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真の聖女である私は追放されました。だからこの国はもう終わりです【書籍化】  作者: 鬱沢色素
三章

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314・母上からの愛情はなかった(ミツハ視点)

 外から戦いの音が聞こえる。

 皆が命懸けで戦っているのじゃ。


 そんな緊急事態だというのに、余──ミツハは城内の自室に閉じこもっていた。


「余は……無力じゃ」


 生まれながらにして、『未来の姫』の座が約束された。


 最初にそれを知った時、余は大層喜んだものじゃ。

 余は特別な人間で、使命がある。

 ならば、自分はその使命を全うしようと。


 しかし、その考えはすぐに打ち崩される。

 未来の姫という座は、自分には荷が重すぎると知ったからじゃ。



『ミツハ。あなたはいずれ、私の後を継いでもらわなくちゃならない。それなのに、こんな程度でへこたれてるようじゃダメよ』



 母上は厳しい人じゃった。


 母上からの愛情を感じたことはない。


 余がヘトヘトになっても、母上は妥協を許さなかった。

 最初は泣いてばかりだった。

 しかし、泣いている余を母上は甘やかしてくれず、叱責した。

 いつの間にか余は、自らの運命から逃れたいと思うようになった。


「それでも余は……せめて、周りの足を引っ張らないようにと思ったのじゃ。余なりに頑張ったつもりで……」


 そのためによく変装をして、城下町に視察に行った。

 同じ年頃の子どもが無邪気に遊んでいるのを見て、安心すると同時に嫉妬を覚えた。

 余も普通の家庭に生まれていれば、こうなっていたのじゃろうか。

 運命に怯えることもなく、毎日を楽しく生きて──。


「母上……余にはやはり、姫という座はふさわしくないのじゃ」


 母上が亡くなったあの日も、余はいつものように泣き続けた。

 だが、シキに『泣いていては、なにも解決しない』と諭され、もう泣かないと誓ったのじゃったな。


 その誓いは今まで、なんとか守れたと思う。

 しかし、こうして緊急事態を前にすると、余の覚悟などちっぽけなものだったと自覚してしまう。


 信頼していたサネモリの裏切り。

 今なお外から聞こえてくる戦いの音。

 それらは余の心を締め付け、いつの間にか瞳からは涙が零れていた。


「もう泣かないと決めた……しかし、余はダメじゃ。余は昔から変わらず、泣き虫姫で──」



「ミツハ様」



 恐怖で震え、涙を流していると、ノックもなしに唐突にシキが部屋に入ってきた。


「シキ……」


 そんな彼女を余は見上げる。


「余はダメじゃな……」

「…………」


 余の言葉に、シキは黙って耳を傾ける。


「有事の時の際には、最前線に出て皆を引っ張るつもりじゃった。じゃが、実際目の当たりにしてみると、怖くて足が動かぬわ。母上が今の余を見たら、呆れ果てるのじゃろう」


 母上はいつも口酸っぱく言っていた。



『あなたの双肩には、国の未来がかかっている。あなたが姫として真の自覚に目覚めなければ、国が滅びる』



 そのために、余は普通の生活を捨てられた。


「知っておるか? 普通の子どもは誕生日になると、親から祝ってもらえるらしい。滅多に口にすることのない食べ物を出され、プレゼントをもらう。なのに余は……母上から一度も誕生日を祝ってもらえていないのじゃ」


 余が十歳になる前に、母上は亡くなった。

 だが、生前の母上の姿を思い出すに、母上と共に十歳の誕生日を迎えても、結果は例年と同じじゃっただろう。

 余はそれを仕方ないと思うのと反面、とても寂しく思った。


「しかも最後まで、余は母上に認めてもらえなかった」


 そういえば──。

 昔、母上に我儘を言ったことがある。


 母上がいつも身につけているネックレス。

 それが幼い余の目にはキレイで、魅力的なものに映った。


 だから、お願いした。

 余もそのネックレスが欲しいのじゃ。それがあれば、もっと頑張れるかもしれない──と。


 しかし、母上は厳しい顔つきになって、こう言葉を返した。



『これは習わしとして姫が代替わりする際、母親が娘に渡す大事なネックレスなのよ。あなたにはまだ早い。あなたがアマツの姫としてふさわしいと思った時、初めてプレゼントするわ』



