329・祭りの始まり
その後も私は街を回り、祭りの準備が進んでいるか確かめました。
「ふう、さすがに疲れましたね」
そう息を吐きます。
気付けば、すっかり夜。薄暗くなっていくにつれて、人の往来もだんだん減っていきました。
ナイジェルは夕暮れになり始めた頃、「雑務を片付ける」と言い残して、城に戻って行きました。
ここで私も帰ってもよかったのだけれど、せっかく五年に一度の祭り。最後の最後までなにかないか確かめるため、一人で街を回っていました。
とはいえ。
「暗くなってきましたし、私もそろそろ帰りましょうか。あまり遅くなると、ナイジェルが心配しますし」
そう城の方角へと向かおうとした時でした。
ラ──ラララ──ララ──。
突如、微かな歌声が聞こえてきます。
「え?」
私は思わず足を止めてしまいます。
聞こえてくる歌声は美しいものでした。
どこか儚くて切なげな、寂しくなるような歌声です。
「なんでしょう」
少し気になって、歌声がする方へ足を進めます。
進んでいくと、やがて街の中央広場に辿り着きます。
夜とはいえ、まだまだ人もいます。人達は明日の期待と楽しみで、表情が明るいようでした。
そんな中。
時計塔の前で、その歌を歌っている少年がいました。
──心優しい巨人が壁を築いた。
──小さな小さな人を守るため。
──外には夜が、嵐が吠える。
──だからお眠り、この中で。
──明日が来るまでお眠りなさい。
──永遠の時の中で、安らかな眠りを。
響き渡る歌声。
少年は歌い終わると、静かに時計塔を見上げます。
その目には楽しみとも郷愁とも説明がつかないような、複雑な感情が入り混じっているようでした。
「お見事でした」
私は拍手をしながら、少年に歩み寄ります。
「すみません、黙って聞いてたりなんかして。ですが、とても素敵な歌声なので、つい聞き惚れてしまいました」
「ふふふ、ありがとう」
少年は微笑み、私に顔を向けます。
美少年といっても差し支えのないくらい、整った顔立ちをした少年でした。
中世的な顔立ちで、声と服装を見聞きしていなければ、女の子と間違えてしまうような。
少年は楽しそうな目をして、私をじっと見つめます。
「あなたは、ここ王都の住民……ではないですね?」
「うん、よく分かったね」
そう頷いて、私は少年の前に立ちます。
明日の女神祭は、王都の外からも人が多く訪れます。
少年もそんな中の一人だったのでしょう。なので、特に疑問は感じませんでした。
「歌の内容……巨人のことを歌っていましたが、あなたも心優しい巨人のお話を知っているんですか?」
「人々を守るために、高い壁を築いた巨人の話だよね。もちろん、知っているよ。でも──」
と少年は夜空を見上げます。
満天の星が空を駆ける、ロマンティックな夜でした。
「巨人は幸せがずっと続くことを望んだ。だから高い壁を築いて、人々を守っていたんだ」
「その通りです」
「でも……」
少年は言葉を区切って。
「──君は、こんな時が永遠に続けばいいと思ってる?」
「え……?」
唐突にそんなことを聞かれ、ついきょとんとしてしまいます。
「いや、なに──今って、すごく平和だよね。一年前の魔王との戦いも、人々の記憶から薄れ始めている。皆、明日の祭りを楽しみにしているんだ。きっと楽しい祭りになるだろうね。こんな幸せな時がずっと続けばいい──君もそう思っているのかなと思って」
「そんなの──当然です」
明日の女神祭は、街の復興を印象付けるといった側面もあります。
街を回りましたが、みんなは明日の祭りを楽しみにしているのか、一様に笑顔でした。
先代国王も自分の立場も忘れて楽しみ、ロベールさんも気合十分のようです。
戦いなんて、ない方がいいに決まっている。
何気ない一日ですが、こういう日がずっと続けばいい──そう感じました。
「あなたは違うんですか?」
「いや──違わないよ。僕だって、永遠に続けばいいと思っている」
そう私の名前を呼んで、少年が私の目を真っ直ぐ見つめます。
「エリアーヌ」
少年は私の名前を呼びます。
