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真の聖女である私は追放されました。だからこの国はもう終わりです【書籍化】  作者: 鬱沢色素
三章

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317・どうして彼女は生きているのか

 戦いを終えて。

 私はドラゴンの姿となったドグラスの背に乗り、街中を見回りました。



「戻りました」



 そして見回りもあらかた終わり、私はナイジェルたちが待っている場所に戻り、ゆっくりと地面に足を着けます。


「お疲れ様」


 そんな私とドグラスに、ナイジェルは優しく声をかけます。


「街の状況はどうだった?」

「やはり、街中の赤影が消滅していましたね。赤影の影響下にあった人々も、元の状態に戻っているようです」


 赤影が抜けた人たちは、一様に混乱していました。

 自分は今まで、なにをしていたんだ……って。


 私はドグラスと街を見回りながら、怪我人の治癒にあたりました。

 多くの人々が傷ついていましたが、幸いにも命に関わる怪我をした方はいませんでした。


「《赤き災厄》を倒した、ということか?」


 話を聞いていたミツハちゃんが問いを発します。


「いや──空を見よ。未だ赤い月は顕在であろう? 邪悪な魔力そのものは消えておらぬし、今の状況は一時的だ」


 その問いに、魔王は神妙な顔つきで答えました。


「一時的? ならば、またあの地獄のような光景が街に広がると? それはいつになる」

「具体的な時間は分からぬ。だが、《赤き災厄》は小出しにしても、妾らを殺せると思わなかったのだろう。今度は力を蓄え、一気に片を付けるつもりだ。次に赤影が現れた時、なにも出来なければこの国は滅ぶ」


 滅ぶ……。

 分かりきっていることですが、魔王の口から聞かされ、さらに緊張が高まっていくのを実感します。


「……そろそろ、いいだろう」


 腕を組み、黙って話に耳を傾けていたドグラスが口を開きます。


「魔王よ。どうして、汝がここにいる? 汝はナイジェルとエリアーヌの手によって、滅ぼされたはずではないか」

「それにあの時、ミツハ姫を包んだ光は……? 光が赤影に触れると、消滅していったけど……」

「シキよ、説明は受けたが……お主は本当に魔王なのか? 大昔、世界に破滅をもたらし、一年ほど前はリンチギハムを襲った。お主は余を欺いておったのか?」


 ナイジェルとミツハちゃんも、魔王に質問を浴びせます。

 どうやら、ミツハちゃんもシキの本当の正体については、知らなかったみたいですね。


「うむ……」


 対して魔王は、一度考え込む素振りを見せます。


「よかろう。妾の分かる範囲で答えてやる。さすれば、ミツハが使った光の正体も説明出来るしな」


 ゆっくりと魔王は話し始めます。


「まず、どうしてここにいるのかについてだが……妾にもよく分かっていない。気が付けば、この国の海辺にいたのだ」

「そんな戯言、誰が信じる──」

「嘘ではない。仮に嘘だと決めつけるなら、これ以上は話をするだけ時間の無駄だ。なにを話しても、貴様らは信じぬだろうしな」

「ドグラス、今は魔王の話を聞きましょう。信じるか信じないかは、その後です」

「むぅ……」


 顔に怒気を含ませるドグラスを嗜めると、彼は不服そうにしながらも腕を組んだまま地面に座り込みました。


「続きを話せ」

「海辺で目を覚ましたものの、その時の妾には記憶がなかった。ゆえに妾が何者か分からぬまま、食い扶持を稼ぐためにやむを得ず、ミツハの侍女として雇ってもらった」


 さらに魔王の話は続きます。


「記憶こそ失っていたが、妾は自らの存在に疑問を感じた。妾は災いの種ではないか──と。結果的に正体──いや、この場合は前世になるのか? 魔王であったし、間違いなかったということだ」

「そのように考えていたから、お主は兵ではなく、余の侍女となったわけじゃな」

「うむ。妾が力を振るえば、いつかこの国に災いが降りかかると思ったものでな」


 首肯する魔王。


「そして、妾の記憶が戻ったのは、月隠宮で妾の剣の模造品に触った瞬間だ。あれは模造ではあるものの、極めて本物に近しかった。魔王信教がどうしてあのようなものを持っていたのかは知らぬが、その力の一端に触れることによって、記憶を思い出したのだろうな

 おそらく、妾の肉体と魂は何者かによって再生させられた。そのせいで記憶と力の大半を失い、姿も魔王と呼ばれる以前のものになっていたというわけだな」

「何者かによって? 誰でしょうか?」

「分かったら、苦労はせん」


 と魔王が肩をすくめます。



「しかし妾は思うのだ。妾にはまだ、やり残したことがあると」

「やり残したこと? 汝はもう一度、世界を滅ぼそうとするつもりか」


 声に殺気を孕ませ、ドグラスが立ち上がります。

 その威圧感に、近くにいたミツハちゃんが震えます。


 一方、魔王は平然とした表情で、


「もう、そのような気など起こさぬよ」


 と、あっさりと答えます。


「そもそも妾は、世界を滅ぼしたかったわけではないが──まあ、それはいいだろう。エリアーヌとナイジェルはよく分かると思うが、今の妾の力は再生前と比べて、十分の一しかない。目の前のたかが一匹のドラゴンにも勝てぬだろうな」


