328・心優しい巨人
先ほどのドーナッツ屋の前から、しばらく歩いて。
私達はある建物の前で足を止めました。
白塗りの壁の大きな建物。
その外観からは、どこか神聖な雰囲気さえ感じました。
「ここを覚えているかい?」
「もちろんです。魔法研究所ですよね」
魔法研究所。
ここでは昔、私達が精霊の村で分けてもらった『精霊の水』を利用する際にお世話になりました。
そこの研究所長でもある彼には、薬師の試験を受ける際にも助けてもらいましたが、元気にしているでしょうか……?
「明日の祭りで、魔法研究所は外部の人達に開放されるんだ。どこまで準備が進んでいるし、入ってみようか」
「はい」
頷き、ナイジェルの後に続いて私は中に入ります。
研究所内は白衣を着た研究者達がいて、私達を見かけるなり頭を下げてくれました。
懐かしい薬品の匂いと魔力の空気を感じながら、研究所の奥へと進んでいきます。
そして一番奥の研究室。
「ナイジェル陛下、エリアーヌ様──ようこそ、お越しくださいました。エリアーヌ様はお久しぶりですね」
一人のメガネをかけた男性が、私達を出迎えてくれました。
「ロベールさん、こちらこそご無沙汰していました」
私は彼を見て、そう声をかけます。
ロベールさん。
ここ、魔法研究所で所長をしている方です。
ポーション作りの時にも、彼には手伝ってもらいました。
上級ポーションの量産化に成功してから忙しかったみたいで、なかなかお会いする機会が持てなかったのですが、久しぶりに彼の顔が見れて懐かしさが込み上げてきます。
「やあ。明日の準備はどうかな? まあ、君のことだから心配していないけどね」
恭しく頭を下げるロベールさんに、ナイジェルは柔和な笑みで尋ねます。
「はい! もちろん、ばっちりですよ。明日の一般開放の準備もほとんど終わっています。そして……あの目玉の展示物も、です」
「目玉の展示物?」
私は首をかしげます。
するとロベールさんは「待ってました!」と言わんばかりに、ほくそ笑み、
「ふっふっふ、そういえばエリアーヌ様にお見せするのは初めてですね。いいでしょう」
そう言って、奥にあるガラスケースに目を向けます。
「これが、明日の展示物です。最近、古代遺跡から発見されたものなんですよ」
ガラスケースの中に寝かされているのは、二本の剣でした。
剣の持ち手に、赤と青の石のようなものが設置されている剣です。
ですが、それ以外にはなんの変哲もない剣のように見えて、これを目玉の展示物だと宣言するのは違和感があって……。
「ん……?」
ずっと見ていると、ある事実に気が付きます。
「さすが、エリアーヌ様。お気づきになりましたか」
目を細める私に、ローベルさんは説明を続けます。
「エリアーヌ様のお察しの通り、その剣には微量な魔力が含まれています。差し詰め、『魔法の双剣』といったところでしょうか」
「双……剣」
そう反芻しながら、私は二本の剣──魔法の双剣をじっと観察します。
ロベールさんの言った通り、魔法の双剣には僅かな魔力が込められていました。
しかし、その魔力はほとんど眠っただけの状態。
このままでは魔力を引き出せず、ただの剣としてしか使いようがなさそうですが……。
「不思議な魔力の形をしていますね。そう──まるで、二本の剣が相互に保管し合ってるような。だから、双剣ということですか」
「はい」
ロベールさんもまるで愛でるように双剣が入ったガラスケースを撫でながら、こう口を動かします。
「エリアーヌ様は、こういうお伽話を知っていますか? 『心優しい巨人』の話です」
「いえ……聞いたことがありませんね。どんなお伽話なんですか?」
「それは──」
ロベールさんがゆっくりと語り始めます。
昔々、人間と共に暮らす巨人がいました。
巨人は誰よりも大きく、誰よりも強く、そして誰よりも優しい心を持っていました。
巨人は二本の剣を握り、人々を守ります。
ですがある日、巨人は外の世界に危険が迫っていることを知り、街の周りに高い壁を築きます。
『決して壁の外へ出てはならない。外は恐ろしい世界なんだから』
巨人はそう言って、人々に壁の外へ出ることを禁じました。
こうして人々は高い壁に守られ、幸せに暮らしましたとさ。
「……という話です」
説明を終え、ロベールさんは一息吐きます。
「その巨人が持っていた剣が、これだったというわけですか」
