ファッションショーに挑戦です!(上)
時系列としては、エリアーヌとナイジェルが婚約したばかり。原作だと一巻終わってすぐくらい。webだと「47・二人きりのダンス」終わってすぐくらいの話です。
とある日。
私とナイジェルは、リンチギハム王都内の演劇ホールにいました。
「演劇、とてもよかったですね」
隣のナイジェルに話しかけます。
──今日はナイジェルとデート。
めでたく彼と婚約することになったけれど……こうして二人で街に出かけることは、まだ珍しいこと。
リンチギハムの第一王子であるナイジェルは、必然的に周りからの注目を集めます。なので、彼も一応変装しています。
とはいえ、それも最低限のもの。
ナイジェルの正体がいつバレてしまうんじゃないかと、ハラハラします。
「うん、そうだね」
頷き、微笑むナイジェル。
「役者さんの演技に、ついあれが演劇であることも忘れて、手に汗握ってしまったよ。ストーリーも惹き込まれるものだった」
「ですよね!」
私たちが感激した演劇は、『勇者の剣』という題目。
最近、リンチギハムの中で流行っている劇のようです。
内容は平凡な田舎で生まれた少年が聖剣に出会い、やがて世界を救うようになるお話。
個性豊かなキャラクターと王道の展開──そして終盤は怒涛の展開から、ほっとする結末。
最後には感動し、ほろりと涙してしまいました。
「また見たいです。今日はとても楽しかったですから」
それはきっと、演劇の内容がよかっただけではなく、隣にナイジェルがいてくれるから。
未だにナイジェルとデートをすると、「これは夢じゃないか?」と疑ってしまう自分がいます。
「じゃあ、そろそろ城に帰ろ──」
と、ナイジェルがホールを後にしようとした時でした。
「むむむ……? もしや、あなたはナイジェル殿下ではありませんか?」
ふと声をかけられ、私はナイジェルと共に振り返ります。
「ああ、君か。久しぶりだね」
「やはり、そうでしたか! いつもと装いが違っていて、すぐには気付きませんでしたぞ!」
私たちに声をかけてきた男性は、まるで尻尾を振る子犬のように駆け寄ってきます。
「事前におっしゃっていただければ、特等席をご用意しましたのに」
「お忍びで来ていたんだ。だから……僕が来ているってことは、他の人にも内緒にしてほしい。声のボリュームも少し抑えて」
「しょ、承知しました」
緊張した面持ちで、彼が返事をします。
「まあ、それはともかく……今日の演劇はよかったよ。役者の人たちも皆、楽しんで演技しているようだった。これも支配人である君が、立派にホールを経営しているからだろうね」
「いやあ、これも殿下のおかげですよ。殿下がこの国を安定させているからこそ、私も仕事に集中出来るというものです」
そう言ってから、彼の視線がナイジェルから外れ、私に向けられます。
「失礼ですが……この方は?」
「ああ、まだ紹介していなかったね。彼女はエリアーヌ。最近、王城で勤めるようになった治癒士だ。エリアーヌにも紹介するよ。彼はこの劇場の支配人だ」
「エ、エリアーヌです。初めまして」
私は失礼にならないように、軽く頭を下げます。
「治癒士? 治癒士の方と、二人で演劇を見にきたというわけですか? 殿下がそこまでするとは……」
なにか疑問に感じたようですが、彼──支配人はすぐに額に手を当て、首を左右に振ります。
「……詮索はいけませんな。ただでさえ、殿下はお忍びで来ている身。私が詮索するのは、失礼にあたる」
……よかった。
私とナイジェルの関係は、公然の秘密となっています。
私は平民出身。それなのに王子殿下と婚約したとなったら、どうしても反対意見もある──ということで、私を守るためのナイジェルの配慮です。
いずれは話す必要もありますが、今の私は王城で仕える一介の治癒士ということになっています。
「それにしても、美しいお方ですな。こんな女性が街にいたとは──」
支配人は急に黙ったかと思うと、私の顔をまじまじと眺めます。
え……?
私、なにか変なことをしてしまったでしょうか?
「……閃いた」
「はい?」
「エリアーヌ嬢といいましたな! もしよろしければ、今から開催されるファッションショーに参加してみませんか?」
な──なんで、いきなりそんな話に!?
「ああ、そういえば、午後からはここでファッションショーが開かれるってパンフレットに書いてあったね」
「ど、どうして私が!?」
能天気に呟くナイジェルの一方、私は支配人に問い詰めます。
すると。
「あなたを一目見て、ビビビッときました! まるで女神の生き写しのような美貌! 可愛さの中に、凛とした美しさもある! そこに立っているだけで自然と注目を集めるような、不思議なオーラ! 丁度、参加予定の一人が体調不良で空きが出来ていたんです。エリアーヌ嬢が参加すれば、きっとファッションショーは大成功するでしょう! もちろん、衣装はこちらで用意します!」
捲し立てるように支配人が言いました。
途中で口を挟む余裕もありません。
「ファッションショー……ですか」
興味がないかと言われれば──嘘になります。
私だって女の子。
ベルカイムにいる頃は自由にさせてもらえなかったし、キレイな服を着たいという願望も人並みにあります。
ですが──繰り返すようになりますが──私は今、ナイジェルとお忍びでデートをしている身。
デートを中断するのもナイジェルに悪いですし、私の存在があまり他の人に知られるのも好ましくないでしょう。
「魅力的なご提案ですが……私は参加出来ません」
後ろ髪を引かれる思いながらも、そう断ります。
「ナイジェルもそう思いますよね?」
「ん? 別にいいんじゃないかな?」
ガタッ。
なんてことがないように答えるナイジェルに、ついその場で転びそうになってしまいます。
「い、いいんですか!?」
「うん。エリアーヌがよかったら……の話だけどね。僕も君が他の服を着ている姿を見たい。それに……君が美しいのは事実さ! みんなにも知ってもらいたい!」
私以上に乗り気なのか、ナイジェルが両腕を広げます。
「お願いします! そうじゃなくても、欠員が出て困っていたんですよ! 私めを助けると思って!」
「うーん……」
懇願されるように『助けると思って』と言われれば、私も弱い。
……仕方がないですね。
私は一息吐いて。
「……分かりました。少しだけですからね? ファッションショーが終われば、私たちはすぐにこの場を去ります」
「ありがとうございます! もちろんです!」
渋々頷くと、支配人はパッと表情を明るくしました。
新作を始めました! 今回も主人公は聖女です!
ページ下部にリンクを貼っています。
または、下記のURLをコピペしてお読みいただければ、幸いです。
『「第二の聖女になってくれ」と言われましたが、お断りです』
https://ncode.syosetu.com/n2553km/