311・暴かれた黒幕
「見ろ! なんだあれは!?」
近衛兵の誰かが、そう声を発します。
私から手を離したサネモリさんの体から、赤い煙が立ち込めます。
その煙が天井に昇っていき、その勢いは止まるどころこか、さらに激しさを増すばかりでした。
「どうしてだ……どうして、私に浄化の力が効いて──」
「浄化でも解呪でもありません。私がやったことは、あなたに聖女の加護を付与したのです」
苦しむサネモリさんに、私はそう言い放ちます。
そう──。
これが、聖女の悪の裁き方。
女神の加護──つまり今は聖女の加護は、付与した者の身体能力を飛躍的に向上させ、聖なる魔力で満たす効果があります。
しかし反面、誰にでも施せるものではありません。
心が悪しき者に聖女の加護を施せば、最悪の場合、命を落とすといわれています。
なので私は今まで、一部の者にしか聖女の加護を付与してきませんでした。
とはいえ、たとえ善き心を持った者に対しても、無条件で全てを授けるわけではありません。
聖女の加護は、あまりにも強すぎる力。
善き心を持った者でも、拒否反応を起こす可能性がありますから。
ゆえに、今まで聖女の加護の全てを付与した人間は、それに完全適合したナイジェルしかいませんでした。
「だが、聖女の力は赤影には通用しなかったはずだ!」
「そうでもないよ。聖女の加護だけが唯一、赤影には有効だった」
ナイジェルが一歩前に出て、サネモリさんに告げます。
──街中で赤影、そして海では海哭蛸と対峙した時、聖女の加護を付与し、ナイジェルが剣で斬り裂くと、赤い煙となって消滅しました。
どうして、聖女の加護だけは通用したのかは、はっきりとはしません。
しかし、私の聖女の加護は、いわば女神との合作。赤影にとって、異分子だったため、通用した可能性が考えられます。
「サネモリ……お主じゃったのか? お主が、この国に赤影を……」
ミツハちゃんは真相を前にしてわなわなと声を震わせ、その場に呆然と立ち尽くしていました。
「サネモリを早く捕らえなさい。彼は国賊です!」
ミツハちゃんの様子から彼女がすぐに指示を出せないと見て、シキさんが声を張ります。
だけど、この場に集まった兵たちの動きは重い。
今まで、執政官としてミツハちゃんの代わりに政務を振るっていたサネモリさん。急に彼が裏切り者だったと聞かされても、すぐには理解が追いつかないのでしょう。
「ちっ、腰抜けどもが。我があやつを──」
「ぐああああああああ!」
ドグラスがすかさず駆け出そうとした時、サネモリさんから獣のような悲鳴が聞こえます。
「こうなっては仕方ない! 《赤き災厄》様! どうか私の体を食い破ってください! この地に破滅をもたらすのです!」
「……っ! ドグラス! 一旦、離れてください。赤影です!」
おかしくなったように叫び続けるサネモリさんから、爆発的に赤影が辺りに広がっていきます。
私たちはすぐさまサネモリさんから距離を取りますが、その間にも彼からは赤影が漏れ続けます。
やがて──まるで殻を壊すかのように、ゆっくりと体の内側から人型の赤影が姿を現し、宙から私たちを見下ろしました。
「役に立た■■──っ、しない。未■■のまま……が、破滅を執行す──っ」
その者から放たれる、邪悪な声。
一目見ただけでは、他の赤影とは変わらない姿。
今まで相手にしてきた上級魔族、《白の蛇》、長命竜アルター──。
それらは目の前の存在に比べれば、ちっぽけな存在だと錯覚してしまうくらい。
ですが、私はこれと同質の力を見たことがあります。
あれは魔王と同様、世界に終わりをもたらすもの。
滅びを知らせる使者を前にし、全身に鳥肌が立ち、誰もがその場で立ち尽くしていると──一人、剣を抜き、災厄に斬りかかっていきます。
ナイジェルです。
「君をこのまま放置すれば、危ないと思ったからね。悪いけど、おとなしく話をしている時間はない──はあっ!」
瞬きもしない間に、ナイジェルは災厄を両断してしまいました。
形を保てず、空中で霧散する災厄。
しかし。
「無駄──ダ。凡庸ナ剣■■では、ワレに滅びを■■しなイ」
そのまま消滅するかと思うと──散らばった災厄は一箇所に集まっていき、完全に修復されました。
「だが、未完■のママでハ、完全な破滅には至らナイ。しばし、体を休めル──」
「……っ! 待ちなさい!」
その場から離れていく《赤き災厄》に手を伸ばしますが、一足遅いようでした。
