340・お伽話の違和感
「そうですか……魔法研究所もお変わりないということですね」
私はロベールさんにそう言います。
先代国王と別れて。
私は魔法研究所に向かうことにしました。
ループが始まってからも、ナイジェルとはここを何度か訪れていたので、異変がないことは分かっています。
ですが、今度は違うかもしれない。
そう思い、私はここを訪れたというわけです。
「はい! 明日はいよいよ祭り当日ですからね。研究所のみんなも、今からやる気に満ち溢れていますよ!」
ロベールさんが両腕を広げて、そう答えます。
「それにしてもエリアーヌ様、変なことを聞きますね。なにか変わったことがないか……って。気になることでも?」
「いえいえ」
そう首を横に振ります。
「少し、聞いてみただけですよ。なにもお変わりなかったら、それで十分です」
「そうですか」
大して気にしていなかったのか、私がそう答えるとロベールさんもすぐに納得し、それ以上追及してくることはありませんでした。
「では、私はそろそろ行きます。明日は頑張ってくださいね」
「はい!」
手を振り、ロベールさんの前を後にします。
研究室を出ていく間際、視線の端に明日ここで展示されるという二本の剣が目に入りました。
「結局、ここもなにもお変わりありませんか……どうしましょう。次はどこに……」
ぶつぶつと呟きながら研究所の廊下を歩いていると、
「エ、エリアーヌ様」
不意に研究員の女性に声をかけられます。
サイズが合っていないのかダブダブの白衣に、くっきりとした目元のクマが特徴的な女性です。
「確か……ニーナさんでしたか?」
「は、はい、ニーナです。で、でも、なんで私の名前を知ってるんですか?」
ニーナさんが首をかしげます。
彼女のことはループが始まる以前に、ロベールさんから名前を聞いていましたから。
「ロベールさんから、聞いていたんです。そんなことより、どうされましたか? 私になにかご用ですか?」
「は、はい。エ、エリアーヌ様のお耳に入れたいことがありまして……」
「なんですか?」
今まで、こんなことはなかったのに、どうして──と思いかけますが、私はこんな異常事態に陥る前の出来事を思い出します。
『名前をニーナといいます。昔から男性が苦手で、男性から話しかけられると、いつもああやって逃げ出すんですよ。』
ニーナさんは男性が苦手で、ナイジェルが声をかけようとしたら逃げていきました。
こうして私一人で魔法研究所を訪れたのは、初めてのこと。
だから、ニーナさんがこうして声をかけてくれたといったところでしょうか。
「こ、ここではちょっと話しにくいことなんです。場所を移してもいいですか?」
「分かりました」
その後、ニーナさんに研究所のとある一室まで連れられます。
「こ、これ、紅茶です。エリアーヌ様のお口に合うかは分かりませんが、どうぞ」
「お気遣い、ありがとうございます」
椅子に座り、ニーナさんが淹れてくれた紅茶を飲んでから、あらためて彼女と向かい合います。
「それで……話したいこととは、なんでしょうか?」
「は、はい」
ニーナさんは姿勢を正して、少し緊張した面持ちで。
「エ、エリアーヌ様は、あの二本の剣の持ち主──巨人が正義の使者だと思っていますか?」
え?
一体なにを……。
戸惑っている私を気にせず、ニーナさんは話し続けます。
「あ、あの二本の剣は、人々を守っていた巨人が持っていたものとされています」
「そうですね。外界からの敵から身を守るために、高い壁を築いていたんでしたっけ?」
「はい、その通りです。ですが……私は思うんですよ。巨人は人々を守っていたわけではなく、人々を閉じ込めていたんじゃないかと」
今まで考えてこなかった説を聞き、一瞬言葉に詰まってしまいます。
それをニーナさんは私が訝しんだと思ったのか、慌てた口調で説明を付け足します。
「だ、だって、おかしいじゃないですか! 外界から守るとは言っていますが、肝心の脅威については、なんの記述も残されていません! しかも誰も外に出られなかった……そんなの、異常です。優しい巨人なら壁を作るだけじゃなく、人間のために戦うべきです!」
「確かに……」
盲点でした。
ニーナさんの言う通り、外に誰も出さなかったというのも異常です。
私も結界を張っていますが、人々の往来を禁じていませんからね。
自由を制限する──果たして、それは本当に『心優しい巨人』のすることでしょうか?
「そ、それに……巨人の剣と言う割には、サイズがおかしくありませんか? 巨人が持つにしては小さすぎます」
「ごもっともですね。いくらお伽話の中だけとはいえ、接合性が取れないことばかりです」
「よかった……! 信じてもらえて。ここにいる人達に訴えても、誰も信じてもらえなくって……そもそも男の人とはあまり、喋りたくありませんし……」
ほっと胸を撫で下ろすニーナさん。
「でしたら、あの剣は一体なんだったんでしょうか? 全く関係のないものだったんでしょうか?」
「い、いえ、出土された剣の年代は、確かにお伽話の時代と一致します。なんの変哲もない剣が、わざわざ後世まで大事に残されているとも思えません。だから、私はこう考えます」
人差し指でメガネをクイっと上げ、ニーナさんはさらに続けます。
「あれは壁を壊し、巨人から人々を解放するための剣だった……と」
「なるほど。ですが、そう思う理由はあるんですか?」
「あります。先ほどの繰り返しになりますが──まず一つ目は人間が使うための剣にしか見えないこと。巨人が使うものと聞かされるより、何倍も腑に落ちます。
そして二つ目は、せっかく外界の脅威から守るために壁を築いたというのに、巨人が剣を持つことは不自然です。絶対的な壁があるなら、武器を持つ必要などないのですから。
でしたら、巨人に対抗するために、人々が持つ剣だと説明される方が腑に落ちませんか? 壁を壊し、自由を手に入れるために──」
話に筋は通っています。
ですが、ニーナさんの言う通り、あの二本の剣が人々から巨人を解放するための剣だとしたら、そう上手くいくでしょうか?
壁を壊そうとすれば、すぐに巨人が止めようとしてくるでしょう。
巨人の目を盗んで、壁を破壊する。
そんなことは外側にいる人にしか出来なくて……。
その時、頭に衝撃を覚えます。
今まで考えていたことが、全てひっくり返ったような。
私達は内側から、結界を破壊しようとしました。
ですが、それは不可能。結界の内側にいる限り、その力から逃がれることは出来ないのです。
そして私が度々聞いていた、不思議な声。
あの時はすぐに思い当たりませんでした──私は以前にも一度だけ、彼女の声を聞いたことがあります。
何故か記憶が朧げになっていたけど……一度閃いてしまえば、不思議なくらいに簡単な答えに辿り着きます。
「──ニーナさん」
ニーナさんの両肩を掴むと、彼女は一瞬ビクッと震えました。
「ありがとうございます。あなたのおかげで、事件を解決出来そうです」
「事件……?」
「説明はまた後ほど。試したいことがあるので、私はもう行きますね」
そうと分かれば、話は早いです。
私は彼女に頭を下げてから、すぐに部屋を後にします。
──私の推理が当たっていればいいのだけれど。
そう思いながら、ロベールさんのもとへ駆け足で戻るのでした。





