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真の聖女である私は追放されました。だからこの国はもう終わりです【書籍化】  作者: 鬱沢色素
三章

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318・反吐が出る

「魔王」


 話の輪から外れて。

 一人ぽつんと街中を眺めている魔王に、私はそう声をかけました。


「どうした、聖女よ。まだ妾に言い足りないことがあるのか?」


 顔を向け、訝しむように言う魔王。


「それもありますが──あなたもお腹が減っていると思いまして。はい、おむすびです。正気に戻った住民の方々が、分けてくださいました」


 と、私は彼女におむすびを差し出します。


「いらぬ。人間の施しを受けるつもりはない」

「そんなつもりはありません。あなたにはこれから、もっと働いてもらわなければならないですから。いざという時に空腹で動けなくなったら、私も困るでしょう?」

「……ふん」


 鼻で息をして、魔王は強引に奪い去るように私からおむすびを受け取ります。


「人の体は不便なものよ。空腹を感じれば食物を摂取したくなるし、しなければいつか死ぬ」

「感動が多いと言ってください。美味しいご飯を食べれば、幸せな気持ちになりますから」

「なるほど。物は言いようだな」


 愉快そうに言い、魔王はおむすびを一齧りします。


「旨い──」


 続けて、噛み締めるように魔王が呟きます。


「具は……梅干しか。当初は苦手だったが、食べ続けてみると、なかなかどうして……いつの間にか、旨いと感じるようになっていた」

「魔王も食べたことがあったんですか?」

「当然だ。一年ほど、アマツで暮らしてきたからな。食事というのはただの栄養補給だというのに、人間はわざわざ美味しさを求めようとする。不可思議だ」


 ぺろりと平らげ、自分の指を舐める魔王。


「……思っていたが、『魔王』と呼ぶのはやめないか? 一度ナイジェルに負けておいて、魔王と呼ばれるのは惨めな気分になる。妾に王を冠する資格はない」

「でしたら、なんと呼べと?」

「シキと呼べばいいではないか。今の妾はシキだ。もっとも、ここで喋り方をシキ仕様に戻す気はないがな」


 からからと笑う魔王。

 そんな魔王の隣に、私は腰を下ろします。


「分かりました。では、シキ……先ほど、一つ聞きそびれたことを質問してもいいですか?」

「なんだ?」


 魔王──いえ、シキの表情に警戒色が浮かびます。


「どうして、シキは私たちに協力してくれるつもりになったのか──と」

「ほお?」

「記憶が戻って、あなたがこれからなにをするつもりか分かりません。ですが、あなた一人でしたらアマツを見捨て、国外に逃亡することも可能だったはずです。なのに、どうして《赤き災厄》に立ち向かう気になったんですか?」


 アマツが滅べば、いずれ《赤き災厄》は世界中に猛威を振るうと予想されます。

 そうなれば、世界中どこに行っても逃げ場はありません。


 ですが──今のシキはそれほど自分の生に執着があるとは思えません。

 なのに、ミツハちゃんの覚醒を促しただけではなく、私たちと共に戦う気になったのか……と疑問を覚えました。


 私の質問に、シキは少し考え込むそぶりを見せ。


「……フタバとの約束だからな」

「え?」

「なんでもない」


 聞き返すと、シキはまるで都合の悪いことを聞かれたかのように、露骨に視線を逸らします。


「妾は気に入らぬだけだ。一度ナイジェルに世界平和の夢を託したというのに、それを邪魔する輩がな。とはいえ、今の妾一人では《赤き災厄》は御せぬ。だから、貴様らの力を借りようと思っただけだ」


 うーん……それだけが理由とは思えませんが、これ以上問い詰めてもシキは答えてくれそうにありません。


「……シキとして一年過ごしてきたなら、あなたの目から見て、この世界──そして人間はどうですか?」


 一旦納得し、話題を変えます。


「反吐が出る」


 即答するシキ。


「このおむすびを作ってきたヤツもそうだ。さっさと船に乗って逃げればいいのに、街に留まっている。魔族なら自分の身しか考えぬゆえ、無力な者はさっさといなくなっている」

