真の聖女である私はトレジャーハンターになりました9
(バロック視点)
(あぁ……オレはなんてバカな男なんだろう)
モグレイドのお腹の中。
辺りは真っ暗闇。体にまとう粘液も気持ちが悪い。あと少しでもこの空間に身を浸せば、気がおかしくなりそうだ。
だが、それでも──バロックはギリギリのところで意識を保ち、朦朧とする意識で、エリアーヌたちのことを考えていた。
『でしたら、私たちと伝説のお宝を見つけて、山分けしませんか?』
最初に、彼女がそう言い出した時は耳を疑った。
山分け?
そんなことをして、彼女になんの利がある?
彼女の──そして、その仲間たちの力があれば、バロックたちをすぐに海の藻屑にすることも出来るだろう。
しかし、彼女はバロックに協力を申し出た。
自分なんて、なんの力もないのに。
(オレの娘が生きていれば……今頃は彼女と同じ歳くらいか? 彼女みたいに美しく、そして優しい子に育ってほしかった)
娘が死んでからの人生は地獄だった。
なにをするにもやる気が出ない。
だからといって、娘の後をすぐに追いかける勇気もなかった。
真綿で首を絞め続けられるような人生。
目標も失い、我ながら生きた屍のようだった。
そんな時、伝説のお宝の話を聞いた。
これだと思った。これがあれば、娘にもう一度会える──。
娘を亡くしてから、仲間の漁師たちも自分を不憫に思ってくれていたのだろう。
宝の話を打ち明けると、すぐに手を貸してくれることになった。
(だが……オレは結局なにもなし得なかった。娘を蘇らせてやることも出来ず……ただ、無駄死にしようとしている)
右手には、しっかりと伝説のお宝──ハーモニカが握られている。
こんな、なんの変哲もない──しかも壊れているハーモニカに、願い事を叶える力が宿っているとは到底思えない。
だが、バロックはそれにすがるしかなかった。
何故なら、娘にもう一度会って、どうしても謝りたかったからだ。
(すまん……オレの娘で、あいつも後悔しているだろう。島の外だったら。もっと裕福な家庭の生まれだったら──幸せに暮らすことが出来ただろうに……って)
娘のことを考えられると胸が締め付けられる。
思いを馳せていると、バロックを包んでいる内壁がゴゴゴ……と胎動し始める。
きっと、自分を本格的に消化しようとしているのだろう。
(オレはここまでのようだ……じゃあな、エリアーヌ。宝を持ち逃げしちまって、申し訳なかった。無責任だが、オレは娘のところに行かせてもらう──)
そう、心の中で辞世を述べていると──。
「大丈夫ですよ。あなたは私が死なせません」
暗闇の世界に突如、一筋の光が差し込み──バロックに手が差し伸べられた。
◆ ◆
「エ、エリアーヌか……? それにナイジェル──お前らも、こいつに呑まれたのか……?」
手を差し伸べると、バロックさんが焦った声を出します。
「あなたの想像とは、少し違うかもしれませんね。私たちはわざと、モルグレイドに呑まれたのです」
そうなのです。
これが私の秘策。
モルグレイドを倒せば、バロックさんも無事では済まないかもしれない──だからといって、無闇に衝撃を与えて救出しようとすれば、結果は同じ。
そこで私が思いついたのは、自分の周りに結界を張り、モルグレイドの体内に侵入することでした。
『モルグレイドの消化は、私の結界で防げます。なので、今からモルグレイドの体内に侵入し、バロックさんを救出します』
そう言った時、驚いたみなさんの表情がありありと思い出せます。
本来なら、私一人で十分だったのですが、ナイジェルも共に付いてきてくれることになりました。
そして結界を張り、こうしてバロックさんを見つけることが出来たわけです。
「嬢ちゃんの結界の力は、今まで見させてもらっている。だが……それでも、危険なことには変わりない。お前はオレがなにをしようとしてたのか知ってんのか? どうして、そこまでしてオレを助けようとするんだ!」
「あなたが、なにをしようとしていたのかは関係ありませんよ」
バロックさんに手を伸ばし続ける。
「私は『真のトレジャーハンター団』の船長ですから。船長には船員を守る義務があります。短い間ですが、バロックさんも私の大切な船員です。船員を見捨てて、逃げ出す船長なんていないでしょう?」
「──っ!」
そう言うと、バロックさんは目を見開き、言葉に詰まっていました。
「エリアーヌ、あまり悠長に時間はかけてられないよ。君の結界は完璧とはいえ、不測の事態が起こり得ないとは限らないんだから」
「そうでした」
ナイジェルから指摘されて、私は次の行動に移ります。
「バロックさん、私の手を。結界を張ります」
「あ、ああ」
震える手で、バロックさんが私の手を握ります。
即座に結界を発動。
……よし、これで準備万端です。次にドグラスと念話を取ります。
『ドグラス、準備は整いました。あとはお願い出来ますか?』
『心得た』
そう返事があったかと思うと──強い衝撃。モルグレイドの体が揺れ、私たちは上へと押し出されます。
そして、手を繋いだままのバロックさん──ナイジェルと共に、モルグレイドの体内から脱することが出来ました。
「ありがとうございます、ドグラス」
「なあに、これくらいは朝飯前だ。そんなことより、これも汝が結界を張ってくれなければ、実現させられなかった。結界を張っておかなければ、中にいるそいつごと、破壊してしまうかもしれなかったからな」
ニヤリとドグラスが笑います。
彼は私がモルグレイドの体内に侵入し、バロックさんに結界を張った後、モルグレイドのお腹に衝撃を与える役目を担ってくれていたのです。
「まだ終わっちゃいないわよ、エリアーヌ。その魔物、まだ死んでないわ」
レティシアが緊張のこもった目で、モルグレイドを見上げます。
モルグレイドは体をくの字に曲げ、苦悶の悲鳴を漏らしていましたが、死んでいません。
ドグラスの一発では、モルグレイドを完全に倒すことは出来なかったというわけですか。
「エリアーヌ、いけるかい?」
「はい」
ナイジェルの問いかけに、私はそう頷きます。
「うむ。我一人でやってしまってもいいが……トドメは汝ら、二人に任せよう。冒険のクライマックスは、船長によって彩られるべきだからな」
ドグラスからの信頼にも、私の頷きで応えます。
「エリアーヌ! 僕に女神の加護を!」
「任せてください! ナイジェル、魔物のモグラさんをやっつけてください!」
手をかざし、女神の加護をナイジェルに授けます。
──ナイジェルの体が、神々しい光に包まれます。
女神の代行者である私は、ナイジェルに女神の加護を付与することが出来ます。
その力は強大なもの。悪きものが女神の加護を宿せば、たちまちその身が灼かれるでしょう。
ですが、ナイジェルは女神の加護に完全適応した人間の一人です。
ここまで力が引き出せるのは、私が彼と心で通じ合っているおかげでしょうか。
「船長の命令は絶対なんだ。悪く思わないでくれよ」
そう地面を蹴り、ナイジェルは剣を振り上げます。
そして、モルグレイドの頭上の剣の一撃を放ち、この戦いに終止符を打ったのでした。





