338・明日が来て欲しいという願い
夜の中央広場。
「じゃあ……始めようか」
私とナイジェル、ドグラス。レティシアとフィリップ、ヴィンセント様──そしてクロードが一堂に介し、空間に生じた亀裂の前に集まります。
みんなが固唾を呑む中、聖女の加護が付与されたナイジェルが、右手に神剣を召喚します。
亀裂に向かって一閃しますが──結果は同じ。
やはり、力づくでは亀裂をこじ開けられないようです。
「今ので大体の状況は分かってもらえたかな?」
「ええ、なんとなくね」
「ナイジェルの神剣でも斬り裂けないとは……よほど強い結界のようだな」
昨日と同じようなやり取りを、私達の中で交わします。
その後、順番に亀裂を広げられないか試していきます。
ヴィンセント様は氷の魔剣で。
フィリップは雷撃魔法で。
レティシアは呪いで。
私も浄化魔法をかけてみますが結果は同じで、亀裂は元のままでした。
「……やはり、昨日と同じではダメのようですね」
しかし、あらゆる攻撃や浄化の光を浴びせてもダメなら、次はなにをするべきなんでしょう。
「…………」
一方、クロードは亀裂がある方を眺めて、なにかを考え込んでいるようでした。
「クロード?」
「いや……」
声をかけると、クロードはこう話し始めます。
「その亀裂……なにかが気になってな」
「気になる?」
「ボクに馴染みが深いような力だ。これなら……」
そう言って、クロードは近づき、両手で亀裂を無理やりこじ開けようと試します。
「くっ……! やはり、ボクの力だとビクともしないな。だが、レティシアも頑張ってるのに、ボクだけ指を咥えて待つわけにはいかん!」
「ちょ、ちょっと、クロード! あんま無茶をしないで!」
レティシアも慌てて、クロードを止めようとします。
しかし、その瞬間。
亀裂から断末魔の叫びを上げながら、時の亡霊が這い出て、クロードに襲いかかります。
「う、うわああああ!」
自分の体に纏わりついてこようとする時の亡霊に、悲鳴を上げるクロード。
結界魔法……いえ、間に合いません!?
「クロード!」
レティシアが手を伸ばします。
それよりも早く、時の亡霊がクロードの首元を食い破ろうとして……。
「あれ?」
ですが、時の亡霊がクロードに触れた瞬間。
嘘かのように時の亡霊がただの煙となり、やがて完全に消滅してしまいました。
「あ、あんた、大丈夫なの!?」
「あ、ああ」
しゃがんでクロードの安全を確認するレティシアに、彼は戸惑いの表情で頷きます。
「時の亡霊がクロードに触れた瞬間、消えたように見えたぞ」
「攻撃が不発だったのか?」
ヴィンセント様、そしてフィリップが順番にそう口にし、クロード達に視線を注ぎます。
「おい、エリアーヌ。これはどういうことだ?」
「完全に時の亡霊が、クロードを食い破ろうとしたと思うんですけれどね。これは……」
どうして時の亡霊の攻撃がクロードに通用しなかったのか分からず、私もすぐにドグラスに答えを返しません。
一方、レティシアは少し考えてから、
「……っ! 分かったわ」
と手を叩きました。
「なにが分かったんですか?」
「この結界を動かしているのは魔力じゃなくて、呪いなのよ!」
立ち上がり、レティシアが私に顔を向けます。
「呪い?」
「うん。わたしたちは『結界』と聞いて、それが魔法なのだと思い込んでいた。だけど、時の亡霊がクロードに触れた瞬間、消滅したのを見て分かった。術者と結界を繋いでいる繋がりは、魔力なんじゃない──強烈な負の感情。つまり呪いってわけ」
「なるほど。ならば結界の亀裂から生じる時の亡霊も、元は呪いの力だと考えれば腑に落ちる。だから時の亡霊がクロード王子に触れた瞬間、消滅したんだ」
「うん」
ナイジェルの言葉に、レティシアが首を縦に振ります。
ベルカイム王国には元来、聖女は時の王太子と結婚し、子を産むしきたりがありました。
それは私がベルカイムを追放されたからなくなったのですが、先代までは別。つまりクロードは先代聖女の子どもなのです。
先代聖女の力を一部引き継いだクロードには、呪いに対する抵抗力が人一倍ありました。だからでしょう。
「少しは、ボクも役に立ったみたいだな。それなら話は早い。力づくでこじ開けるのではなく、解呪すればいいだけなんだから。エリアーヌ──」
「いえ」
クロードの言葉に、私は首を横に振ります。
「確かに……私は今まで、亀裂──つまり結界ということで、それが魔法なのだという先入観がありました。なので、レティシアのようにその奥に眠る強い感情……結界と術者を繋いでいる呪いについては、気が付きませんでした」
「だったら──」