「きっと、なにか守りたいものがあるんですよ」


 吐き捨てるシキに、私はこう答えます。


「大切な人……大切な街。戦う力を持たなくても、逃げては大切なものを守れないかもしれない。だから、この街に留まって、私たちに協力してくれるんだと思います」

「…………」

「人々の絆……と言い換えてもいいでしょうか。あなたには絆の強さがよく分かるでしょう? だからです」


 人には負けると分かっていても、立ち向かわなければならない時があります。

 リンチギハムでの魔王との戦いも、ほとんどの住民は街に留まりました。

 もっとも、海上も決して安全ではないと考え、街に留まり続ける選択をしている者もいるでしょうが。


「やはり、食事に美味しさを求めることといい、人間は不可解な生き物だ。だが……」


 シキはぽつりと呟き。


「……分からないからこそ、妾は人間に負けたのだろうな。大切なもののためなら、無力でも立ち向かう人間の勇気に」

「かもしれませんね」


 一度……いえ始まりの聖女がいた頃から数えると、二度も三度も世界を恐怖に陥れた魔王。

 ですが、今の彼女は一人の悩み苦しむ、普通の女性のように見えました。


「ん……」


 胸ポケットから甲高い音が聞こえ、私はそれを取り出して、耳に当てます。


『あっ! エリアーヌ? 繋がった!』


 すると、念話機の向こうからはレティシアの声が。


『全く……大事なところで繋がらなくなるなんて、タイミングが悪すぎよ。あんたに伝えたいことがあるのに』

「リンチギハムに帰れば、改良しなければなりませんね。それよりもレティシア、伝えたいことというのは?」

『そうそう。魔王信教は──』


 レティシアが説明を始めます。


 とはいえ、今となってはほとんど知っている情報。

 赤影の首謀者はサネモリさん。彼は魔王信教の信者として《赤き災厄》をアマツの地に召喚しようとしている……と。


 レティシアからの話を聞き、私もアマツの現状を手短に伝えます。


『そうだったのね……《赤き災厄》が顕現……わたしがもっと早くに知らせていれば、結果は変わっていたかもしれないのに』

「そう言わないでください。レティシアが月隠宮のことを教えてくれたからこそ、《赤き災厄》が完全になる前に気付けたのですから」


 悔しがるレティシアに、私はそう声をかけます。


「ですが、レティシアもよくそこまで情報を掴めましたね。なかなか大変だったんじゃ?」

『ええ。おかげさまで魔王信教の教皇とも出会しちゃって、さっき戦ってきたところよ』

「た、戦ってきた!? お怪我はされていませんか?」

『大丈夫よ。あっちも何故か、全然本気じゃなかったみたいね。わたしの実力を確かめたかっただけでしょ』


 私に気を遣わせないようにしているのか、軽い口調で言うレティシア。


『まあ、それはあんたがリンチギハムに戻ってから、詳しく話すわ。そんなことより、今は魔王信教と《赤き災厄》のこと。もうちょっと情報を得たかったけど、支部に結界が張られて、中に入れないのよ。だから今はベルカイムに戻ってるところ』


 そういえば……耳をよく澄ましてみれば、馬車が動く音が微かに聞こえます。

 支部を出て、ベルカイムに急いで帰っているところなのでしょう。


 ですが。


『このまま帰るつもりだったけど……わたしもアマツに行こうか? ちょっとは力になれると思うから』


 疲れた体に鞭打って、レティシアはそう言ってくれます。


「ありがとうございます。ですが、大丈夫です。船でここまで来るのに時間がかかるでしょうし……今のアマツに船を出してくれる人がいるとは思えません。あとはゆっくりしてください」

『そう……だったら、お言葉に甘えさせてもらうわ。あんたに任せていれば、大丈夫だろうしね』


 そう言うレティシアの言葉には、私への信頼が含まれているように思えました。


『あーあ……こんなことがなかったら、あんたとゆっくりお月見でもしたかった。せっかく()()()()()()も出てるんだから』

「そうですね──ん?」


 先ほどレティシアが口にした言葉に違和感を覚え、私は聞き返します。


「レティシア、もう一度言ってください」

『え? お月見でもしたかった、って言ったのによ』

「その後です」

『あんたも変ね。キレイな満月って言ったのよ』


 再度聞き、私は推測が確信に変わっていくのを感じます。


「シキ……もしかしたら、《赤き災厄》の居場所が分かったかもしれません」


 見上げると、夜空には変わらず赤い月が妖しく昇っていました──。

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