336・★ループ四回目
■■ループ四回目■■
四回目のループ。
今度の私はリンチギハムを離れ、ベルカイムに向かうことにしました。
ドラゴン化したドグラスの背に乗り、ベルカイムの王城に足を着きます。
「ドグラス、ここまで送っていただいて、ありがとうございます」
「礼など必要ない。緊急事態だからな」
城内を歩きながら、私はドグラスとそう会話を交わします。
私がベルカイム王城に来た理由。
それは、レティシアの力をお借りするためです。
『そう……一日が何度もループしてるって信じ難いけど、あんたの言うことだから冗談じゃないんでしょうね。分かった。準備があるから、昼からわたしのところに来て』
念話機でレティシアと連絡を取ると、彼女はそう快諾してくれました。
「この後、精霊王とあの無愛想な公爵も迎えに行くんだったな?」
「フィリップとヴィンセント様のことですね。ええ、そのつもりです」
「そうか……だったら、夜までには時間があるとはいえ、あまりゆっくりしている時間もないな」
「その通りです。急ぎましょう。えーっと、レティシアは……」
「エリアーヌ様」
彼女を探しながら城内を彷徨っていると、鎧に身を包んだ一人の男性が前からやってきました。
ベルカイムの騎士団長、カーティスです。
「カーティス、お久しぶりですね」
カーティスに、私はそう微笑みかけます。
「はい、ご無沙汰しています。エリアーヌ様も息災でしたか?」
「おかげさまで」
「そうですか……それは、なによりです。ドグラス様もお元気そうでなによりです」
「ガハハ! 我はいつでも元気だ」
豪快に笑い声を上げるドグラス。
「汝も精進しておるか?」
「ええ。日々苦労が絶えませんが、なんとか食らいついています。またドグラス様に稽古を付けてもらいたいものです」
「任せろ。暇な時は、いつでも相手をしてやる」
ニヤリと、ドグラスは好戦的な笑みを浮かべます。
二年以上前。
私がクロードに追放と婚約破棄を言い渡され、怒ったドグラスはベルカイムに向かったらしいですが……その際に、カーティスと一悶着あったそうです。
詳しい内容までは聞かされませんでしたが、それからドグラスはカーティスの実力を認めていると聞きます。
「それよりもエリアーヌ様、今日はどのようなご用でこちらに? レティシア様とお茶会でしょうか」
「レティシアが目的なのは当たりですが、他に理由がありまして……彼女はどこにいますか?」
「レティシア様でしたら確か、クロード殿下の部屋にこもって、なにかを話している様子でしたが──」
そうカーティスが言葉を続けようとした時でした。
「はあっ、はあっ……ごめん。待たせたわね」
廊下の奥からレティシアが慌てた様子で、こちらに駆け寄ってきました。
「いえいえ、待ってなどいませんよ。レティシア、今日はお忙しいところ、ありがとうございます」
「あんたに助けを求められたら、いつだって力を貸すわよ。あんたには、返しきれない恩があるんだから」
手櫛で髪を整えながら、レティシアが答えます。
「じゃあ、すぐに行きましょうか」
「はい──ですが、レティシア。慌てている様子でしたが、なにかあったんですか? もしそうなら、夜までには時間がありますし、用事を終わらせてからでも……」
「い、いいのよ!」
レティシアは何故か、慌てて誤魔化そうとします。
「こっちは大したことがないんだから!」
「こっち……?」
「そんなことより、今はあんまりゆっくりしてる場合でもないでしょ? さっさと行くわよ」
早々に話を切り上げ、レティシアが大股で城の外へと歩みを進めます。
……? どうしたんでしょう。
なにもなかったようには見えませんが……。
「おい、エリアーヌ。なにをぼーっとしておる。このままじゃ、あのピンク髪女は一人で行ってしまうぞ」
「そ、そうですね」
少し腑に落ちませんでしたが、ドグラスに急かされて、慌ててレティシアを追いかけるのでした。
夜。
フィリップとヴィンセント様も迎えにいった私達は、人払いが済んだリンチギハムの中央広場に集まりました。
「その謎の少年って……リュシアンに似てるわね」
私が中央広場で見た謎の少年のことを話すと、レティシアがそう声を漏らしました。
「リュシアン……というと、レティシアが魔王信教の支部で出会った教皇なんでしたっけ?」
「そうね」
私の問いに、レティシアが首を縦に振ります。
「もちろん、銀髪の子どもってのは、そんなに珍しくないわ。だけど……あんたの説明を聞くと、ただの他人の空似とも思えなくって」
「だとしたら、ますます彼を警戒しないといけないね。もっとも、僕達の前に姿を現してくれないんだけど」
とナイジェルが肩をすくめます。
仮にリュシアンがこの状況を作り出しているなら、どうして彼は私達の前に姿を現さないのでしょう?