「ですが、私もなにもしていなかったわけではありません。あらゆる可能性を考えて、今まで何度か解呪も試してみたんです。ですが、なんの反応もありませんでした」
だからこそ、余計に時空を覆っている結界の原動力が呪いだと、気が付かなかったんですね。
私が言ったことに、再び場の空気が重くなります。
「どうすればいいのかな? レティシア嬢、呪術士である君なら、なにかいい方法が分かるんじゃ?」
「そうね……」
顎に手を添え、レティシアがこう話し始めます。
「……この結界を維持している呪いは、『明日が来てほしくない』という負の感情……つまり、強い想いでしょうね。だから、一日を何度もループさせてるのよ。
だったら、その真逆の『明日が来てほしい』という強い想いをぶつければいいんじゃないかしら? エリアーヌが使う解呪というのも、根本的にはそういう力が働いているから」
「抽象的な話だね。だけど、『明日が来てほしい』という想いは、みんなも持ってるはずだよね? しかも僕とエリアーヌは、何度も今日という一日を経験している。明日を望む想いは、相当強くなっているはずだけど……」
ナイジェルが顎に手を添え、そう口を動かします。
「……もしかしたら、俺達が結界の内側にいるからかもしれないな」
考えていると、次にフィリップがぽつりと呟きます。
「結界の内側にいるから、その効力が俺達にまで及んでいる。だからどれだけ強い想いを抱いても、それがかき消されるんだ」
「そ、そんな……」
私は思わず、声に詰まってしまいます。
今日という一日をループさせる結界と術者を繋ぐ力は、『明日が来てほしくない』という想いの強さ。
この結界を破るためには、『明日が来てほしい』という真逆の想いをぶつける必要がある。
だけど、結界の内側にいる限り、私達の想いの強さがかき消されてしまいます。
結界を破るためには、外に出なければならない。ですが、簡単に外に出られるなら、苦労はしていません。
堂々巡りです。
大きく前進はしたものの、高い壁に阻まれました。
「結界を破るためには、結界の効力が及ばない『外』に行かなければならない……ということか。本末転倒な気もするな。しかし──」
ヴィンセント様はふっと笑いかけ、私に顔を向けます。
「もう少しで一日が終わる。何度ループしても、お前は諦めないんだろう? どれだけ不可能だと思われても、前に進み続けようとするに違いない」
「ええ、その通りです」
力強く頷いた瞬間、いつもの眩暈が。
ハッとなった時には、ヴィンセント様も──そしてレティシアとクロード、他のみんなも消えていました。
「これで六回目のループだ」
「そうですね」
ナイジェルの言葉に、私はそう答えます。
「最後にヴィンスが言い残したように、諦めるわけにはいかない。それになにも分からなかったわけじゃない。少しずつ前に進んでいこう」
そう言って、ナイジェルは私に手を差し出し、私はその手を握りました。
……難題が私達の前に立ちはだかりました。
ですが、不思議と諦める気にはなりません。
必ず、この一日から抜け出す──強い覚悟を抱いて、私達はその場を後にしようとすると、
『エリアーヌ』
女性の声が頭に響きました。
「誰ですか?」
振り返りますが、誰もいません。
今の声……どこかで聞いたことがあります。
あれは、そう──魔法研究所。
お伽話にあった魔法の双剣を握った時、私に呼びかけた女性の声と同じもののような気がしました。
「エリアーヌ、どうしたんだい?」
「いえ、誰かに話しかけられた気がして」
「え?」
ナイジェルが首をかしげます。
不思議なことですが、彼には聞こえていないよう。
一体、誰なんでしょうか……それとも私の初耳。
疑問でしたが答えは出ず、もやもやした気持ちを抱えながら、今度こそ私はその場を去りました。
◆ ◆
「なにかに気付いたようだね」
エリアーヌ達が帰路につく中。
少し離れた建物の上で──リュシアンは、彼女達の様子を眺めていた。
(やっぱり、僕の想像通りだ。君達はどんな状況でも、勝利を手繰り寄せようとする)
エリアーヌやナイジェルの強さは、いわばその『諦めない心』にあったのだろう。
その強い心のおかげで、一年前は魔王。最近ではアマツで《赤き災厄》すらも退けた。
「少しずつ、結界は開いている。この調子なら、彼女たちは希いていた“明日”を掴めるはずだ。でも──」
リュシアンは口元に笑みを浮かべて、こう続ける。
「それが命取りだ。君達が前に進もうとすればするほど、破滅に近付いていく」
リュシアンの姿が常闇に消えていく。
完全にその場を後にする前に、リュシアンはこういう言葉で締め括った。
「さあ、踊り続けるといい。真実に辿り着いた時、君達がどういう顔を見せてくれるか楽しみだよ──」





