339・★ループ六回目
──闇の中を彷徨っている。
歩いても歩いても、進んでいる気がしない。
こうしていることが、徒労なんじゃないか──そんな諦めにも似た思いが湧いてくる。
「頑張れ」
しかし、全てを飲み込むような闇の中、彼の声だけが一筋の光となってくれた。
「諦めなければ、きっと明日がくる。だから君も諦めないでくれ」
「はい」
私はそう頷く。
この空間から出るためには、武器が必要となってくるだろう。
だけど、彼がいつも携えていた剣はない。
平衡感覚も危うくなっていくまま、私達は明日を目指して歩き続けた──。
■■ループ六回目■■
「おい──エリアーヌ!」
六回目の朝。
ドグラスがいつものように起こしにきました。
「はい」
そう返事をして、私は扉を開けます。
「エリアーヌ! 汝、いつまで寝ているつもりか? 我が起こしにきてやったぞ」
「ありがとうございます。ですが、ドグラス。あなたに伝えなければならないことがあって……」
「なんだ?」
かくかくしかじか。
ドグラスに事情を説明します。
さすがに六回目となると、冷静に話せますね。
「な、なんだと!?」
説明を終えると、ドグラスは驚きで目を見開きました。
「失礼するよ」
そんなやり取りをしていると、程なくしてナイジェルが部屋に入ってきます。
「今日はどうする? また一緒に街を回るかい?」
「いえ……」
首を横に振って、私はこう続けます。
「今度は私一人で、街に出かけようと思うんです」
「一人で?」
「はい。今まで、レティシア達を迎えに行く以外は、全てナイジェルと行動を共にしていました。もう六回目となると、同じ行動を取り続けてはいけないと思いまして」
今は少しでも変化が欲しい。
それに昨日、結界は『明日が来てほしい』という強い想いが鍵になると判明しました。
とはいえ、結界の内側にいる私達では、どれだけ強い想いを抱いても打ち消されてしまうと同時に学びましたが……一人で街を歩いて、少しでもヒントを得たいのです。
「いけませんか?」
「いや、いい考えだと思う。もし今日がダメでも、明日もあるんだ。今は色々なことを試してみよう」
私の提案に、ナイジェルも首肯します。
「じゃあ僕は……ドグラスと一緒に、城内に異変がないか確かめようかな。ドグラスもいいかい?」
「無論、構わんぞ。もっとも、我は未だに状況が呑み込めないでいるが……」
ドグラスは戸惑いの表情を作りつつも、ナイジェルの案に賛成しているようでした。
「では、また後ほど」
「うん」
そうして別れ、私は一人で街に繰り出すのでした。
「……やっぱり、今までと変わりありませんね」
街に出てから、なるべく色々な場所を巡りますが、やはり一回目、二回目、三回目──と変わらない光景がそこには広がっていました。
人々の表情は明るい。
誰もが、平和な“明日”が来ることを疑っていないようでした。
「無理もありませんね。まさか、一日がループしているだなんて思ってもいないでしょうし……」
そこでふと、私は謎の少年に言われた言葉を思い出します。
──こんな幸せな時がずっと続けばいい──君はそう思っているのかなと思って。
幸せな時がずっと続けばいい。
ならば、今この瞬間はまさしく、幸せな時なんじゃないかと。
平和な時が続けば、それがいつしか当たり前になり、誰もが「明日も同じ日だろう」と思うようになります。
ですが、そうとは決まりません。
幸せな時は、不意に終わりを告げる──そのことを私は、今までの経験から学んでいます。
だからこそ、この幸せを続けていくために、人は努力するわけですね。
しかし、一日が何度も繰り返されるなら?
不確定な明日は来ず、永遠の幸せが約束されるでしょう。
人によっては、それこそが幸せだと言うのかもしれません。
「心のどこかで私はそう感じていたから、『明日が来てほしい』という願いが薄れている? だったら、私のしていることは……」
そう不安に感じている時でした。
「そこの姉ちゃ〜ん。俺達と遊ばない? きっと満足させてあげるよ」
後ろから声をかけられます。
振り向くと、そこには三人組の男性がいました。
三人とも若い。ファッションにも気を遣っているのか、洗練されている印象を受けました。
「ナンパ……ですか」
溜め息を吐きます。
今まではナイジェルと一緒に歩いていたため、声をかけられなかったのでしょう。
しかし、今は違います。
表に出る機会が多いナイジェルと違って、どちらかというと私は裏で国を支える役割。
一人で王妃がふらついているとも思わないでしょうし、彼らは私の正体に気付いていないはず。
「うお……っ。よく見ると、めちゃくちゃべっぴんさんじゃないか!」
「当たりを引いたな! それにしても、どこかで見たことがある顔のような……」
私が黙っていると、彼らは勝手に盛り上がります。
どうしましょう。
振り払うのは簡単ですが……。
「そこでなにをしておる」
迷っていると、薄汚れたローブを身に纏った初老の男性がこちらに近寄ってきます。
これは……先代国王!?
