306・月隠宮
「ナイジェル、ドグラス」
レティシアから話を聞いた私は、すぐに城内を歩いていた二人を見つけ、そう声をかけます。
「エリアーヌじゃないか。どうしたの?」
「さては汝、たい焼きを食べすぎたのか? 悪いが、胃薬など持っておらぬぞ」
「いいえ。実は……」
茶化すドグラスを軽く受け流して、私は先ほどレティシアから聞いた話を二人に伝えます。
「……というわけです」
「なるほど……」
話し終えると、ナイジェルは思案げに顎に手を添えます。
「魔王信教がアマツに赤影をもたらした可能性がある……か。前々から不気味な組織だと思っていたけど、まさかこんなところで繋がってくるとは」
「ヤツらめ、厄介なことをしてくれる。今から我が、あの呪術士の娘に加勢して、支部をぶっ壊してこようか?」
ドグラスも憤っています。
「ドグラスは潜入捜査に向かないでしょう。それに、支部を壊滅させたところで、事態が解決するとは思えません」
そもそも、魔王信教の支部は世界中に散りばめられています。
支部の一つを壊滅させて済むなら、とっくの昔に問題が解決しています。
「とにかく、私たちはすぐに月隠宮に向かいましょう。ミツハちゃんかサネモリさんに聞けば、分かるでしょうから」
「そうだね」
その場から離れ二人を探していると、廊下を歩くミツハちゃんとシキさんの姿を見つけました。
「おお、エリアーヌではないか。先ほどのどら焼きを美味かった。機会があれば、また作ってほしい」
「はい、何度でも作りますとも。ところでミツハちゃん、月隠宮という場所は知っていますか?」
「もちろん、知っておるぞ」
ミツハちゃんは即答し、さらに続けます。
「街外れにある神社だ。神社というのは、お主らの国の言葉でいうと、教会や寺院みたいな場所じゃな。もっとも、月隠宮は長らく管理する者がおらず、何年か前から見捨てられた形となっておる」
ミツハちゃんの言葉で、いよいよ確信に近付いてきます。
ほとんど見捨てられた神社。人も滅多に来ないでしょうし、魔王信教の人たちが隠れ家として使うのに最適なはず。
「そこに、赤影の手がかりがあるかもしれないんです。すぐに向かいたいと思うんですが……」
「なに? それは性急にやらねばな。すぐに案内して──」
「いえ、月隠宮には危険があるかもしれないんです。実は……」
私はレティシアから聞いた話を、ミツハちゃんにも説明します。
「そ、そうじゃったか。我が国にも魔王信教の魔の手が伸びておるとは……となると、余が行っても足手纏いになるだけじゃな」
「足手纏いというわけではないんですが……まだ、魔王信教の残党がいるかもしれませんし、罠が仕掛けられているかもしれません。なので、ミツハちゃんを連れていくわけにはいきません」
「では、私が行きましょうか?」
黙って事の成り行きを見守っていたシキさんが、一歩前に踏み出します。
「いいんですか?」
「はい。私なら自分の身を守る程度には動けますし、適しているでしょう。いかがでしょうか?」
それは助かります。
シキさんの強さは折り紙付き。まだ魔王信教の信者が残っている可能性も考えられますし、シキさんが来てくれれば心強いです。
「お願いします」
「分かりました」
相変わらず、淡々と頷くシキさん。
「シキよ、任せたぞ」
「はい。ミツハ様も甘いものを食べたんですから、ちゃんと歯磨きするんですよ?」
「い、言われなくても、分かっておる!」
顔を真っ赤にして袖をぶんぶん振るミツハちゃんに、ついくすりと笑いが零れてしまいました。
私たちは城を出て、シキさんの案内で月隠宮に向かいました。
「かなりボロボロですね……」
辿り着いた月隠宮は、雑草は生え放題。
いつ崩壊してもおかしくないほど、建物自体も老朽化していました。
「改築するための予算も割かれなかったですからね。見捨てられて以降、ずっと放置されたままになっているのです」
「どうして、見捨てられたのだ?」
「さあ……そこまでは知りません。先代が死んでから、そういったものに予算は割かれたようですから、その一環かと」
ドグラスの質問に、シキさんがそう答えます。
「見た目からは、ただの廃墟のように思えるけど……調べてみよう。なにか見つかるかもしれないから」
「はい」
ナイジェルの指示で、私たちは散り散りになって月隠宮を調べていきます。
第一印象と違わず、月隠宮は長年、人が立ち寄った形跡のない場所です。
ただ調べるだけでも、不要なところが壊れてしまわないように気を遣い、思うように進みません。
「ナイジェル、あなたはなにか見つけましたか?」
「いや……こっちには目ぼしいものはなかった。エリアーヌは?」
「あなたと同じです」
