324・不器用な二人の泣き虫
エリアーヌたちがアマツを去って、一週間が経とうとしている。
その間、余はアマツの姫として、街の復興に努めていた。
《赤き災厄》によって、街に刻まれた傷痕は深い。
だが、アマツの民はこれでへこたれるほど柔ではなかった。
エリアーヌたちが去った寂しさなど感じる暇がないほど、余は毎日働き回った。
本来なら、執政官であったサネモリが余のサポートに回るはずじゃったが……サネモリは魔王信教の信者として、《赤き災厄》をこの国に招き入れた張本人じゃ。
エリアーヌが言っていた通り、一命は取り留めたが、牢に入れられ政治の表舞台から遠ざかることとなった。
「そのせいで、本来サネモリがするはずじゃった雑務が余にも回ってきよる。ヤツめ、本当に最後まで迷惑をかけ──」
──トントン。
悪態を吐いていると、不意にノックの音。
「なんじゃ?」
呼びかけると扉が開き、廊下から顔を現したのは侍女のシキであった。
彼女はメガネをかけ、表情には感情が宿っていないように見えた。
「今、お時間よろしいですか?」
「よい。じゃが……シキよ、その喋り方はやめてくれぬか? お主の正体を知ってから、むず痒い」
シキの正体が魔王だということを知った時、余は大層驚いたものじゃ。
だが、シキの異常なまでの強さ。
調べても、素性が全く分からない怪しさ。
それら全てが判明し、すっきりしたというのも事実であった。
「くくく……」
くぐもった笑いを零しながら、シキはメガネを外し。
「最後くらいは、ちゃんとしようと思ったがな。貴様がそう言ってくれると助かる。妾には、『侍女のシキ』としての口調は合っておらん」
「余もそう思う。今のお主の方が自然体で好きじゃ。で……要件というのはなんだ? 手短に伝えよ」
問いかけると、シキはあっけらかんと答える。
「いや、なに。侍女を辞職し、この国を去ろうと思ってな」
「……そうか」
余はそう頷く。
「驚いたりしないのだな?」
「なんとなく察しは付いておったからな。シキよ、今までご苦労だった。《赤き災厄》の一件だけではなく、お主には世話になった」
それは心からの本音じゃ。
母上が死んだ時も、余はシキの言葉のおかげで立ち直ることが出来た。
そんな愛すべき臣下の一人がいなくなることに、一抹の寂しさを覚えるが……今の余には俯いている暇などなかった。
何故なら、余はアマツの姫。
余が倒れれば、国が傾くからじゃ。
「お主にばかり頼ってばかりではいかん。これから余は、一人で歩いていかなければならないのじゃ。だからシキよ、これからは自分の進みたい道を進め」
「ほお、あの泣き虫姫が立派になったものだ」
楽しそうに笑うシキ。
「茶化すな。だが、シキ。今日はわざわざ別れの言葉を言いにきたのか? なにも言わずに姿を消すと思っておったから、そちらの方が驚きじゃ」
「いや、なに……貴様に渡しそびれていたものがあったことを思い出してな」
「渡しそびれたもの?」
首をひねると、シキは胸元から小箱を取り出し、余に手渡す。
「開けてみよ」
「う、うむ……」
なんじゃろう? そう思いながら恐る恐る小箱を開けると、そこには信じられないものがあった。
──姫の間で代々受け継がれる、ネックレスじゃ。
母上が肌身離さず付け、余が憧れていたもの。
一度欲しがっていたが、母上は決して余にそれを買い与えることはしなかった。
「それはフタバが亡くなる前、彼女から受け取ったものだ」
言葉を失っていると、シキはこう続ける。
「娘がアマツの姫としてふさわしいと思った時、渡してくれ──とフタバから渡されていた。どうしてフタバが新参者の余に、そんな大事なものを渡したのかは最後まで謎だったがな」
「ど、どうして……ずっと、欲しかったのじゃ。だが……母上は決して首を縦に振らず……なんのつもりで……」
「その答えも入っている。箱の中身をよく見てみろ」
シキに言われ、ようやく気付く。
小箱にはメッセージカードのようなものが入っていた。震える手でそれを手に取り、ゆっくりと開く。
『十歳の誕生日、おめでとう。ずっと大好きよ ──フタバ』
「──っ!」
とうとう堪えきれなくなって、両目から涙が零れる。
「これは妾の想像になるんだがな。フタバは貴様のことを嫌っていなかったと思うぞ」
もう涙で前が見えなくなっていると、シキはこう言う。
「フタバはずっと、貴様のことを気にかけておった。だが、姫として独り立ちせねば、アマツが滅びると思ったから……厳しく接していただけだ。ずっと、貴様を見ていた」
「だとしても、死ぬ時くらいは母上の口から本当のことを言ってくれても……」
「まあ、フタバも不器用だったということだろう。貴様はフタバを完璧な姫だと思っているかもしれない。だが、違うのだ。フタバも一人の人間で、貴様と同じように欠点がある」
そう言って、シキは余の手からネックレスを取る。
「ほら、前を向け。俯いてちゃ涙が零れるぞ。最後に、妾直々にかけてやろう」
「う、うむ」
涙を拭って、シキに言われた通りに前を向く。シキは優しい手つきで、余の首にネックレスをかけてくれた。
「今の貴様は立派な姫だ。だが、一人で歩いていかなければならないと考えるのは、間違っている」
そして、シキは余の頭を撫で。
「人は一人では弱い。間違いなのは、自分の選択を他人に委ねることだ。困ったら、他人を頼れ。妾が魔王として、最後まで出来なかったことだ」
優しくて温かい笑みを浮かべてから、シキは余に背中を向ける。
「ではな、なんというか……貴様と過ごした日々、意外と楽しく感じたぞ」
「ま、また、会いにきてくれるか!」
「気が向いたらな」
軽く手を上げて、シキは部屋を出ていく。
一人になる。
だが、シキが頭を撫でてくれた感覚が、まだしっかりと残っていた。
◆ ◆
部屋の扉を閉める。
「あんなことをするなど……妾もおかしくなったものだ」
頭を掻く。
今までの妾なら、考えられなかったことだ。
これもナイジェルとの戦いで敗北を喫し──ここでミツハと出会い、妾の中でなにかが変わり始めようとした結果なのかもしれない。
「さて、どこに行くか」
城を出ても、行くアテはない。
だが、妾にはどうしても確かめたいことがあった。
そのためには、この国にいたままでは達成出来ないと思ったのだ。
「そういえばフタバは、妾とミツハが似たもの同士と言っていたな。なかなかどうして……人間の勘というのも侮れないものだ」
妾も昔、魔界の片隅で一人で泣いていた。
しかしその時、手を差し伸べてくれる彼女がいた。
妾は彼女がいなくなって、道を踏み外したが……ミツハは大丈夫だろう。
ミツハには味方が大勢いる。
妾にはなかった、彼女を慕う民たちが──。
「行こう」
歩き出す。
もう、子どもの泣き声は聞こえなかった。