 確かに。

 ベルカイム。そしてリンチギハムで完全復活を果たした時──魔王は今以上の魔力を放っていました。

 見るだけで他者を圧倒し、逆らおうなどという気が起こらないくらいです。


 しかし、今の魔王はなんということでしょう。

 非凡な強さではあるものの、それはまだ人間レベル。

 たった一人で世界を滅ぼせるほどの強大な力があるとは、感じませんでした。


「それに──」


 と、次に魔王はナイジェルに顔を向けます。


「妾は世界平和の夢を、ナイジェルに託したのだ。一度言ったことをひっくり返すほど、妾も落ちておらぬ。まあ、それを信じるかどうかは、汝らに任せるがな」


 そう話す魔王の表情は、戦いの際の好戦的なものではなく、どこか息子を見守る母親のようでした。


 みんなはじっと魔王を見つめ、しばし沈黙の時間が流れます。


 やがて。


「……僕は信じてもいいと思う」


 ナイジェルがそう口を開きました。


「ナイジェル、正気か? 一年前のリンチギハムでの悲劇を、忘れたのか?」

「もちろん、覚えてるよ。あの時の戦いは、僕の胸に深く刻まれている。だけど、《赤き災厄》をなんとかしたいという気持ちは同じなんじゃ? じゃないと、僕たちを助ける理由もなかったから」

「その通りだ」


 魔王は力強く頷きます。


「今は猫の手も借りたい状態。だから……一時的に魔王と手を組むべきだと思う。エリアーヌはどうかな?」

「はい、私もナイジェルの意見に賛成です」


 正直なところ、まだ彼女のことは怖い。

 何度も私たちの前に立ち塞がった魔王の恐怖は、未だに胸に深く刻まれているのですから。


 ですが、何故でしょう。

 今の魔王からは敵意がなく、私たちの身を本気で案じているように感じました。


「信じることは強さ……それが私の信条です。ですからドグラス、怒りを収めてください。責任は私が取ります」

「……分かった。汝らがそう言うなら、我もこれ以上うるさく言わんよ。我は汝らを信じる」


 投げやりに言い、ドグラスは再び地面に腰を下ろします。


「よ、余には一体なにがなんだか……シキが来たかと思うと、黒い炎に触らされて……次の瞬間、暗闇の中でなにかを見たが、思い出せぬ。そして意識が戻った時には、シキに神勾玉の話をされて……」

「そうだ、そうだ。まだ説明は終わっておらぬ。ここからはミツハの内に眠っている力についてだ」


 仕切り直しと言わんばかりに。

 未だ混乱しているミツハちゃんに代わって、魔王は説明を始めます。


「記憶が戻って、分かったことがある。赤影──そして《赤き災厄》は、妾と同種の存在なのだと」

「同種の存在? どういうことですか?」

「そこまでは妾も詳しく知らぬ。ただ妾の体がこうして再生された理由は、《赤き災厄》が絡んでいると思ったのだ。そして同時に──同質の存在であるがゆえ、《赤き災厄》に有効な手段も分かった」


 そう言い、魔王はミツハちゃんに指を指します。


「ミツハ。貴様の中に眠っている神勾玉だ」

「神勾玉……城で一度説明を受けたが、本当なのか? 神勾玉の正体が、本当にそうだ──と」

「ま、待って。話が見えてこないよ。神勾玉がなんなのか、君たちは分かったのかい? だとしたら、一体どこに……」


 困惑の表情を見せるナイジェル。


「だから言ったであろう。ミツハの中に眠っている……と」

「どういうことだい?」

「思うに、神勾玉は実体の伴ったものではないということだ。アマツの姫に代々受け継がれる力──それが神勾玉なのだと思う。神勾玉によって、アマツという国は悪しき存在……赤影を退けてきた」


 ……なるほど。それは盲点でした。

 神勾()という名前が付いていたためでしょうか。神器という言葉もありましたし、てっきりものなのか……と。

 ですが、魔王の推測が当たっていれば、今までどれだけ探しても見つからなかったのが納得出来ます。


 他の人はともかく、どうしてミツハちゃん自身も知らされていなかったのかは謎ですが……なにか事情がありそうです。


「元々の妾の力、覚えておるか? 妾の振るう剣の力だ」

「絆を断ち切る剣──だったよね。そのせいで一時は、エリアーヌと女神の絆が断ち切られ、僕らは苦戦した」

「ナイジェル、よく覚えておるではないか。まあ……今となっては、本物の剣も見つからぬし、あったところで同じ力を振るえるとは思えぬがな」


 だが──と魔王は手をかざします。

 その掌には黒い炎が灯っていました。


「絆を断ち切ることは出来ぬが──絆に触れることは出来る。アマツの姫──ミツハとフタバには、今まで連綿と受け継がれてきた『血』という絆がある。妾はただ、その手伝いをしただけだ。もっとも、ミツハが生半可な意志しか持っておらぬようだったら、失敗していただろうがな」

「余と母上の絆……」


 魔王からの言葉を聞き、ミツハちゃんは考え込むように顔を伏せます。


 話は分かりました。

 理由は定かではありませんが、魔王の肉体と魂が再生した。

 記憶を取り戻した魔王は、《赤き災厄》が自分と同質の存在だと知り、ミツハちゃんの力に気付いた。

 神勾玉はミツハちゃんの内に眠る力。《赤き災厄》を長年払ってきたアマツの姫たちの力は、赤影らを一時的に退けた。


 ……正直、一気に説明されたせいで、頭が割れそうです。


「では、ここからはどうやって《赤き災厄》を見つければいいか、について話しましょう。《赤き災厄》を──」



 ぐうぅ〜。



 話を続けようとすると、小さな音が鳴り、ミツハちゃんが慌ててお腹を抑えました。


「お腹が減りましたね」


 にっこりと微笑みかけます。


「まずは、腹ごしらえをしましょうか」

「そうだね。説明が続いて情報を整理する時間が必要だし、お腹が減っちゃ戦は出来ないから」


 ナイジェルも賛成し、私たちは一時の休憩に入るのでした。

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