308・二人の黒幕(レティシア視点)
エリアーヌたちが城への帰途を急いでいる頃、レティシアは──。
「レティシア様! あなた様がおっしゃっていた倉庫の鍵を、ようやく持ち出すことに成功しました! こちらがその鍵となっています!」
「すごいですぅ! ありがとうございます!」
跪く男から、一本の鍵を受け取っていた。
「どうしても、魔王信教の教えをもっと知りたくって……あっ、一度言いましたけど、このことはみんなには内緒ですよ? あなたとわたしだけの秘密にしたいので」
「も、もちろんですっ!」
レティシアがにっこりと微笑みかけると、男は興奮気味に答えた。
まだ男は名残惜しそうだったが、こんなところで不必要に時間を食っている時間はないので、レティシアはさっとその場から立ち去る。
「ほんと……ここにいる男たちって単純ね。こんなザルな警備で大丈夫なのかしら?」
予定通りに事が進みすぎて、レティシアは一種の薄ら寒さを感じたが、悪いことではない。
──支部内に信者たちでも立ち寄れない秘密の部屋があることは、早い段階から気が付いていた。
しかし、その部屋の鍵は支部長にしか持ち出しが許されておらず、こうして手に入れるのに時間がかかったというわけだ。
「なんか忙しいかどうか分からないけど、支部長は一度もわたしの前に姿を現さないしね。手こずったわ」
だが、これでようやく先に進める。
他の信者に見つからないように支部内を歩き、レティシアは秘密の部屋の前に辿り着く。
そして鍵を開けた。
「ここは……資料室?」
ぎっしりと書類が詰まった本棚。
それ以外は殺風景で、無機質な印象の部屋である。
レティシアは本棚から何冊か資料を手に取り、中身を確認していく。
「……目ぼしい情報はないわね。魔王信教が世界の終焉を望んでるって、今更知ったところで──ん?」
その時、レティシアは一冊の資料が目に入る。
表紙には『アマツで実施する“紅計画”の詳細について』。
「《赤き災厄》……? それが魔王信教がアマツで顕現させようとしている、なにかってこと?」
吸い寄せられるように、レティシアはその資料を手に取る。
そして中身を読み、驚愕で目を見開く。
(な、なんてこと……! これじゃあ、エリアーヌたちは──)
すかさず、服の内ポケットの念話機に手を伸ばしかけた──その時。
「あれえ──そこでなにをしているの?」
ぞっと鳥肌が立つ。
警戒しながら後ろを振り向くと、そこには白髪の子どもがいた。
(なんで、こんなところに子どもが……? いえ、見た目は子どもだけど、実は違う。ともあれ、今はそんなことが重要ではなく──)
男の一挙一動に注意しつつも、レティシアは仮初の笑顔を貼り付ける。
「ま、迷子になっちゃってぇ。それで……」
「ああ、別にいいよ。もう、そんな風に演技しなくても。君が何者か、分かっているから」
レティシアがぶりっ子ぶるが、謎の子どもはすかさず止めにかかる。
「演技? なにを言ってるのかしら」
「じゃあ、こう言ったら、ちょっとは顔色を変えてくれるかな? 呪術士でありながら、ベルカイムの王太子妃になった、レティシア──と」
ニコニコと楽しそうに笑いながら、少年は口にする。
(……っ! なんで、そのことを知ってるの? いや、今はそんなことよりも……誤魔化せそうになさそうね)
早々に見切りを付け、レティシアは腕を組んで余裕を見せる。
「あら、そう……だったら、どうしてわたしを見逃してたのかしら? その様子だと、わたしが信者のふりをしてたってことも、分かってるでしょ?」
「どうするのかなあ、って思ってさ。だから存在には気付いてたけど、しばらく見逃してたんだ」
その瞬間。
子どもは黒いオーラを纏う。
「……っ!」
魔力とも呪いとも言い難い、禍々しいオーラだ。
呪術士のレティシアから見ても、その底知れなさは計れず、息苦しさを感じる。
(これは──)
戦闘モードに入り、レティシアは話しながら呪いを練り上げる。
「名乗り遅れたね、僕はリュシアン。魔王信教を束ねる長で、教皇とも呼ばれている」
「へえ、わたしも運がいいわね。じゃあ、ここであんたを倒せば、万事解決ってことじゃない」
内側から込み上げてくる恐怖に抗いながら、レティシアはそう言い放つ。
今の彼──リュシアンの姿を見ていなければ、ただの子どもが教皇と宣っても、嘘だと決めつけていたかもしれない。
だが、今の邪悪な気を纏っているリュシアンを前にして、レティシアは直感で分かってしまったのだ。
(こいつは、いつでもわたしを殺せる)
今まで、レティシアも数々の強敵と戦ってきたつもりだ。
だが、それらと比べて、彼──リュシアンは格が違った。
どう足掻いても勝てない、そう感じてしまうほどに。
「なかなか、好戦的なお嬢ちゃんだね。だったら、少し遊ぼうか。楽しくなってきたら、僕の口からぽろっと大事なことが零れるかもしれないよ?」
揶揄うように言って、リュシアンをゆっくりとレティシアに歩を進める。
(簡単に逃してくれるとも思えないけど──)
レティシアは思考する。
(少しでも、エリアーヌたちのために有益な情報を持ち帰る。そのためにわたしは、ここに来たんだから。尻尾を巻いて、逃げ出すなんて有り得ないわ)
レティシアは逃げたい衝動をぐっと堪え、リュシアンと向き合った。
(だから、エリアーヌも気を付けて。黒幕はあんたの近くにいるんだから)





