331・変わらない一日
その後、私はナイジェルと王城の外に出て、街の見回りをすることになりました。
「昨日と全く一緒だね」
歩きながら、ナイジェルがそう口にします。
街は明日の祭りに向けて、着々と準備が進められていました。
街全体が活気付いており、大通りに立ち並ぶ出店も昨日と同じ。昨日と全く変わらない光景を前にして、頭がクラクラします。
「えーっと、昨日は確かこの後……」
そうナイジェルが、言葉を続けようとした時でした。
「いやあ、旨い! こんなに旨いワインを飲んだのは、初めてかもしれぬ!」
「おっ、お客さん。意外とイケる口だね。そのワインは十年ものの高級ワインなんだ。辺境で採れた希少な葡萄を使用していて──」
街の一角にあるカフェ兼バー。
そこのテラスで、汚れたローブを被って、一人の初老の男性がマスターらしき人と会話を楽しんでいました。
「先代国王陛下──」
私はそう呟き、テラスの方へ歩を進めます。
「すみません」
「む……すまないが、儂は一人で酒を楽しんでいるのだ。用があるのなら別の者に──」
先代国王が早々に話を切り上げようとしますが、私とナイジェルに気付いて、ハッとします。
「エ、エリアーヌ! しかも、ナイジェルもいるではないか!」
「楽しんでおられるようで、なによりです」
ナイジェルが苦笑します。
「わ、儂を連れ戻しに来たのか? ならば、無駄だ。五年前の祭りでは国王として動き回っていたから、ろくに祭りを楽しめなかったからな。今年くらいは身分を忘れて、楽しみたい」
「それに関しては、特に異論はありませんよ。護衛としてアドルフもついていますし」
「なに? アドルフが? どこにおるのだ。ヤツめ、付いてこなくていいと言ったのに……」
戸惑いの表情を見せる先代国王。
一方、店のマスターは「え? ナイジェル陛下?」と事情を呑み込めていない様子でしたが、私が言い聞かせて店内に戻ってもらいました。
「父上、あなたに聞きたいことがあります。今日……いや、もしかしたら昨日、街に異変はありませんか?」
「異変か?」
どうしてそんなことを聞かれるのか分からないのか、先代国王が目を丸くして首をひねります。
「異変など感じられん。明日に向けて、祭りの準備で忙しいだろう? 特に変わったところはないと思うが……」
先代国王の言葉を受けて、私はナイジェルと顔を見合わせます。
「ナイジェル」
「うん。やっぱり、父上も時が巻き戻っている事実を認知していないようだ。ドグラスも同じだったし、やっぱり僕とエリアーヌだけがこれを分かっていそうだね」
大体予想はついていましたが、やはり街のみんなは時が巻き戻っているなど夢にも思っていなさそう。
頻りに首をひねる先代国王を見ていると、とても彼が嘘や誤魔化しを口にしているとも思えません。
「昨日もこの時間、父上はここでお酒を飲んでいた。僕達以外──もしくは僕達が干渉しないと、人々は昨日と同じ行動を取るようだね」
「そうですね。ですが、だとするならこの時間に──」
ハッと気付き、私はナイジェルから目線を外し、前方へと顔を向けます。
その視線の先には、昨日のドーナッツの出店が。
──プツン。
糸が切れたような音が聞こえ、魔石ランタンが落下します。
その真下には、ドーナッツ屋の店主がいました。
「危ない!」
私はすぐさま結界を張ります。
魔石ランタンは結界に弾かれ、地面に転がります。
なんとか間に合いました。
「大丈夫かい?」
「は、はい! ありがとうございます。え、えーっと、ナイジェル陛下……ですよね?」
すぐにナイジェルがドーナッツ屋の店主に駆け寄り、彼の身を案じます。
「エリアーヌ、ナイスフォローだ」
「いえいえ。それよりも、やはり昨日と同じでしたね」
昨日も魔石ランタンを吊り下げていた糸が切れ、同じように落ちました。
先代国王のことも含め、ここまで昨日と全く同じなのです。
やはり、時が巻き戻っていると考えてもよさそう。
「とにかく、魔石ランタンを吊り下げていた糸を補強してもらうよう、指示を出しておくよ。今は、昨日となるべく同じ行動をするべきだと思うから」
「お願いします」
私達は野次馬として集まってきた人々に対応してから、その場を後にしました。
その後も街を回りましたが、やはり昨日と同じように明日の祭り当日に向けて、みんなが準備を進めているばかり。
なにも見つけられずに私達は日も落ちてきたところで、王城に戻ることにしました。
「エリアーヌ」
王城に着くと、ドグラスが私達を見つけて声をかけてきます。
「ドグラス、城内はどうでしたか?」
