327・先代国王も祭りを楽しみたいようです
王城を出て。
私はナイジェルと一緒に、街の中を歩きます。
「今のところ、トラブルはなさそうだね」
「ですね」
隣を歩くナイジェルに、私はそう頷きます。
街は明日の祭りに向けて、着々と準備が進められています。
大通りには出店が建ち並び、普段はあまり見られない飾りつけもされていました。
魔石ランタンも吊り下げられ、祭り前日の雰囲気をより一層派手に盛り上げます。
今すぐ始めても、問題がないくらい──素直にそう感じました。
「裏通の方にも一応行ってみようか」
「はい──」
と、裏通に歩を進めようとした時でした。
「いやあ、旨い! こんなに旨いワインを飲んだのは、初めてかもしれぬ!」
「おっ、お客さん。意外とイケる口だね。そのワインは十年ものの高級ワインなんだ。辺境で採れた希少な葡萄を使用していて──」
カフェのような出たちのお店。
そのテラス席で、一人の男性がワイングラスを片手に、店のマスターらしき人と楽しそうに話をしていました。
「あれは……」
よく目を凝らしてみます。
少し薄汚れたローブのフードを目元を隠すまで深く被っていたので、すぐに分かりませんでしたが、ワインを飲んでいるのは初老の男性のようです。
立派な口髭を蓄えており、酔っているのか、顔は少し赤らんでいます。フードの隙間から、ナイジェルに似た金色の髪が見え隠れしており──。
「も、もしかして、あれは先代の国王──んむっ!」
そう言おうとすると、すかさずナイジェルが後ろから私の口元を手で押さえます。
「……父上だって、楽しみたいんだよ。なにせ、今まで自分が国王として祭りの準備に奔走してたんだからね。今年くらいはそっとしてあげよう」
と、ウィンクをするナイジェル。
ワインを飲む初老の男性──先代国王陛下は私達に気づく素振りも見せず、勢いよくワインを飲んでいます。
マスターも、まさか目の前にいるのが先代の国王陛下だと思いもしていないのでしょう。一客として、先代陛下に接しているようでした。
「そうですね。なんにせよ、あれだけ自分の身分も隠して楽しめているのは、明日に不安がないという現れでしょう。ここで声をかけるのは野暮というものでしょうか」
それにしても……今は政治のほとんどをナイジェルに任せているとはいえ、先代陛下ともあろうお方が、護衛もつけずに歩き回っているのはいいんでしょうか?
そう思いかけますすが……。
「はあ……。先代国王ともあろうお方が、街の人々に混じって酒を飲んでいるとは……」
柱の影に隠れ、少し離れた位置から先代国王を見守る一人の男性を見つけました。
彼はハラハラして気が気じゃないのか額に手を当て、何度も何度も溜め息を吐いています。
「……アドルフさんですね」
「だね」
私の言葉に、ナイジェルが首を縦に振ります。
アドルフさん──リンチギハムの騎士団長です。
先代陛下が嫌がるから、あんな位置から見守っているといったところでしょうか。
「まあ、悪いことじゃないんじゃないかな? アドルフも頑張ってるし、僕らも自分がやるべきことをやろう」
苦笑しながらナイジェルが答えます。
再び歩き出そうとすると、
「──ナイジェル陛下! エリアーヌ王妃! こっちの店も覗いてくださいよ!」
少し離れた位置から、声が聞こえます。
振り返ると、そこには出店を出している男性が、こちらに向けて呼びかけていました。
「もちろんだよ。ここでは……ドーナッツを出すのかな?」
「はい!」
男性──店主らしき人が元気よく答えます。
「もうほとんど準備が終わっているんですが、せっかくだから、ナイジェル陛下とエリアーヌ王妃にも味見をしてほしくて! お二人とも、いかがですか? もちろん、お代はいりません」
そう言って、店主は紙包に入ったドーナッツを差し出してきます。
「お代はいらない……って、申し訳ないよ。タダほど怖いものはない、っていう言葉もあるしね」
「いえいえ! ナイジェル陛下とエリアーヌ王妃に食べてもらっただけで、この店も評判になります。そうなったら、きっと明日は大繁盛です」
人差し指と親指で硬化の丸型を作って、店主がニヤリと笑みを浮かべます。
……ここまで言われて断るのも、逆に失礼ですか。
私はナイジェルと頷き合って、彼からドーナッツを受け取ります。
「では、早速……美味しい!」
一口食べてみたら、すぐにそのドーナッツの美味しさに声を上げてしまいました。
外はサクッと。
中はしっとりとした口触り。
砂糖をまぶしたシンプルな味付けですが、不思議と飽きがきません。私は夢中になって、ドーナッツを食べていました。
「……うん! すごく美味しいよ。これなら、明日も繁盛するだろうね」
「ナイジェル陛下にそうおっしゃっていただけて、光栄です! これで自信が持てました!」
店主もほっと胸を撫で下ろし、喜びの声を上げました。
気付けば、私達の声に釣られてか、周囲に人が集まってきます。
「おい……あれ、見ろよ。ナイジェル陛下とエリアーヌ王妃だぜ」
「ナイジェル陛下、今日も見た目麗しいですわ」
「エリアーヌ王妃もすっごく美人だね。ほんと、ああいうのが美男美女カップルって言うんだろうな」
遠巻きから、ガヤガヤと話をするみなさん。
うー……少しは慣れてきたと思いましたが、やっぱり注目を浴びるのは落ち着かないです。
少しそわそわしながらもドーナッツを食べ終え、あらためて視察を再開しようとした──その時でした。
ガラガラガラ──ッッ!
