312・レティシアVSリュシアン
「どうしたのかな? 威勢のいいことを言ってた割には、さっきから逃げてばかりじゃないか」
魔王信教の支部──。
そこでレティシアは、魔王信教の教皇を名乗るリュシアンと戦いを繰り広げていた。
「あんたの動きが遅すぎて、調子がおかしくなるのよ! ちょっとは早く動けないかしら!」
レティシアはそう言い返すが、戦況は劣勢であった。
(なんなのよ、こいつ。魔力も呪いも得体が知れないわ。しかも、ちっとも魔力が切れる様子もないし……)
動き回りながら、レティシアは考える。
戦いが始まって早々、リュシアンは魔法と呪いを連発した。
普通、魔法使いというのはその道のプロ。呪いまで使える魔法使いは珍しかったし、その逆もまた然りだ。
しかし、リュシアンは魔法も呪いも一流。
さらにレティシアを追い詰めてなお、本気を出しているようには思えない。
彼にとって、この戦いは遊び。
いつでもレティシアを殺せるのに、手加減をしている。
相手の底知れない力に不気味さを感じながらも、レティシアは同時に悔しさも感じた。
「……《赤き災厄》ってなんなのよ?」
それでも──レティシアは戦いながら、出来るだけ相手の情報を引き出そうと、リュシアンに問いかける。
「少しでも僕の口を割らせたいのかな? まあ、別にいいんだけどさ。僕たちの理想とする世界を築くためには、魔王信教の崇高なる教えを知ってもらう必要があるから」
リュシアンはレティシアの狙いを知ってなお、楽しそうに語り始める。
「《赤き災厄》は、災いの種の一つさ」
「災いの種?」
「うん。僕らはそれを、“終末の種”と呼んでいる。かつて、世界を滅ぼそうとした魔王もその“終末の種”の一つだったってわけ。僕らはそのもう一つの“終末の種”である《赤き災厄》を巻くことによって、世界を滅ぼそうとした」
(魔王も“終末の種”の一つ……? あんなに強大な存在が、何個もあるってことなの?)
レティシアは混乱する。
だが、そのことにあまり思考を割く余裕はない。
こうして話している間も、リュシアンからの攻撃はやむことはなかったからだ。
彼の攻撃を防ぐことに必死で、レティシアは次の問いをなかなか紡ぐことが出来ない。
「だけど、《赤き災厄》には、問題があってね。それは完成に至るまで、多大なる時間を要すること。あの資料を読んだ君なら分かると思うけど、そのために同胞であるサネモリの体を『器』として、《赤き災厄》を成熟させた。
二つ目は《赤き災厄》には天敵である神勾玉があった。あれがいるせいで、なかなか計画が進まなかったのさ」
(神勾玉……確か、アマツをずっと守ってきた神器なんだっけ? じゃあ、先代姫が亡くなり、神勾玉の力が衰えたから、こいつらは計画を実行に移したってこと?)
リュシアンから魔法の炎球が飛んでくる。
だが、レティシアは直撃する間一髪のところで、呪いで炎球を相殺する。
炎球が破裂した瞬間の熱が、レティシアの肌を焦がした。
「《赤き災厄》が世界を滅ぼすためには、その神勾玉を完全に無効化する必要がある。しかし、神勾玉の所在が分からない。だからわざと聖女をアマツに招き入れることによって、変化を起こすつもりだった。まあ……ちょっと期待外れで、結局神勾玉の所在は分からずじまいだけど」
「へえ、ご丁寧に説明、ありがとうね。随分と余裕じゃない。いくら魔王信教の教えを云々っていっても、どうしてそんなに教えてくれるのかしら?」
問いを発するが、リュシアンから答えは返ってこない。
そうしている間に、レティシアは壁際に追い詰められる。リュシアンがにっこりと微笑みかける。
「さて……そろそろ、君と遊ぶのも飽きた。悪いけど、そろそろトドメを刺させてもらうよ。なあに、死ぬことはな──ん?」
その瞬間、リュシアンがなにかに気付いたように動きを止める。
彼の周りをいつの間にか、小さな黒い炎が囲んでいた。
「……なるほど。ただ防戦一方だと思っていたけど、こんな罠も仕込んでたんだね。さすがは稀代の呪術士だ」
「あんま、調子ぶっこいてんじゃないわよ! 爆ぜろ!」
ドゴォォォオオオン──ッ!
リュシアンを中心として爆発が起こる。
その爆発は建物を大きく揺らし、壁に穴を空けるほどであった。
(やった……!?)
しかし。
「ふふふ……なかなかやるね。僕は君を甘く見ていたようだ。素直に計算外だったと認めるよ」
粉塵が収まり、その中から姿を現したのは──無傷のリュシアンであった。
彼の周りには結界魔法が張られている。
(咄嗟に結界を張ったっていうの!? この化け物が!)
レティシアは歯軋りをする。
「さあて……部屋に防音の結界は張ってたけど、さすがに今の爆発音は音を殺しきれない。他の信者も気付いて、ここに駆け付けてくるだろうね。そうなると面倒だから、君にはそろそろ退場してもらおうか」
「ちっ……!」
舌打ちし、レティシアはなんとかその場から逃れようとする。
しかし、遅い。リュシアンの手から黒い渦が奔流し、それはレティシアの体を包んだ。
「ここまでやってくれたご褒美に、さっきの質問に答えてあげる。僕がどうして君に、こんなに説明しあげたのかだけど……もう手遅れだからさ。既に滅びの門は開かれた。計画を進めるためにも、君たちにはもう少し踊ってもらう必要がある」
その瞬間、目の前が真っ暗となる。
『死』が頭に浮かんだ瞬間──レティシアは夜空の下、屋外で一人立っていた。
「ここは……建物の外?」
どうやら、支部の建物の外に転移させられたらしい。
レティシアはすぐさま引き返し、もう一度支部の内部へと入ろうとする。
しかし、無駄だった。
建物全体に結界が張られており、レティシアの力では入ることが出来なかったからだ。
「……結局、あいつに遊ばれただけってわけね」
これほどまでの強度の結界。そして、人一人を少し離れた地に転移させられる力。
戦闘能力に関しても、魔法と呪いは一級品だったし、なんでもありの化け物である。
「あれほどの化け物が、今まで出てこなかったなんて……なにしてたのかしら? 世界はまだまだ広いってことかしらね」
レティシアは溜め息を吐く。
……もっとリュシアンから情報を引き出したかったが、命あっての物種である。
ここらが引き際であろう。
(それに……わたしの命は、わたし一人だけのものじゃないもんね。わたしが死んだら、クロードが悲しむわ)
今もなお、彼女のことを心配しているであろうクロードのことを想って──レティシアは考えをあらためる。
「エリアーヌに念話を……って、また念話機が繋がらなくなってるわね。肝心なところで繋がらなくなるんだから! すぐにエリアーヌに伝えないといけないのに!」
ポンコツ念話機を片手に、レティシアは地団駄を踏んだ。