邪魔が入っても、おかしくないはずなんですが。
「謎の少年……リュシアンのことも気になるが、今は目の前のことだ」
「そうだ。まずは一日がループするなどという巫山戯た状況を打破しなければ、そいつをゆっくり探し出すことも出来ないだろう」
私の考えを打ち切るように。
話を聞いていたフィリップとヴィンセント様が、そう口にします。
「そう……ですね。どこにいるのか手がかりがない少年とは違い、こちらは結界の亀裂という明確なものがあるんですから」
そう声を零し、あらためて空間に生じている亀裂に目を向けます。
その後、私達は早速、亀裂をこじ開ける作業に入ったんですが……。
「ちっ……ダメだったか」
フィリップが悔しさで顔を歪めます。
「フィリップでも、無理なんですか?」
「ああ」
私の質問に、フィリップが首を縦に振ります。
「現状、レティシア嬢に加え、リンチギハムの最強戦力を集めたというのに……ビクともしないのか」
「だが、諦めるわけにはいかん。今度は私が──」
ヴィンセント様が剣を構えます。
氷の魔剣です。
ヴィンセント様は、精霊の森の近くにある領を仕切っている領主。
時には冷徹な判断を下し、領民の一部からは『氷の公爵』と恐れられてもいますが、実際は優しい心を持っていることを知っています。
そして、ヴィンセント様の持つ氷の魔剣は元々、リンチギハム王城の宝庫で眠っていた剣。
元々はなんの変哲もない剣だったのですが、ヴィンセント様の資質と僅かな魔力と結びつく形で、氷の魔剣へと進化しました。
上級魔族ですら圧倒した氷の魔剣なら、なにかが起こるかも。
否応がなしに期待が膨らみます。
ヴィンセント様は、亀裂に向かって剣を一閃。
しかし。
「……どうだ?」
「特に異変はありませんね」
ヴィンセント様が斬りつけても、亀裂は変わらずそこに存在していました。
「くっ……一体、なんなんだ。空間に亀裂が生じているというだけでも、不可思議な話だというのに……」
「ヴィンセント様も亀裂を視認することが出来ないんですよね」
「残念ながらな」
と、ヴィンセント様が歯痒そうに顔を歪めます。
……やっぱり、結界の亀裂は限られた人にしか見えないみたい。
亀裂を前に、私達は一頻り考え込みます。
「別の方法を試してみたら、どうだ?」
静けさを斬り裂くように、ドグラスが口を開きます。
「我々は力づくで、結界をこじ開けようとしている。しかし、それは無駄だった。他に結界を壊す方法はないのか?」
「そうですね……結界は魔法の一種です。魔法である以上、術者との間には目に見えない繋がりがあります。そこを通して魔力が流れ、結界が維持されているんです。もっとも──強力な術者なら、死後もある程度は保ち続けるんですけれどね」
「ふむふむ」
「つまり術者が死ねば、魔力の繋がりが消えます。術者と魔力の繋がりを失った結界は、遅かれ早かれ自然と消滅するはずです」
「つまり、この巫山戯た状況を作り出した──結界を張った術者を倒せば、自然と元に戻ると?」
「そうですね。ですが……」
私はさらに説明を続けます。
「現状、誰が結界を張ったのかも、はっきりしていません。だから今のところは、こうして目に見えている亀裂をなんとかした方がいいと思いまして」
「まあ……それもそうか」
少し納得していない様子ながらも、ドグラスはそう頷きます。
「…………」
一方、レティシアは先ほどからずっと俯き加減で、なにかを考え込んでいました。
「レティシア? どうされましたか」
「いえ……なんというか、もう少しで掴めそうなのよね。この感じ、わたしはよく知っているような……」
ぶつぶつと呟くレティシアでしたが、やがて「ああ!」と自分の頭を掻きむしります。
「ダメだわ! もうちょっとで分かりそうなのに」
「焦る必要はありません。今日という一日がループされる以上、考える時間はあるんですから」
「それは、あんたらだけでしょ? きっと明日のわたしは、今日のことを忘れてるわ。ループしていることも知らず、一日を過ごして──」
レティシアがそう言葉を続けようとした時、またもや眩暈がしました。
ハッとなり視線を前に向けると、レティシア達が私の前から消えています。
「また、ループしたということですか」
「そうだね。これで五回目だ」
疲れた様子も見せず、ナイジェルがそう口にします。
「だけど、レティシア嬢は最後になにを言いかけていたんだろうか?」
「もう少しで分かりそうと言っていましたね」
「だったら、今日のレティシア嬢に賭けてみるしかないか。もっとも、彼女が言った通り、また一からのスタートになるだろうけどね」
とナイジェルが小さく息を吐きます。
「エリアーヌ、今日も夜が明けてから、レティシア嬢達を迎えに行ってほしい。また同じことの繰り返しになるかもしれないけど、今度は違うかもしれないから」
「分かりました」





