真の聖女である私はトレジャーハンターになりました8
「なにをするつもりかしら?」
ぎょっとして、バロックは振り返る。
そこには──呪術士の少女、レティシアが不機嫌そうな顔で腕を組んで立っていた。
「ど、どうして、お前がここに?」
「お人よしのエリアーヌならともかく、わたしはあんたのことを端から信頼してないの。悪いけど、気付かれないように呪わせてもらったわ」
説明するレティシア。
それを聞き、バロックは全てを悟る。
(尾けられてたんだ……!)
聞いたことがある。
一流の呪術士は、呪いの痕跡を辿ることが出来るのだと。
自分はレティシアという少女に信頼されていなかった。自分の行動は、全て彼女に筒抜けだったのだ。
バロックはハーモニカを強く握ったまま、一歩後ずさる。
「寝付けなくて散歩……ってわけでもないでしょう? わざわざハーモニカを奪って、ここまで走ってくる必要がないからね。あんた──わたしたちに教えてない情報を知ってるんでしょ? さっさと口をわりなさい」
「……っ!」
「誤魔化しても無駄。わたし、他人の嘘を見抜くのが得意なの。少しでも変なことをしたら、すぐにこのままあんたを呪い殺してあげる」
そう言って、口角を吊り上げるレティシア。
そんなレティシアの表情が、どこか酷く蠱惑的に思え、バロックは彼女から目が離せなくなっていた。
(ブラフかもしれねえが……ここで嘘を吐くのは得策じゃねえな)
「……この宝は、ただ持っていても発動しねえ。島の頂上で掲げて、願い事を念じる──その必要があったんだ」
「なるほどね。伝説のお宝で叶えられる願い事は、一つだけ。だから、あんたはわたしたちに黙って、ここまで来たってわけ」
「ああ。すまない……」
「わたしに謝罪なんて必要ないわ。わたしなんかより、あんたを信じたエリアーヌに謝りなさい。だけど──そこまでして、あんたが叶えたいことってなんなの? 宝は売って、お金に換えるんじゃ?」
とレティシアはバロックを問い詰める。
バロックはいかにこの状況を潜り抜けようか──と思い、口をパクパクとさせ、やめた。
彼女の戦闘能力は船上で見ている。バロックがここでいかなり抵抗をしても無駄だ。嘘を吐いても、彼女の言った通りに呪い殺されるだけだ。
観念して、バロックは再び口を動かす。
「……娘がいたんだ」
肩を落とす。
「名前はマヤっていう。とても可愛いヤツだった。どんな手段を用いても、この子を守りたい──そう思うほどに。だから、オレは亡くなった妻の分まで、娘を育てようと思った」
「ふうん、そうだったの。だけど、あんたの口ぶりじゃ──」
「ああ。娘はもう死んだよ」
バロックはわなわなと震える左手に視線を移す。
「言ったと思うが、オレの島は貧乏なんだ。漁業しかろくに取り柄がねえ。だが、オレららはただの漁師。島の外に魚を売り出すことは不得手なんだ」
「まあ、よくある話よね。それで?」
「いつしか、娘にろくに食事も取らせてやれなくなった。しかも娘は病弱だった。ただでさえ体が弱いのに、満足に食事を取ることも出来なくなったら……どうなる?」
あの時のことはまだ覚えている。
徐々に衰弱していく娘。
薬を買おうにも、そのお金を稼ぐことも困難。
最後の方はベッドで寝たきりになり、ほとんど喋れなくなっていた。
死ぬ瞬間、娘は驚くほど細い腕をバロックに伸ばし、
『お父さん、ごめんね』
──と言った。
それが、娘の最後の言葉だった。
「オレは……! ずっと後悔しているんだ。娘がオレの娘でなかったら、もっと幸せだったかもしれねえ。元気に走り回っていたかもしれねえ。だが、オレがバカだから……っ! 娘を死なせちまった。謝りたいのはオレの方だ。お前を幸せに出来なくて、すまん──と」
「…………」
レティシアは黙って、バロックの話に耳を傾けている。
同情してくれれば儲け物だが、その望みも薄いだろう。
レティシアという少女からは、そんな甘さはみじんも感じ取れないからだ。
(エリアーヌ……っていう嬢ちゃんなら、別だったかもしれねえがな。だが──諦めるわけにはいかねえ)
膝から崩れ落ち、一回りも二回りも歳の離れている少女に、バロックは懇願する。
「頼む……! このお宝はオレに譲ってくれ。オレは……娘を蘇らせたい。望みが叶ったら、オレは死んでもいいんだ! その時は、オレを呪い殺してくれ!」
「はあ……バカじゃないの。あんたをそこで殺して、わたしになんの得があるのよ。まあ、情状酌量の余地はありそうだけどね。だけど、なんの断りもなく──」
レティシアがそう言葉を続けようとした時であった。
ゴゴゴ……っ!
大地が震える。
「また地震!?」
身構えるレティシア。
昼頃にも似たような地震があった。その時よりも数段、大きい地震のように感じた。
(いや……地震っていうより、直接揺らされているような感じがするな。震源地は……真下?)
ぞっとして、バロックは下を見る。
しかし遅かった。
ドドドドド……っ!!