「はい。もっとも、本当に巨人が持っていた剣かは分かりませんがね。ですが、年代物であることには間違いありませんし、あまり細かく突っ込むのも野暮というものでしょうが」
とロベールさんは肩をすくめます。
「明日は名だたる考古学者も、ここを訪れるって聞いてるよ。今から楽しみだね」
後ろで話に耳を傾けていたナイジェルも、そう言います。
人々のために高い壁を築いた、心優しい巨人……ですか。
巨人でありながら、人間と平和に暮らしていたのです。さぞ優しい心の持ち主で──。
ひょこっ。
そう考えていた時。
柱の影から顔だけを出して、こちらを見つめる一人の女の子がいました。
サイズが合っていないのか、ダボダボの白衣を身に纏い、裾が地面に着いちゃっています。
「迷子かな?」
そう言って、ナイジェルが女の子に話しかけようとすると、彼女はビクッと肩を震わせ──どこかへ走り去っていきました。
「あらら、怖がらせてしまったかな」
「ナイジェル陛下がお気になさる必要はありません。彼女は、いつもああなんですから」
溜め息を吐き、ロベールさんが額に手を当てます。
「いつもああ……? もしかして、あの服装といい……迷子の子どもじゃなくて、ここの研究員なんですか?」
「はい、その通りです」
私の質問に、ロベールさんが首を縦に振ります。
「名前をニーナといいます。昔から男性が苦手で、男性から話しかけられると、いつもああやって逃げ出すんですよ。かなりの童顔なので子どもだと見られがちですが、年齢は三十は超えていたかと」
「さ、三十ですか!? 私より年上です!」
全くそう見えなかったので、つい驚きの声を上げてしまいます。
「優秀な研究員ではあるので、あの性格を直せば、もっと成果を上げられるでしょうけれどね。だからこそ、ここの所長として歯痒いです」
「そうだったのか。やっぱり、悪いことをしちゃったみたいだ」
ナイジェルが困ったように、頭を掻きます。
ニーアさん……こう言うのもなんですが、可愛らしい女性でした。
落ち着いて彼女と話をしたいですが、わざわざ追いかけるのも余計に怖がらせてしまうだけですか。
「それにしても、魔法の双剣──双剣といえば、どうしてもファーヴのことを思い出してしまいますね」
ぽつりと呟きます。
「出来れば、ファーヴにもこの祭りに参加してほしかったね。きっと、楽しんでくれると思うから」
「私もそう思います」
ファーヴ。
一年前、まだリンチギハムで魔王が復活していない頃、レティシアの結婚式で出会ったドラゴンです。
ドグラスの昔からの親友だそうですが、彼は恋人である時の聖女──シルヴィさんを救うため、私達に助けを求めました。
シルヴィさんの時を戻す力も借りて、なんとか元凶である長命竜アルターを倒したのですが、肝心のシルヴィさんは時の牢獄に囚われたまま。
ファーヴはそんな彼女を助けるため、私達に置き手紙を残して、一人で時の牢獄に入っていきました。
あれ以来、ファーヴには会っていないですし、時の牢獄に関する手掛かりも見つけられないまま。
そんな彼が使っていたのが双剣。
もちろん、ファーヴが使っている双剣とは違いますが、その言葉を聞くとどうしても彼を思い出してしまい……。
『──私を見つけて』
「え……?」
急に頭の中に声が響いて、辺りを見渡します。
しかし、研究所のみんなは各々自分の作業に集中しており、私を呼びかけた人は見当たりませんでした。
「……? どうしたんだい、エリアーヌ。急に声を上げて」
「い、いえ──なんでもありません」
私の気のせいだったんでしょうか……と思って、ナイジェルにそう言葉を返しました。
「さて……あんまり僕達がここにいるのも、迷惑をかけちゃうね。そろそろお暇させてもらうよ」
「やや! そんなことありません。ナイジェル様が来てくださると、みんなの士気も上がりますよ。どうかもっとごゆっくりしてくださいませ」
「ありがとう。だけど、他にも回るところがあるんだ。名残惜しいけど、明日を楽しみにしているよ」
「そうですか……」
ロベールさんは残念そうに肩を落とします。
「エリアーヌも行こうか」
「はい」
頷いてから、私達はその場を後にします。
それにしても……先ほどの声はなんだったんでしょうか?
首をひねり考えますが、答えは出そうにありませんでした。