 それを聞いて、がっかりした。

 余は……まだ、母上に次期姫として認められていないのか……と。


「母上は……余のことが嫌いじゃったのだろうな。じゃが、それも仕方がない。いざ戦いになっても部屋に引きこもり、指揮すら取らぬような姫に──」

「──はあ。やれやれ」


 無言を守っていたシキだが、唐突に溜め息を吐き、肩をすくめる。


「これではダメそうだな。少しは心境の変化があると思ったが、結果は同じだ。まさか姫ともあろう者が、有事を前にしても泣き虫なままだとは思っていなかった」

「え……」


 シキは従順な侍女じゃった。

 なのに、いきなりそんなことを言ってくるとは思わず、戸惑ってしまう。


「シキ。お主、口調が……」

「いいか? 貴様はなにも分かっていない」


 余の当惑も気にせず、シキはいつもの丁寧な口調を崩して、話し続ける。


「貴様はこれまで、姫としての責務から目を背け続けていた。これでは、自分の内に引き篭もっているだけの子ども以下の存在だ。街で普通に遊んでいる子どもの方が、よっぽど偉い」

「シ、シキになにが分かる……っ!」


 余がなにも分かっていない……? そんなことを言われては、頭に血が昇る。


 不出来な余ではあるが、今まで歯を食いしばって頑張ってきた。

 普通の子どもなら遊んでいる時も、余は母上に叱られながら、必死に前を向いた。


 なのに、姫としての責務から目を背け続けていた……と?

 いくらシキでも、余を愚弄するのに程がある!


「これでも……! 余は自分なりに頑張ってきたつもりなのじゃ! じゃが、余には才能がない! エリアーヌのように清廉で、ナイジェルのように勇気を持ち、ドグラスのような強さもない! こんな弱い余に、なにが出来るというのじゃ!」

「いや、出来る。いや、貴様がまだ民の先導者という自覚があるなら、やらなければならない。貴様にはまだ試すべきことがある」


 そう言うシキの顔は、不思議と生前の母上の面影と重なった。


「それとも、このまま黙って待つつもりか? 言っておくが、貴様が動かなければ、国は滅びるぞ」

「そんなはずが……」

「この期に及んで、まだ楽観視するか? 現実を直視せよ。このままでは間違いなく、アマツは滅ぶ。それを貴様は良しとするか?」


 真意を測るように、じっと余の目を見つめてくるシキ。


 アマツは滅ぶ……。

 なんの力もない余じゃけど、これだけは即答出来る。


「嫌じゃ……! 余はこの国を愛しておる! 泣き虫なままの余じゃが、愛する国を守りたいという気持ちは確かじゃ!」

「よくぞ言った。そして──それこそが真に必要だった言葉だ」


 そう言って、若干シキは頬を緩めて、手を差し出す。

 彼女の掌の上には、黒い炎が揺らめていた。


「ならば、この手を取れ。貴様に力を与えてやろう。言っておくが、生半可な気持ちのままじゃ、身が滅びるだけだぞ? のたうち回りながら、貴様は死ぬ」


 シキの言葉は真に迫ったものがあった。


 この黒い炎がなんなのか、定かではない。

 だが、不思議と彼女のことは信頼出来る気がした。


「余は……」


 躊躇する。


 このまま自室に引き篭もり、事態が治るまで待つつもりじゃった。


 じゃが、そのままではいけない。

 アマツを守るためなら──余は悪魔にでも魂を売ってやる。


「……国を守る」


 しっかりと言い、黒い炎──シキの手を取る。


「じゃから、余に力をくれ。強大な力など必要ではない。ただ、国を守れるだけの力を──」

「よくぞ言った」


 シキは力強く頷き、そして笑った。


「だが、少し認識が間違っている。貴様には元々、その力が備わっていたのだ。それを無理やり目覚めさせるだけ。目覚めよ──ミツハ」


 その瞬間。

 耳鳴りがし、目の前が真っ暗となった。

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