突如、地面の下から黒くて大きい生き物が現れ、バロックを丸呑みしてしまった──。
◆ ◆
「きゃっ──!」
思わず飛び起きてしまいます。
船全体が揺れています。立っていられなくなるほどの衝撃に、私は近くのものにしがみつきました。
「エリアーヌ! 大丈夫かい!?」
「はい!」
ナイジェルも目が覚め、私の体を気遣います。
そして、異変に気が付いたのは私たち二人だけではありません。
「一体、なんなのだ……?(ドグラス)」
「この地震、昼の時と同じだぞ!(フィリップ)」
「怖いの……(セシリー)」
「レティシアはどこだ!? レティシアは無事なのか!?(クロード)」
ドグラスとフィリップ、セシリーちゃんとクロード──他のみんなも飛び起き、戸惑いの声を発します。
「異変は島の方からみたいです」
外に出て、魔力を探知し、私は島の──頂上へと顔を向けます。
「あそこで、なにかが起こっているようです。それに……これは呪い? レティシアとバロックさんの姿が見えませんし、二人はそこにいるんでしょうか」
「な、なんだって!? ボ、ボクはすぐにレティシアを助けに──」
「待ちなよ」
即座に船から降りようとするクロードを、ナイジェルは制します。
「君一人に行かせるわけにはいかない。僕も付いていく」
「私も、です。なんにせよ、この異変を見過ごすわけにはいきませんし、バロックさんの行方も気になります」
「ガハハ! 我らがいれば、危機などないにも等しい! 仮にどんな脅威が待ち受けていても、我がねじ伏せてやろう」
「みんな……」
ナイジェルと私、ドグラスの言ったことに──クロードは目に涙を浮かべます。
「私たちは、島の異変の元に向かいます。フィリップ、あなたはここでセシリーちゃんを守ってくれますか? セシリーちゃんを危険かもしれない場所に近付けるわけにはいきませんので」
「任せてくれ」
「お姉ちゃん、にいに、頑張ってなの!」
頷くフィリップと、ぎゅっと拳を握るセシリーちゃん。
フィリップは精霊王で、セシリーちゃんは二人目の聖女。
異変に近付きさえしなければ、きっと大丈夫でしょう。
私は二人に頷きで応え、島の頂上へと急ぎました。
そして、私とナイジェル、ドグラスとクロードの四人は島の頂上に到着。
そこでは、とんでもない光景が目に飛び込んできました。
「な、なんだ、あれは!?」
クロードが驚愕の声を上げます。
私たちの前にいるのは、巨大なモグラのような生き物。
口は大きく横に裂け、まるで蛇のように広がっています。私たちを丸呑み出来るくらい、巨大な口です。
そして、レティシアがその謎の生物を前に、一人で戦っていました。
表情は疲労で歪んでいますが、怪我はしていません。
「モルグレイド──か」
ナイジェルが声を零します。
モルグレイド。
私も聞いたことがあります。
いつも地面の下に潜っている魔物の一種だ……と。
その強さは街一つを壊滅させるほどで、モルグレイドを災厄として見なしている人々もいます。
思えば、昼の──そして先ほどの大地の振動は、このモルグレイドが原因だったのかもしれませんね。
とはいえ。
「ほお……なかなか面白い魔物だな。だが、我を満足させる“強きもの”ではない。この程度の魔物、上級魔族に比べれば、ただの雑魚だ」
期待はずれだったのか、ドグラスが肩を落とします。
そうなのです。
私たちは今まで、上級魔族や魔王──邪神《白の蛇》と戦い、勝利を収めてきました。
しかも、今はほぼベストメンバー。
いくら相手が強力な魔物でも、後れを取るはずがありません。
しかし──いえ、“だから”と言うべきでしょうか。
レティシアがモルグレイド相手に苦戦しているのに、違和感を覚えます。
「レティシア! あなたなら、一人でもその魔物を倒せるでしょう? どうして、手を抜いているんですか。それにバロックさんはどこに──」
「あのバカは、この木偶の坊に呑まれたのよ! こいつなんてすぐにでも倒せるけど、そうなったらあいつもタダじゃ済まないわ!」
「な、なんだって!?」
驚くナイジェル。
なんてこと──バロックさんは、モルグレイドの中に──。
ということは、既に消化されてしまったのでしょうか?
最悪の事態が頭によぎり、私は言葉を失います。
「……安心して。あいつはまだ死んでないわよ。どうやら、ギリギリ消化されずに、こいつのお腹の中で留まってるみたい」
立ち尽くしている私に、レティシアは安心させるように声をかけます。
「実はこいつに、呪いをかけててね。あいつが死んだら、すぐにでもわたしに分かるようになってるの。そうなっていないってことは……生きてるってことよ」
「よ、よかったです!」
呪いを──と気になることを聞きましたが、今はそれを問いただしている場合ではありません。
「ですが、どうしてレティシアとバロックの二人は、ここに──」
「あのバカが宝を独り占めに──って、あぁ!」
レティシアがなにか言葉を続けようとしますが、モルグレイドの強襲にあい、途中で中断します。
モルグレイドの大きな爪が、レティシアに振るわれます。
ですが、即座に私は彼女の前に結界を張り、ことなきを得たのでした。
「ありがと、エリアーヌ」
モルグレイドと距離を取り、礼を口にするレティシア。
「……だったら、まずはモルグレイドの中にいるバロックの救出だね」
ナイジェルが顔を引き締めます。
「だが、どうするつもりなのだ? 腹をかっ開くか? その衝撃で、バロックごと引き裂かないという保証はないぞ。それに少しでも衝撃を加えれば、モルグレイドの消化器官が活性化し、バロックの命が途絶えてしまうかもしれぬ」
ドグラスがモルグレイドの攻撃を見定めながら、そう口にします。
彼の言っていることは、ごもっともなこと。
バロックさんが中にいる以上、あまり手荒な真似は出来ません。
モルグレイドにあまり衝撃を与えず、かつバロックさんをお腹の中から救い出す。
一見、不可能なことのようにも思えました。
しかし。
「みなさん、私に策があります」
冷静に努め、私はみなさんに対してそう告げました。