「私も見つかりませんでした」
数十分が経った頃、ナイジェルとシキさんと合流し情報を持ち寄りますが、やはり決定的な見つからないまま。
おかしいですね……。
レティシアの情報によると、月隠宮は魔王信教の隠れ家として使われていたはずなのに……。
そう容易く手がかりが見つかるとも思えませんが、なにも痕跡が残っているのは不自然です。
「もしかして……隠し部屋などが存在するのでは?」
「考え得るね。そこで信者がなにかをしていたから、こういう目立ったところには存在していない……って」
「でしたら、もっと細かく調べましょう。秘密の通路が隠されているかもしれませんから──」
「おーい、エリアーヌ!」
再び調査を始めようとすると、建物の奥からドグラスが私を呼ぶ声が聞こえてきました。
「はい?」
私たちは声のする方へ向かいます。
すると、建物の一番奥──目立たない場所でひっそりと、大量の札が貼られた扉があったのです。
「探していたら、見つけたのだ。他とは違う様子だし、なにかあると思ってな」
扉の前で、ドグラスが説明します。
「こんなところがあるだなんて……全く気が付きませんでした」
「そうであろう。我を褒めよ」
腰に手を当て、胸を張るドグラス。
「ドグラス、よくやりました。いい子、いい子」
「お、おう」
自分から褒めろと言ったくせに、いざ頭を撫でてあげると、何故か彼は落ち着きのない様を見せます。
……なんだかこうしていると、大きな子どもを褒めているみたいですね。
「ははは、エリアーヌに頭を撫でられるなんて、ドグラスが羨ましいね。ちょっと嫉妬しちゃくらいだよ」
「言ってくれれば、ナイジェルの頭だって何度も撫でてあげますよ」
ナイジェルと婚約──そして結婚してから随分と日が経つのに、未だに彼はちょっと嫉妬深いところがあります。
「それは魅力的な提案だね。でも、我慢しておくよ。今はもっと大切なことがあるからね」
一瞬、名残惜しそうな表情をしてから、ナイジェルは札が貼られた扉に視線を移します。
「この扉……なんだか不気味だね」
ただでさえ建物内は薄暗く、ありきたりな表現で言うとお化けが出てきそうです。
それなのに一番奥、ほとんど外からの明かりも届かない場所で、物々しい札が貼られた扉があれば身震いしてしまいます。
「開けてみようか?」
「いえ……お待ちください」
ナイジェルを止めて、私は扉に手を触れています。
「……やはり、扉に結紋が施されていますね」
「結紋?」
「はい。魔力や簡易的な儀式で扉に封をしてしまう方法です。ただ鍵をかけるより、簡単に開けられなくなってしまいます」
だからこそ、結紋を施すのは卓越した技術と手間が必要となるので、滅多にお目にかかれるものではないのですが。
「エリアーヌでも開けられないのかい? ほら、昔ベルカイム城で魔王が結紋されている道が、同じように封じられていたじゃないか。あの時もエリアーヌが玉座にかけられていた呪いを解いてくれて、中に入ることが出来た」
「確かに、その時と状況は似ています。実際、呪いで入り口に封をしていた場合は、可能だったでしょう。ですが、ここはそれとは違うみたいです。扉を開けるためには通常、鍵のようなものが必要となってきます」
結紋を解く『鍵』の形状は様々。
鍵そのものの形をしていたり、はたまた全く別の姿を形取っていることがあります。
中になにか秘密が隠されていそうなのに、ここで足止めをくらうとは……。
「これは……」
歯がゆい気持ちになっていると、後ろから見守っていたシキさんが声を零します。
「シキさん、なにか知っているんですか?」
「はい。これは宮中印でしか開かれない扉だったかと」
「宮中印? もしかして、それが結紋を解く鍵ということですか?」
「その通りです。国の中でも重要な部屋に取り付けられている結紋です。宮中印の取り扱いは厳重でミツハ様かサネモリの許可がなければ、持ち出しせません」
見捨てられた建物にしては、厳重すぎる気もしますが……それほど、結紋というのは厳格に取り扱われるものなのです。
簡単に開けば、わざわざ結紋を施す必要はありませんからね。
「では、すぐに城に帰り、宮中印を……」
「えぇい、まどろっこしい」
黙って話に耳を傾けていたドグラスが、苛ついた様子で一歩前に踏み出します。
「なにをされるつもりですか?」
「鍵など宮中印など……要は、扉が開けばいいのだろう? ならば、そのようなもの必要ない」
一体なにを……。
そう思っていると、ドグラスは拳を勢いよく振りかぶり、扉に叩きつけました。
ドゴォオオオオオン!
轟音が響き渡り、扉が粉々になります。
「ほら、開いたぞ」