「ん……なんだ、おっさんか。なあ、おっさん、俺らは忙しいんだ。どっかに行って……」
「ほお? 儂に向かって、そのような口を利くのか」
「へ?」
目を丸くする男に、先代国王はゆっくりとフードを脱ぎます。
さすがに今、目の前にいるおじいさんが何者か分かったんでしょう。
男達はわなわなと震え、
「も、もしかして……先代の国王陛下!?」
「なんでこんなところに!?」
「す、すみませんでしたあああああ! 俺らはちょっと女の子と遊んでもらおうとしただけで……」
慌てて踵を返し逃げようとする男達でしたが、そんな彼らの前に大柄な騎士が立ちはだかります。
「先代にそんな失礼な口を利いて、ただで済むと思ってんのか?」
アドルフさんです。
先代国王に気付かれないように護衛していた彼ですが、さすがに出てこざるを得なかったのでしょう。
「アドルフ、どうしてお主がここにいる。儂は一人で街を回りたいと言ったはずだが」
「……すみません。ですが、そういうわけにはいきませんよ」
「まあ、いい。そいつらを連れて行け。祭り前日の楽しい雰囲気には、ふさわしくない」
「て、手荒な真似はやめてくださいね! 私に危害を加えようとしたわけではないんですから!」
私がそう言うと、アドルフさんは「もちろんだ」と頷き、ナンパ男達の首根っこを掴んで、どこかに去っていきました。
「ふう……ビックリしました。先代国王陛下もありがとうございます」
「いい。近くのバーで酒を飲んでいたんだがな。お主が絡まれているのが目に入って、見逃すわけにはいかなかった。ハッハッハ!」
先代国王は自分のお腹を叩いて、笑い声を上げます。
……こんな困っている人を見過ごせない性分だからこそ、ナイジェルのような男性が育ったんでしょう。
今の先代国王を見て、そう感じました。
「それよりもエリアーヌ。ナイジェルはおらんのか?」
「それは……」
「しかも、先ほどから暗い顔をしておった。あの男達に声をかけられる前から……だ。明日の祭りについて、なにか不安でもあるのか?」
まいりました。
さすがは先代国王。私の悩みなんてお見通しのようです。
「そうですね……悩みというほどではないんですが──先代国王は、永遠に続く幸せはいいと思いますか?」
「永遠に続く幸せ?」
私が突拍子もないことを言い出したからでしょう。
先代国王は不思議そうな顔をして首をかしげます。
「みなさん、とても幸せそうな顔をしていますよね。先ほどの男性達だって、祭り前日で気持ちが高揚していただけなんでしょう」
「まあ、そうであろうな」
「だったら……ずっとこんな日が続いたら、それが永遠の幸せなんじゃないかと。そう考えるのはおかしいことですか?」
先代国王の目を見て、真っ直ぐと質問します。
先代国王は顎に手を添え、じっくりと私の言葉の意味を呑み込んでいるかのように、黙ります。
やがて。
「……そうだな。お主の言っていることは強ち間違いではない」
「だったら──」
「だが、それではつまらぬではないか」
まるで少年のような笑みを浮かべて、先代国王は言います。
「永遠の幸せ。それはすなわち、幸せの上がないということだ。変化がない幸せは、儂に言わせれば幻だな」
「幻……ですか」
「大事なのは変化を恐れぬことだ。もしかしたら、不幸になる人間が出てくるかもしれぬ。だが、変化の先に幸せを超えた幸せ──そんな光景が見られると儂は信じておる」
そう断言する先代国王の眼は一片の曇りがなく、自分の思念を貫き通しているようでした。
やはり、ナイジェルの父親。
どんなことがあっても、ひたすら前を向き続けるのは彼に似ていますね。
「ありがとうございます。そうですね、変化を恐れてはいけません。変化を恐れていては、私もナイジェルと出会えなかったかもしれませんし」
「うむ、いい顔になったな、エリアーヌ。もう大丈夫のようだ。では、儂は酒を飲むのを再開し──」
「先代!」
そそくさと先代国王が私の前を去ろうとすると、いつの間にかアドルフさんが戻ってきていました。
「ア、アドルフ! お主、先ほどの男達はどうした!」
「軽く説教をして、どっかに行ってもらいましたよ。それよりも先代、さすがにあなたは自由すぎます! そろそろお戯れはやめて、城に帰りましょう。先ほどだって、男達が武器を持っていたらタダじゃ済まなかったかもしれなのに……」
「ならぬ! 儂は帰らんぞ! 今年の祭りは目一杯楽しむのだ!」
まるで駄々をこねる子どものようなことを言って、先代国王はアドルフさんから逃走します。
それを「先代――――!」と叫びながら、アドルフさんが追いかけていきました。
「……楽しそうでなによりです」
先代国王とアドルフさんにも、今日よりももっと楽しい明日を送ってもらうためにも。
私は決意を強くして、その場を後にしました。





