽くされた場所には、ドグラスが今まで戦場で何度も嗅いできた死の臭いがする。
「出来れば、ヤツが知っていることを洗いざらい喋らせてやりたかったがな。今は余計なことをされなかっただけでも、良しとしようか」
少々口惜しいが……こうなった以上は、すぐにエリアーヌ達のもとへ行くべきだろう。
ドグラスは死の臭いに背を向け、再び夜の街中を駆けていった。