「いや……特に変わったところはない。セシリーとラルフに付き合わされて、城内の飾りつけを手伝わされた。人使いならぬドラゴン使いの荒いヤツらだ……」
不満そうにドグラスは苦い顔をします。
「ナイジェル達の方は、どうだったのだ?」
「うん。こっちも似たようなものだよ。昨日とほとんど変わらない光景が、街中に広がっていた。やっぱり、一日がループしていると考えてよさそうだ」
ドグラスの質問に、ナイジェルが答えます。
「これから、どうすればいいんでしょうか?」
「とりあえず、僕は残った雑務を終わらせてくる。もしかしたら一日がループするという状況は今回だけで、明日になったら元に戻っているかもしれないからね」
昨日──というよりも前回も夜になるとナイジェル一人で王城に戻って、雑務を片付けていました。
もしループせずに明日を迎えたとしたら、大変なことになりますからね。
「分かりました。では、ドグラス。私達はもう少し、城内を回ってみましょうか。よろしいですか?」
「無論だ」
ドグラスが頷き、私達は一旦別れるのでした。
そして、しばらくドグラスと城内を隈なく探索していましたが。
「やはり、特に変わったところはありませんでしたね」
日が変わろうかとする深夜。
廊下を歩き、私はそう溜め息を吐きます。
「どうして、一日がループしているのだろうか?」
「分かりません。なにか不思議な力が働いたとは思いますが……」
そうドグラスと話していると、廊下の向こう側から、ナイジェルがこちらに歩いてくる姿が見えました。
「お疲れさまです。雑務は終わったんですか?」
「うん。もっとも、この異常事態を判明させる方が先決だから、最低限のことしかやってないけど。他の人達には申し訳ないけど、彼らに任せることにした」
とナイジェルが肩をすくめます。
一方、ドグラスは腕を組んで。
「奇怪な状況だな……まあ、我は本当に時が巻き戻っているのか、認知出来ないままだが」
私達とは違い一日がループするという状況を認知出来ないドグラスは、歯痒そうに顔を歪めます。
「なんにせよ、ほとんど手がかりを掴めないまま、日を跨ぎそうだね。これを見てみてよ」
そう言って、ナイジェルは胸の内から懐中時計を取り出します。
「今日もあと、五分ほどで終わろうとしている。僕も昨日は日を跨ぐ前に寝てしまったから分からないけど、この異常事態が続くなら、なにか起こるはずだ」
「そうかもしれません。なにも起こらないのが一番なんですが……」
固唾を飲んで、ナイジェルとドグラスの二人と日が変わる瞬間を待ちます。
そして、日が変わる一秒前。
カチッと秒針が刻む音が聞こえたかと思うと、頭がくらっとした感覚に襲われました。
「……っ!」
「エ、エリアーヌ、大丈夫かい?」
「は、はい」
体を支えてくれるナイジェルに、私はそう返事をします。
「すみません。一瞬眩暈がしたような……」
「僕も同じだよ。ドグラスは──」
とナイジェルが、ドグラスの方へ視線を向けようとします。
そして、同時に私達は気付きました。
先ほどまでいたはずのドグラスが、忽然と姿を消してしまっていたことに。
「え……?」
その光景に、私は思わず声に詰まってしまいます。
「これは……どういうことでしょうか?」
「……また、時が巻き戻ってしまったかもしれないね。ほら」
ナイジェルが懐中時計を掲げます。
時計盤の背景に、うっすらと浮かび上がった白狐の模様。
その後ろには──『十五』という数字が。
「やはり……一度だけでは終わらなかったんですね」
「そうみたいだ。ドグラスがいなくなったのも、本来ここにはいなかったから。昨日という日が終わり、今日という一日が始まる瞬間。それが時が巻き戻る起点だったということか……?」
独り言のように、呟くナイジェル。
その後、私達は念のためにドグラスの寝室に向かうことにしました。
「む……どうした。こんな深夜に。明日は祭り前日で忙しいというのに、どうして起こしにきた」
寝ぼけ眼を擦りながら、ドグラスが部屋から出てきます。
明日は祭り前日──ドグラスも日を跨ぐ前に寝ていたんでしょうか。つまり、ドグラスは『今日が祭り前日』だと思い込んでいる。
「……これで確定だね。時がまた巻き戻って、一日がループしている」
「ループ? 汝らはなにを言っておるのだ」
やはり、なにも事情を知らなさそうなドグラスも同じなまま。たまに冗談を言ったりもするドグラスですが、こんな大事な時に言うわけがありません。
ドグラスにも私達が今置かれている状況を説明しますが、同じように驚いていました。





