313・窮地
「ナイジェル! 後ろです!」
城下町。
赤影と戦いながら、私はナイジェルの死角から襲いかかってきた敵を、声で知らせます。
「うん! ありがとう!」
ナイジェルは後ろをくるりと振り返り、剣で一閃。
赤影は霧散し、やがて消滅しました。
──街は地獄のような光景でした。
夜空に浮かぶ赤い月のせいで、街中が赤で染められています。
人々は逃げ惑い、助けを呼ぶ声が辺り一帯から聞こえてきました。
「……この調子で一体ずつ倒していっても、キリがないね」
また一体──目の前の赤影を斬り伏せたナイジェルが、そう声を零します。
「なにか対処法はないかな?」
「おそらく……赤影は、《赤き災厄》から魔力を供給しているのでしょう。つまり大元を倒す必要があります」
ですが、《赤き災厄》は城を出て以降、どこに向かったのか分かりません。
私たちも必死に探していますが、戦いながらではなかなか進まないのは事実。
──国外に逃亡しているのでは。
疑問が浮かびます。
アマツ国内に留まっている場合は、まだ望みがあるでしょう。
しかし国外に出て、捜索範囲が世界中に広がれば絶望的です。
あの時、《赤き災厄》は言っていました。
『未完成』だと──。
ならば完全な形で《赤き災厄》が顕現した場合、アマツは……いえ、世界はどれだけの恐怖に包まれるのでしょう。
想像するだけで、身震いがします。
「だからといって、諦めるわけにはいきません。赤影を倒しながら、なんとか《赤き災厄》の所在を──」
『エリアーヌ』
言葉を続けようとすると、頭の中に念話が響きます。
見上げると、ドラゴン形態となったドグラスがいました。
ドグラスはゆっくりと降下し、光に包まれます。
そして次の瞬間には、ドグラスが私たちの前に立っていました。
「やはり、赤影は街中に広がっておるな。今はアマツ兵が耐えているが、街のいたるところで交戦しておる」
「そうですか……」
でも、これは想像していたこと。
後ろ向きになりそうな気持ちを、ぐっと歯を噛み締めることによって振り払います。
「《赤き災厄》らしき姿は?」
「いや……上空から探したが、それも見当たらぬ。戦いを前に逃亡するなど、臆病な災厄だ」
とドグラスは口では言うものの、それが自らを鼓舞するために発した言葉であることは分かります。
現状、私たちにとって最悪なのは《赤き災厄》の発見が遅れること。
遅れれば遅れるほど、街の被害は酷くなっていくのですから。
「ん……?」
ナイジェルが剣を止め、辺りを見渡します。
「コロ……ス……」
「聖女ヲ、コロセ……」
「ホロビはサケラレヌ……」
うわ言のように私たちへの呪詛を吐き、街の人々がゆっくりと歩み寄ってきました。
その体からは、うっすらと赤い煙が立ち込めています。
「もしや……《赤き災厄》──いや、赤影に体を乗っ取られておるのか?」
ドグラスがそう声を発します。
赤影に体を乗っ取られる──それはサネモリさん。さらには海上で遭遇した海哭蛸から、可能なことは実証されています。
気付けば、私たちは赤影に体を乗っ取られたアマツの人々に、取り囲まれていました。
彼・彼女らはじりじりと距離を詰めてきます。
「まずいことになったね」
そう言うナイジェルの表情にも、珍しく焦りが浮かびます。
赤影は剣や拳で攻撃することによって、消滅します。
ですが、お相手は──殺意を向けているとはいえ、元はアマツの住民。
傷つけるわけにはいかないのです。
「あやつらに聖女の加護を付与すればどうだ? サネモリの一件で、それが有効なことは実証済みだろう?」
「ですが、そのためには体の一部に触れなければなりません。これだけの数。それに相手も抵抗するでしょうから……一人ずつ聖女の加護を付与するのは、現実的ではないかと」
ドグラスにそう答えているうちに、アマツの住民たちが一斉に襲いかかってきます。
私たちはなんとか攻撃を防ぎますが、このままではジリ貧。
物量で押し切られれば、それが私たちの命運の尽きる時です。
「せめて、触れずとも相手の体から赤影を追い出すことが出来れば……!」
ですが、そのような手段はなく、私たちは窮地に追いやられるのでした。





