323・神勾玉の真実
「──妾の推理には穴があった」
《赤き災厄》との戦いから、一夜が明けて。
城内で一晩過ごした私はナイジェルとドグラス、そしてシキの四人で話し合っていました。
「妾の推理は、『神勾玉はミツハの中に眠っている力ではないか』であった。しかし、これはおかしい。何故なら、先代の姫のフタバは生涯で一人しか子を産まなかったからだ」
シキは愉快そうに続けます。
「姫の家系で連綿と受け継がれていく力が神勾玉だとしたら、国の存亡をかけるのに、たった一人しか産まぬということがあるか? その一人が幼くして亡くなれば、その時点で詰みではないか」
「その通りだね。神勾玉のことがなくとも、普通王家というのは何人も子どもを産むのが通常だし」
と、ナイジェルが頷きます。
リンチギハム王家だって、第一王子のナイジェルだけではなく、彼の妹のセシリーちゃん。弟のマリア(ゲルト)さんもいます。
その上、アマツの姫には神勾玉の力があります。
なのに一人しか産まないというのは、おかしいこと。
「だから、妾はこう思ったのだ」
人差し指を立て、シキがこう口を動かします。
「神勾玉はミツハの中に眠っている力ではない。皆の心を一つにすることが出来る大器。それこそが、神勾玉となり得るのだ──と」
「どういう意味だ?」
ドグラスが疑問を発します。
「つまり、『この人に国を任せたい』『この人に付いていけば大丈夫だ』。そう思われる人が皆の心を一つにし、神勾玉を成就することが出来るんですよ。そうですよね? シキ」
「うむ」
首肯するシキ。
「生前、フタバがミツハにさえ、神勾玉の正体を伝えなかったのにも納得出来る。そんなことをしても意味がないのだ。皆から姫──つまり、アマツの王として認められる……さすれば、自然と神勾玉は成就するのだから」
本来はもっと時間をかけて、ミツハちゃんがアマツの人々から姫として認められるように、引き継ぎがなされていたのでしょう。
しかし、フタバ様は急病を患い、この世を去りました。
ゆえにミツハちゃんがアマツの姫として確立する前に、神勾玉は失われてしまったのです。
その隙を狙って、《赤き災厄》がこの世に顕現したのでしょう。
「でも、もう大丈夫だ」
優しい表情で、ナイジェルが言います。
「ミツハ姫はもう、立派なアマツの姫だ。昨日の戦いで、それをみんなが認めた。街の復興は大変だと思うけど、ミツハ姫ならやり遂げるはずだよ」
「ですね」
こうして私が話し合っている間にも、ミツハちゃんは街の復興のために走り回っています。
私たちの仕事も終わりでしょう。
「これで私たちも、安心してこの国を去れます」
「ガハハ! 思えば、あっという間であったな。この国の料理、なかなか美味であった。また訪れたい」
と、ドグラスが豪快に笑います。
「……ふんっ、貴様らとの共闘。反吐が出たが……それなりに楽しかったぞ。達者でな」
そう言って、シキが背を向けようとします。
しかし、その瞬間。
「シキ、君がよければリンチギハムに来ないかい?」
「あぁん?」
なにを言われたのか分からないのか、シキが訝しむような表情になります。
「いきなり、なにを言い出す」
「エリアーヌとも話し合ったんだ。昨日の戦い、君のおかげで《赤き災厄》に勝つことが出来た。君が復活を果たした理由も定かじゃないし、リンチギハムならそれを調べることも出来る」
さっと、シキに手を差し出すナイジェル。
「行こう、シキ。君の力が必要だ」
「戯言をほざくな」
だけど、シキはナイジェルの手を取らず、一蹴します。
「今は力の大半を失っているとはいえ、妾は一度リンチギハム──そして世界を滅ぼそうとした魔王だぞ。さては妾を隣に置いて、悪事をしないか見張るつもりか?」
「そういう側面もありますが……」
「ならば、言う。妾はそういう存在ではない」
と吐き捨て、今度こそシキは背を向ける。
「妾は貴様らの味方でもなければ、友でもない。世界平和の夢を託した、ナイジェルの邪魔をするつもりはないが……妾には妾でするべきことがある」
「するべきこと?」
「まずは泣き虫姫のお世話だな。立派な姫として独り立ちは果たしたものの、あやつにはまだ他人の助けが必要だ。あやつ一人では、たい焼きの一つも買いに行けぬからな」
そう言って、シキは歩き出します。
その歩みは優しく、まるで子どもを迎えに行く母親のようでした。
ミツハちゃんに挨拶を済ませ、アマツを去り──。
船に乗って、ようやく私たちはリンチギハムの王城に帰ってきました。
「にぃにたち! お帰りなの!」
王城に帰るなり、セシリーちゃんが出迎えてくれます。
「はい、ただいまです」
そんな彼女に、私は優しく微笑みかけます。
「お帰りなさいませ。このわたくし──アビーも、エリアーヌ様たちの帰還を心からお待ちしていました」
