334・時の亡霊
亀裂から現れた煙のような存在はさらにその数を増やし、夜の中央広場に散らばります。
「う、うわあああ! なんだ、これは!?」
周りにいた人達も、煙のような存在から逃げ惑います。
中央広場はパニック状態。
それはまるで亡霊のような呻き声を上げながら、逃げ惑う人々を追いかけ回しました。
「エリアーヌ!」
「はい!」
私はすかさず、聖女の加護をナイジェルに付与します。
聖女の加護。
それは“真の聖女”となった私に与えられた、新たな力のことです。
元々私は女神の代行者として、他人に女神の加護を付与することが出来ました。
女神の加護に適合する人間は、極僅か。女神の加護を付与された人間は黄金の輝きを放ち、一時的に力が強化されます。
先の魔王との戦いによって、私は女神と一体になることにより、その力をさらに強いものとしました。
女神──いえ、聖女の加護を付与されたナイジェルは剣を抜き、人々を追いかける亡霊に切りかかります。
「はあ!」
剣を一閃。
亡霊が断末魔の叫びを響かせます。
その後も次々と現れる亡霊達を斬りつけ、なんとか事なきを得ました。
「ふう……ビックリしたね。一体一体は大したことがなかったけど、数が多かった」
ナイジェルが息を吐きながら、剣を鞘に納めます。
場は騒然となっていました。
私は急いで中央広場を見て回りますが、幸いにも怪我人はいないみたい。
ほっと胸を撫で下ろし、再び時計塔の前にまで戻ってきます。
「さっきのは一体、なんだったんだろう。君が不思議がっていた場所から、出現したように見えたけど……」
「はっきりとは分かりません。ですが──」
戸惑うナイジェルに、私はこう口を動かします。
「きっと先ほどの煙のような存在は、私達がこのループから抜け出すのを、良しとしないんだと思います」
「どういうことだい?」
「つまり……」
私は、未だ空間に付けられている亀裂を見ながら、こう説明を始めます。
今日という一日がループしていること──それには魔法が関わっていると考えられます。
しかしこれだけ大規模な魔法、世界全域でも足りず、時空をすっぽりと覆ってしまうほどの莫大な魔力が必要になります。
なので、『時空を覆う結界があるのでは?』とフィリップと話し合ったわけですね。
「そして落ち着いた今なら、分かります。空間に生じている亀裂は、おそらく結界のほつれのようなものでしょう」
「なんだって?」
ナイジェルが前のめりになります。
「結界のほつれ──つまり……」
「ええ。先ほど亀裂に触れると、私は不思議な光景を見ました。祭り当日──明日のリンチギハムの風景です」
結界を破った先に明日がある。
それを確信させるかのような光景でした。
「そして──先ほどの存在。時のような因果を狂わせる場合、修復を邪魔するものが現れるのが必然です。運命だって同じことです」
「たとえるなら、決められた運命を変えることは出来ない。もし変えるとしたなら、元の運命に戻そうとする力が働くというわけか」
「簡単に言うと、その通りですね」
それは生きた存在ではありません。
まるで生きた者を妬む、亡霊のようです。
差し詰め、先ほどの煙のような存在は──『時の亡霊』とでも名付けましょうか。
「私が亀裂に触れると、一時的に時を正常に戻そうとする力が働いたんでしょう」
「だからそれを阻止しようと、時の亡霊が現れたというわけか。つまり……」
「はい。この結界を破れば、ループから抜け出せる──そのように考えられます」
希望が芽生えました。
なにをしても今日という一日から抜け出せず、「一生このままではないか」と思いかけていましたが、ようやく手がかりを得ることが出来たんです。
「百%じゃないかもしれないけど……やってみる価値はありそうだね。そうと分かったら、早速結界が破れないか試してみよう。そうすれば、いつか──」
そうナイジェルが言葉を続けようとした時でした。
くらっとした感覚が体を襲い、周囲の風景が変わります。
「これは……」
「うん。ループしたみたいだね」
とナイジェルが懐中時計を取り出します。
それには、祭り前日の『白狐月の十五日』であることを示していました。
先ほどまで騒然としていた光景も、今では嘘のように落ち着き払っています。
「亀裂は──あれ?」
先ほど、亀裂が生じていた部分に視線を移します。
しかし、そこにあった亀裂は嘘のようになくなっていました。
「もしかして……亀裂が閉じてしまったんでしょうか」
「いや、時間が巻き戻ったことによって、元の状態に戻ってしまったのかもしれない。ならば、今日という一日で夜の限定的な時間にしか、亀裂が生じないとも考えられる」
確かに。
昼に街を回った際には、時計塔の前の亀裂には気が付きませんでした。
まだ決めつけるのは早いかもしれないけれど、ナイジェルの言ったことに間違いなさそう。
その後、私達は王城に戻り、体を休めることにするのでした。





