319・キレイな満月
「か、風が強い! 本当に落ちぬのか!?」
シキにしがみつきながら、ミツハちゃんが必死に声を出します。
「安心せよ」
そんなミツハちゃんを安心させるように、シキが微笑みかける。
「妾に捕まっておれば、大丈夫だ。貴様が落ちてもらっては困るからな。なにせ貴様は、妾たちの切り札なのだから」
「う、うむ」
──休憩を終え。
私とナイジェル。さらにはシキとミツハちゃんの四人で、ドラゴン形態になったドグラスの背中に乗っていました。
ぐんぐんと高度を上げ、赤い月が近付いてきます。
「やはり……っ!」
大きく見えてくる赤い月に、私は確信を深めます。
《赤き災厄》が次なる攻撃を放つ前に、決着を着けなければならない──。
とはいえ、肝心の《赤き災厄》の居場所が分からず、私たちは途方に暮れました。
しかし、私たちはとうとう見つけたのです。
《赤き災厄》は、そこにいました。
『ちっ……さすがに厳しいな』
頭の中に、ドグラスからの念話が響いてきます。
『エリアーヌ、ナイジェル。これ以上近付くのは困難だぞ』
「予想していたけど……やっぱり、赤い月に近付けば近付くほど、赤影が濃くなっていくね」
ナイジェルも苦悶で顔を歪めます。
しかし。
「問題ない」
シキがニヤリと笑います。
「ここまで近付いてもらえれば、十分だ。一撃で仕留める」
立ち上がり、シキが掲げるのは──一本の剣。
月隠宮で見た、魔王の剣の模造品です。
「ミツハ、この作戦には貴様の力も不可欠だ。頼んだぞ」
「うむ! 任された!」
少し前のミツハちゃんからは想像出来ないくらいに頼もしく頷き、彼女は手をかざします。
神勾玉、発動──。
聖女の加護とも違う──温かい光がミツハちゃんの手に灯ります。
その光はシキが持つ剣に乗り移り、彼女は思い切りその光る剣を振りかぶります。
「貴様の力、無駄にはせぬ──うおおおおおおおお!」
ありったけの叫び声を響かせ、シキが剣を投擲。
剣は風を切り裂きながら、ぐんぐんと赤い月へと接近していきます。
そして──。
赤い月に剣が突き刺さり、木端微塵に砕け散ったのです。
「つ、月が……壊れた……」
ミツハちゃんが唖然とします。
人類では決して手が届かないと思っていた月。
それがシキの手によって砕け、周りに赤い結晶のようなものが散らばります。
「よく見てください!」
しかし、私は赤い月があった方を指差します。
「私たちが見ていた月は、月ではなかったのです! 《赤き災厄》はそこにいました!」
徐々に周囲に散った赤い結晶も霧散し、その奥から一体の災厄が姿を現します。
人間を形どった、赤い煙のような存在──。
《赤き災厄》です。
「かくれんぼは僕たちの勝ちみたいだね」
ナイジェルが緊張を滲ませながら、勝利宣言をします。
──《赤き災厄》がサネモリさんの体を食い破り、夜空には赤い月が昇りました。
しかし、それは間違い。
空に浮かぶ赤い球状の物体は月ではなく、《赤き災厄》を包む繭だったのです。
私がそれに気付けたのは、レティシアの言葉でした。
『あーあ……こんなことがなかったら、あんたとゆっくりお月見でもしたかった。せっかくキレイな満月も出てるんだから』
アマツではない場所にいるレティシア。
彼女は何気なく、『キレイな満月』と口にしました。
しかし、それはおかしいのです。
あの禍々しい赤い月を見て、レティシアが『キレイな満月』と口にするはずがないのですから。
世界中どこにいても、見える月はたった一つだけ。
ここから私は、『赤い月だと思っていたものは、月ではなかったのではないか』と考えるに至りました。
上空まで昇れば、アマツの街を一望することが出来、隅々にまで魔力を行き渡らせることが可能でしょう。
その間に《赤き災厄》は完全となるための力を蓄える──それが《赤き災厄》の真の狙いだったのです。
「思えば、魔王信教の資料に書かれていた『赤い月が昇る』という一文も、《赤き災厄》召喚のためのブラフだったのかもしれませんね」
そう呟きます。
ですが、地上からでは赤い月……いえ、《赤き災厄》には攻撃が届きません。
そこで、シキは自分が持つ、魔王の剣の模造品を見て、
『模造品とはいえ、よく出来ておる。あれがあれば妾の元々の力を一部引き出し、直接攻撃が届く位置まで行かずとも、剣を届かせることが可能だろう』
と言いました。
その後、私とナイジェルはもちろんのこと、《赤き災厄》の切り札となり得るミツハちゃん。
そしてシキの四人でドグラスの背に乗り、《赤き災厄》に近付いたというわけです。
『ああ──その忌々しい光。太古にワレを■■■力ダ。よくも、またワレの前に姿を■■たか』
《赤き災厄》は上空を浮遊したまま、手をかざす。
『滅びを執行する──』
「ナイジェル! シキ! これが最後の戦いです! 準備は出来ていますか!」
「うん、もちろん!」
「こちらもだ」
ナイジェルは剣──魔王の剣の模造品を失ったシキは代わりに刀を構え、《赤き災厄》と対峙します。
ドグラスの背に乗ったまま、私たちは《赤き災厄》との空中戦に挑むのでした──。