『ラルフも待っていたぞ』
メイドのアビーさん。フェンリルのラルフちゃんも、私たちを出迎えます。
「ただいま。詳しい話はあとで聞くけど……僕がいない間、なにか問題は起こっていないかい?」
「いえ、特には。街は平和そのものでした」
アビーさんが答えます。
「それで……早速なんですが、エリアーヌ様にお客様です」
「お客様?」
「はい。客室で待ってもらっていますので、すぐに行くべきかと」
誰でしょう……。
私たちがアマツに行っていたことは、既知の事実だったはず。約束も取り付けず、王城に来るとは思えませんが……。
疑問に思いながら、私はナイジェルとドグラス、三人で客室に向かいます。
客室の扉を開けると、
「遅いわよ」
ソファーで足を組み──不機嫌そうな顔をした、レティシアがいました。
「レ、レティシア? あなた、ベルカイムに帰ったのでは……」
「ベルカイムに帰る前に、一度あんたたちと話しておこうと思ってね。そろそろ帰ってくる頃だと思ってたし」
「クロードが待ちぼけているんじゃ……」
「あんなの、いくらでも待たせておけばいいのよ。たまには一人で、わたしの有り難みを実感すればいいんだから」
面倒臭そうに言うレティシア。
クロードは彼女の有り難みを、誰よりも知っているはずですが……というかレティシアも王太子妃なんだし、あんまり城に戻らないのは問題なのでは?
……と思いかけますが、彼女が自由なのは今更です。無粋になるかと思い、それ以上問い詰めるのはやめました。
「レティシア嬢、話はエリアーヌから聞いてるよ。魔王信教の支部に潜入してくれてたみたいだね。君のおかげで、僕たちは事件を解決することが出来た」
「わたしがいなくても、どうせあんたらは事件の真相に辿り着いていたでしょ? わたしは、ただ自分がしたいようにしただけだから」
「ガハハ。相変わらず、ベルカイムのピンク髪女は素直ではないな」
ナイジェルとレティシアのやり取りを、ドグラスは楽しそうに眺めます。
「……こうして戻ってきているということは、《赤き災厄》もなんとかなったのよね?」
「はい。ミツハちゃん──アマツの姫のお力も借りて、なんとか倒すことが出来ました。それだけではありません。元魔王のシキも協力してくれて……」
「はあ!? 元魔王? 一体あんたら、アマツでなんてものに出会ってるのよ! 大丈夫なの!?」
「それについて話すと、長くなりそうだね」
苦笑するナイジェル。
レティシアはシキについてまだ聞きたそうでしたが、諦めたように溜め息を吐いて。
「……まあ、いいわ。魔王については追々聞かせてもらうとして……わたしからも、あんたらに伝えないといけないことがあってね。直接言いたかったから、ここで待ってたってわけ」
「伝えないといけないこと?」
首を傾げると、レティシアはポケットから一枚の紙切れを取り出します。
「魔王信教の教皇──リュシアンから聞いた話よ。リュシアンは──」
レティシアから、リュシアンの話を聞きます。
「《赤き災厄》は“終末の種”の一つだった……ですか」
「魔王ですらもその“終末の種”の一部だったみたいだね。もっとも、どこまでその教皇の話を信じていいか、分からないけど」
私とナイジェルは順番に声を漏らし、思考を巡らせます。
「なんにせよ、魔王信教にはこれからも注意すべきだわ。リュシアンの口ぶりじゃあ、“終末の種”は魔王と《赤き災厄》の二つだけでもなさそうだったから」
レティシアの言ったことに、場が重苦しい雰囲気に包まれます。
とはいえ。
「……今はゆっくり体を休めましょう。アマツに向かってからは、ずっと気を張り詰めていましたしね。魔王信教について考えるのは、その後でも間に合います」
「そうだね。それに──」
え?
と思ったのも束の間──ナイジェルは私の体を力強く抱きしめました。
「ナ、ナイジェル!? 一体なんのつもりですか?」
「なに……って、しばらくエリアーヌ成分が足りなかったからね! その補給さ。アマツでいちゃいちゃするわけにもいかないし!」
「い、言ってることは分かりますが、ドグラスとレティシアもいるんですよ!? 二人がいなくなってから、そういうことはしてください!」
そう言い返しますが、ナイジェルは私の体を離す気配はありません。
「くくく……なんだか、久しぶりにこういう光景を見た気がするな」
「エリアーヌは、わたしとクロードのことをよく茶化すけど、あんたらもラブラブじゃない。お幸せに」
ドグラスとレティシアは私たちを眺めて、ニヤニヤと笑みを浮かべます。
もーう──! 国王になっても、ナイジェルは相変わらずなんだから!
少し恥ずかしくはあったものの、久しぶりにナイジェルが抱きしめてくれて、なんの変哲もない幸せが戻ってきたんだとしみじみ感じるのでした。





