316・再臨する災厄
「魔王──!」
私がそう言うと、シキさん──いえ、魔王はニヤリと笑います。
「ようやく気付きおったか。気付かれぬままなら、どうしようかと思っていたぞ」
続けてそう言って、魔王は背を向けます。
「まずはこやつらだ。この国に叛逆したこと、しかと後悔させてやる──はあっ!」
「ま、待ってください!」
手を伸ばしましたが、あと少しのところでそれは空を切ります。
一瞬で距離を詰めたかと思うと、魔王は赤影に乗っ取られた一人の男性に向けて掌底を放ちます。
男性は苦悶の顔を作り、地面に倒れます。ですが、ただ気を失ったみたい。私はすぐに彼に治癒魔法をかけます。
「……? なんのつもりだ? どうして、そやつらに治癒魔法をかける」
不可解そうに、私を見る魔王。
「傷つけてはなりません。この方たちは赤影に体を支配されているだけで、悪人ではないのですから」
「だが、妾たちを襲う。殺してしまう方が早いのでは?」
「いけません」
魔王から目を逸らさず、私は言います。
「言い争いをしている場合ではないぞ!」
ドグラスが叫びます。
彼は襲いかかってくる人たちをなんとか躱しながら、一瞬だけ私と魔王に視線を移します。
「そうだね。色々聞きたいことはあるけど……今は目の前のことだ。じゃないと、落ち着いて話も出来ない」
ナイジェルも剣で相手の猛攻を防ぎながら、私たちを諭します。
「……はあ」
私が魔王をじっと見つめていると、彼女は疲れたように溜め息を吐きます。
「ここで押し問答をしているのも、バカらしいな。分かった──今は貴様の考えに従ってやろう。なんにせよ、《赤き災厄》を退けるためには、貴様の力も必要になるからな」
「ありがとうございます」
お礼を言います。
魔王に「ありがとう」と伝えるなんて、なんだか変な感じがしますが……今は考えている場合でもありません。
「ミツハちゃん、あなたの周りに結界を張ります。念のために、そこから動かないでくださいね」
「しょ、承知した」
ミツハちゃんがこくりと頷き、私は彼女に結界を張ります。
これでしばらくは安心。
私と魔王は、ナイジェルたちと共に戦います。
「しかし、妾に殺すなと命令したくらいだ。なにか策はあるのだろうな?」
「いえ、今のところは……」
「ないだと? それでよく、妾に偉そうに命令したものだ」
「偉そうでもそうじゃなくとも、決して譲れませんから」
むっとしながら、ナイジェルたちに結界を張ります。
今のところは結界の効果もあって防げていますが、時間の問題。《赤き災厄》という根本を絶たない限り、私たちはジリ貧です。
「ちっ……。少し戦いの場に慣れさせておくつもりだったが、そういうわけにはいかなくなった。切り札をここで切る」
「切り札……?」
舌打ちしたかと思うと、魔王は勢いよくミツハちゃんの方へ顔を向けます。
「貴様の出番だ! ぶっつけ本番になるが、甘えたことは許さない! 貴様の力──いや、神勾玉を解放しろ!」
「……っ!」
ミツハちゃんは魔王の言葉を真剣な眼差しで聞き、ぐっと握り拳を作りました。
一体なにを──と思った次の瞬間。
ミツハちゃんは握った拳を開き、手を前に突き出します。
そのまま、静かに目を閉じ。
「余なら出来る……余はアマツの姫じゃ。アマツの民を守る必要がある。じゃから──今だけでもいい。嫌いだとしても、今だけは余に力を貸してくれ──母上!」
かっと目を開いたかと思うと、ミツハちゃんの体が眩い光に包まれます。
「これは──女神の加護……」
いえ……女神の加護とは少し違います。
しかし、内包される魔力は、それに匹敵するほどの輝きと強さを秘めていました。
光が拡散されていきます──。
辺りを輝きで包み、光は天にまで昇っていきました。
「見ろ! 人間どもに、光が向かっていく!」
と、ドグラスが前方を指さします。
聖なる光はゆっくりとアマツの人々に浸透します。
体から薄く立ち昇っていた赤い煙が、徐々に消えていきます。
「もしや……赤影を体から取り除いた?」
奇跡のような光景。
だけど、今はそうとしか考えられません。
やがて光が収まり視界も開けたかと思うと、正気を失っている者は誰一人見当たりませんでした。