突如、ドーナッツの出店の真上にあった魔石ランタンが揺れ、それを吊り下げていた糸が切れます。
落下する魔石ランタン。
落ちていくその先には──ドーナッツ屋の店主が。
「う、うわあっ!」
店主が小さく悲鳴を上げ、顔を手で覆って守ります。
しかし。
「安心してください」
私は即座に店主の真上に結界を張ります。
魔石ランタンは結界によって弾かれ、そのままなにもない地面に転がりました。
「大丈夫ですか?」
「は、はい……ありがとうございます。エリアーヌ王妃が守ってくれたんですよね? 助かりました」
店主は未だ動揺を隠し切れないのか、息も荒かったですが、幸い怪我一つありませんでした。
「ランタンの吊り方が甘かったのかな?」
すぐに周りに人達も集まり始めた中、ナイジェルが真剣な眼差しで転がった魔石ランタンを見つめます。
「そのようですね」
「なんにせよ、祭り前日に不備が見つかって、よかった。当日だったらもっと人が多いし、誰かが怪我をしていたかもしれない。すぐに補修してもらうよ」
「うむ、そうだな」
一瞬ひやりとしましたが、ここに私達がいてよかったです。不幸中の幸いで……。
「ん?」
違和感を覚え、後ろに視線を移します。
そこには。
「せ、先代国王陛下?」
「おお、エリアーヌよ。奇遇であるな」
騒ぎを聞きつけてなのか、裾の長いローブを着た先代国王が、私達の後ろに立っていました。
「奇遇って……先ほど、楽しそうにお酒を飲んでいる姿を見ていましたが?」
「そんなところまで見られておったか。儂もまだまだだな。はっはっは!」
チャーミングな仕草で、自分の頭をペシッと叩く先代国王。
小さく舌を出し、お忍びで街に出てきた罪悪感のようなものは一切感じさせませんでした。
「父上、お恥ずかしいばかりです。祭り前日だというのに、このような不手際があって」
「なあに、そう暗い顔をせんでもよかろう。不手際というほど不手際ではないしな。これほどの大きな祭りなのだ。一つや二つ、トラブルはつきものだ。儂の頃だって……」
先代国王が話を続けようとすると、
「ナ、ナイジェル陛下に加えて、先代もだって!? 王位を継がせてから、人前には姿を現さなかったのに!」
「だが、どうしてあんなボロボロのローブを着ているんだ?」
「さあ……」
さらに周りが騒ぎ始めます。
「お?」
咄嗟に出てきたためそこまで頭が回っていなかったのでしょう、今の状況に先代国王は目を丸くします。
「せ、先代〜!」
徐々に人が増え始める中、騎士団長のアドルフさんがこちらに駆け寄ってきます。
「む……アドルフ! どうして、お前がここにいる!」
「どうして……って。先代を護衛もつけずに、一人で街に出かけさせるわけにはいかないではないですか!」
「なにを言っておる! 儂は自分の身分も忘れて、自由に街を回りたかったのだ。他の者たちの手を煩わせたくもなかったしな。だから内緒で城を出たというのに……」
「余計に忙しくなります!」
先代国王とアドルフさんが、ああでもないこうでもないと言い争いを始めます。
いくら騎士団長とはいえ、先代国王に対する言葉遣いとしては不遜なものでしたが……それほど二人は信頼関係を築いているんでしょう。
先代国王も本気で怒っているわけではなく、駄々をこねる子どものようにアドルフさんと口喧嘩を繰り広げていました。
「……ここは父上とアドルフに任せよっか」
二人を尻目に、ナイジェルが私の手を取ります。
「僕達は視察を再開しよう。今だったら、父上とアドルフに気を引かれて、ここから抜け出せそうだし」
「そ、そうですね」
私もナイジェルの手を握り返します。
先代国王とアドルフさんには、少し悪い気もしましたが……すみません!
私は心の中で二人に小さく謝って、その場を後にしました。