「僕は永遠が欲しい。勇者なんて必要ない。幸せが永遠に続くなら、僕はそれだって望むだろう」
「あなたは一体……」
そう言葉を続けようとした時、彼は私の顎に手を伸ばし、軽く持ち上げてこう告げます。
「さあ──祭りの始まりだよ。終わらない一日の中で、君達は答えを見つけることが出来るかな?」
一陣の風が舞いました。
前髪で視界が防がれ、咄嗟に目を瞑り──次に開けた時には、彼の姿がどこにも見当たりませんでした。
「あれ? どこに行ったんでしょう」
そう呟き、辺りを見渡します。
しかし、先ほどまであれほど存在感を放っていた少年の姿は、まるで幻のように消えています。
不思議な光景を前にして、私は立ち尽くしてしまいました。
「なんだったんでしょう? それに、私のことも知っているようでした。王妃の顔と名前を知っていても、さほどおかしくはないんですが……」
首をかしげてしまいます。
「不思議ですね……あんなに美しい歌声だったのに、私以外は誰も彼のことを見ていないようでした」
ですが、ここで考え続けても仕方がないでしょう。ナイジェルも心配します。
私は少し腑に落ちなさを感じながらも、あらためて王城に帰ることにしました。
翌朝。
カーテンの隙間から差し込む朝日を浴び、自然と目が覚めました。
「ふわあ……昨日は楽しかったですね」
ナイジェルと一緒に街を回り、祭りの準備が順調に進んでいるか確認しました。
魔石ランタンが落下するトラブルはありましたが、それ以外は特になにもなく、日も暮れてきたところで王城に戻りました。
歩き疲れたせいで、シャワーを浴びたらすぐに眠くなり、日が跨がない内に昨日は就寝したというわけです。
「だけど、そのおかげで頭がすっきりです」
ベッドから起き、カーテンを開けながら、そう口にします。
今日は、いよいよ祭り本番。
街も昨日より鮮やかに飾り付けられているでしょう。
とても楽しみで……。
「おい──エリアーヌ!」
そんなことを考えていると、部屋の外から私を呼ぶ声が聞こえました。
「はい?」
返事をしながら扉を開けます。
するとそこには、ドグラスがいました。
「汝は、いつまで寝ているつもりだ! 我が起こしにきてやったぞ」
「それはありがとうございます。ですが、今日も早起きなんですね。やはり、あなたも楽しみにしていましたか」
どこか既視感のある、やり取り。
昨日だって、まだ祭り前日だというのに、ドグラスにしては珍しく早起きしていました。
祭り当日となったら、なおさらでしょう。今にも走り出しそうなドグラスを微笑ましく思いました。
しかし。
「うむ、そうだな。なんていったって、祭りがとうとう明日に迫っているからな。ドラゴンの我とて、早くに目が覚める」
と腰に手を当て、ドグラスは胸を張りました。
……ん?
「なにを言っているんですか。祭りは今日でしょう? 昨日だって、セシリーちゃんとラルフちゃんと、祭りの準備をしていたんですよね?」
「はあ? なにを言っている。祭りは明日だろうが」
首をかしげるドグラス。
おかしい。
ドグラスが日にちを間違っている?
いえ、そんなことはないでしょう。あれほど昨日楽しみにしていたのに、勘違いするはずがありません。
混乱していると。
「エリアーヌ!」
慌てた様子で、次はナイジェルが私たちのもとに駆け込んできました。
「ナイジェル、おはようございます。あなたからも、ドグラスに言ってあげてください。祭りは今日だ……って」
「う、うん。そのはずなんだけど……」
ナイジェルも当惑した様子を見せます。
一方、ドグラスは。
「なにを汝らは、さっきから訳の分からないことを言っている。祭り本番は間違いなく、明日だ。我を騙そうとしているのか?」
と頻りに首をひねっていました。
やっぱり、おかしい。
一体なにが──。
「エリアーヌ、落ち着いて聞いてほしい」
混乱している最中、ナイジェルは私の両肩に手を起き、真っ直ぐとした瞳でこう告げました。
「どうやら──時が昨日に巻き戻っているらしいんだ」
──こうして、私達の終わらない一日が始まりました。