ナイジェルとドグラスも地面を蹴り、《赤き災厄》を捕らえようとしますが──それは二人の手をすり抜け、窓から外に逃げていきました。
「逃したか……」
「ちっ。ヤツめ、ちょこざい真似をしよる」
二人は悔しさで顔を歪ませます。
「サネモリ!」
災厄に気を取られていると、ミツハちゃんの声が大広間に響き渡ります。
声の方に視線を動かすと、床に倒れ伏せているサネモリさんに、ミツハちゃんが駆け寄ります。
「く、くくく……もう遅い。滅び始まった」
掠れ掠れに、サネモリさんが声を絞り出します。
口からは血が流れ、目も虚ろ。このままなにもしなければ、すぐに命の灯火は消えるでしょう。
「サネモリ……お主じゃったのか? アマツに赤影をもたらしたのは……」
「そうだ」
震える声のミツハちゃんを、サネモリさんは嘲笑します。
「くくく……バカな姫だ。おかげで私は執政官という立場を活かして、魔王信教のために自由に動けた。貴様がもう少し賢明な姫であったら、私の企みも防げていたのかもな」
「なっ……!」
「どちらにせよ、この国はもう終わりだ。《赤き災厄》様はいずれ、完成へと至る。《赤き災厄》様! そして教皇様! あとは頼みます──」
そう語り終えると、サネモリさんはぐったりと力を失い、瞼を閉じました。
「し、死んだのか……? 余の前で──」
「安心してください」
呆然と床に膝を突くミツハちゃんに、私は優しく声をかけます。
「話している間に、治癒魔法をかけておきました。今は気を失っているだけです。重傷ですが、死ぬことはないでしょう」
「ほ、本当か?」
「ええ。彼にはまだ、色々と聞きたいことがありますから」
そう言うと、ミツハちゃんは胸を撫で下ろしているようでした。
……とはいえ、サネモリさんが意識を取り戻すには、まだ時間がかかりそう。
そして、それを悠長に待っている状況ではありません。
「た、大変です!」
ドグラスが言葉を続けようとすると、兵の一人が窓の外を指差し、叫び声を上げます。
私たちはすぐに駆け寄って、彼の指差す方に視線を移しました。
そこには──。
「月が……赤い?」
私たちをいつも優しく見守っていた月。
それが血のような赤い光を発し、夜空にぽっかりと浮かんでいたのです。
「な、なんということだ……一体なにが起こっている?」
「見ろ! 城下では大量の赤影が蠢いているぞ!」
「あんなに大量の赤影なんて、初めてだ。本当にヤツが言っていたように、滅びが始まったというのか……?」
兵たちはパニックに陥ります。
彼らの言う通り、赤い月が夜空に昇ったわけではなく、城下町では無数の赤影が蠢いていました。
ここからでも人々の叫びや悲鳴が聞こえ、心が痛くなります。
「やはり、あの不気味な人型の影が、赤影の親玉──《赤き災厄》だったということか?」
神妙な顔つきで、ドグラスが問いを発します。
「おそらく、そういうことだったんでしょう。そして、『器』となっていたサネモリさんの体を内側から破って、この世に顕現した……と」
「ならば、《赤き災厄》を探さないとだね。《赤き災厄》やサネモリの言葉を信じるとするなら、まだ完全ではないみたいだから」
「未完全の内に、仕留める必要があるでしょう。ですが──」
と、私は再び窓から街の様子を眺めます。
「今は街に蔓延る、赤影の討伐をするべきです。このままでは多くの人が傷ついてしまうでしょうし、戦っている内に《赤き災厄》の居場所が分かるかもしれません」
「そうだね。《赤き災厄》を見つけることも大事だけど、今は目の前の脅威だ」
「街にいる赤影など、我がすぐに片付けてやる」
真剣に答える、ナイジェルとドグラス。
「決まりましたね。では、行きましょう。戦える兵の方々は、私たちと一緒に赤影の討伐に加わってください! 大丈夫です。私が誰一人死なせませんから!」
みんなを奮起させるように、声高らかに私はそう叫びます。
「ミツハちゃんはお城で待機です。私たちに任せてください。アマツは救ってみせますから。シキさんも、ミツハちゃんの近くにいてくれると助かります」
「承知しました」
頷くシキさん。
しかし、ミツハちゃんは先ほどのことでショックが大きいのか、なにも言葉を発せられずにいました。
……彼女のことも心配ですが、シキさんに任せておくしかないでしょう。
月隠宮の資料の予言通りなら、赤い月が昇った時、もう破滅は避けられないと──。
ですが、鵜呑みにするわけにもいきませんし、仮に真実だとしても諦める理由にはなりません。
私は決意を強くし、ナイジェルと共に城を出るのでした。





