269・ヴィンセントの使命
魔導銃から放たれる魔法弾。
相手の魔力が切れる気配はない。そもそも、底などないかもしれない。
ヴィンセントはシアドと戦いながら、考えていた。
(これが……凡人の限界か)
思えば──自分という人間の前には、才能という壁が立ち塞がっていた。
ナイジェルやドグラス、隣国の王太子妃レティシアと違い──ヴィンセントは普通の人間。
なにかに特化した力もない。
それなのに、一人で上級魔族に勝とうとした──本来ならば絶望的である。
(凡人にはきつすぎる戦いだな)
これは走馬灯だろうか。
戦いの最中だというのに、ヴィンセントは亡くなった父が、自分に残した遺言を思い出していた。
『お前の使命を果たしなさい』
短い一言だった。
父が亡くなったのち、ヴィンセントはすぐに公爵領の領主となった。
領民を守ることに必死で、長らく答えを見つけることが出来なかった。
しかし──ようやく、その答えが見えた。
そしてそれを果たすためには、命を賭さなければいけないことも。
(あれは……ナイジェルとエリアーヌが話している時だったな)
目の前の戦いに集中しなければならない。
それなのに、どうして自分はこんなことばかり考えるのだろうか──。
不思議に思いながら、それでもやめられない。
──宝物庫前で武器を見繕っている際、エリアーヌがヴィンセント達の前に現れた。
しかしその表情は、少し無理をしているようにも見える。
誰よりも平和を願い、人一倍責任感が強い彼女にとって、今の状況は耐え難いもののはずだ。
きっと責任を感じているに違いない。
それはナイジェルも同じことを感じたのだろう。
エリアーヌが去ろうとする前、ナイジェルは彼女を抱擁した。
彼女が纏っていた張り詰めた空気が、幾分か緩和されていく。
(二人とも、幸せそうだな)
そう思い──同時に、
(そうか──分かった)
ヴィンセントは雷が当たったかのような衝撃を受けた。
(私はこんな、なにげない『幸せ』を守るために、今まで生きてきたんだ)
天啓というのがあるとするならば、まさしくこのことだろう。
『お前の使命を果たしなさい』
父がそれだけしか言葉を残さなかった理由が分かった。
そんなものは自分で見つけなければ意味がないからだ。
(私は……特別な人間ではない。ナイジェルのように、国を導いていけるだけの度量もない)
ならば、自分のすべきことはないのか?
否──違う。
きっと、私はこのなにげない風景を守らなければならないのだ。
ナイジェルのようでなければ──手の届く範囲の『幸せ』を守っていけばいい。
ようやく父が残した遺言の答えも出て、ほっと安心したが──同時に惜しい気持ちにもなった。
幸せの続きを、自分は見ることが出来なさそうだったからだ。
「……さっきから粘ってるけど、まだ僕に勝てるつもりでいるのかな? 面倒だから、そろそろ諦めてくれない?」
上級魔族──シアドが怠そうな口調で問いかけてくる。
「諦めるわけ……ないだろう。刺し違えてでも、ここで貴様を止めるつもりだ」
「へえ……相打ち覚悟ってことか。これ以上は鬱陶しいし……しゃあない」
シアドはそう言って、なんと持っていた魔導銃を放り捨てたのだ。
「……どういうつもりだ」
「楽したいから、わざわざ人間が使う魔導具で戦ってたんだけどね。でも、これじゃあ君を捉えきれないみたいだ」
ここで楽しいことを言うけど──とシアドは続けて、
「僕、こんな玩具を使わない方が強いんだ」
魔力が放出される。
シアドの周りに複数の魔法陣。それから、先ほどの魔導銃よりも一段階も──二段階も強い、高威力の魔法弾が放たれた。
「手加減していたということか……!」
「ま、そういうことかなあ。とはいえ、これはとっても疲れるんだ。眠くなっちゃう」
巫山戯た魔族だ──戦いを愚弄している。
(しかし私は──こんな巫山戯た魔族に、負けようとしている)
とうとう『敗北』の二文字が頭をよぎった時、それは突如聞こえた。
──ぐすっ、ぐすっ。
子どもの、すすり泣くような声。
嫌な予感が走り、ヴィンセントは後ろに顔を向ける。
建物の瓦礫のせいで死角になっている部分──男の子が座り込んでいた。
「あれ? こんなところにもまだ人間が残ってたのか。目障りだから、先に殺しちゃおうか」
まるで、目の前を飛び回る虫を払いのけるかのように──シアドは宣言した。
刹那、シアドの放たれる魔法弾が男の子に伸びていく。
(逃げ遅れた者か! まずい!)
無力な子どもでは、魔法弾を避ける術はない。
「うおおおおおおお!」
気付けば、獣のような咆哮をし、ヴィンセントは男の子に向かって駆け出していた。
──間に合う!
だが、男の子を抱えて逃げる時間は許されない。
咄嗟にヴィンセントは体で男の子をかばった。
ヴィンセントの背中に魔法弾が被弾する。
「……っ!」
強烈な痛みが襲ってくる。
次に訪れたのは「自分はここで死ぬ」という確信であった。
致命傷だ。助からない。
「バカだねえ。そんな子どもを助けるなんて。だけど、おかげで助かったよ。ようやく終われる」
シアドの呆れるような声が、やけに遠く聞こえる。
「お、お兄さん……ご、ごめん……」
「大丈夫……私はへっちゃらだ。謝る必要なんてない。もう……目の前で人が死ぬのは嫌なんだ」
偉大なる父の死を前にして、無力感に打ちひしがれていた時のように──。
「トドメだね」
しかし奇跡は起こらない。
振り向かなくても分かる。シアドが追撃の魔法弾を放とうしているのだ。せめてこの子だけは守ろう。ヴィンセントはそう思った。
(ナイジェル……すまん。私は……自分の使命を果たすことが出来なかった……)
意識が離れ、それでも誰かを守ろうとする意思。
それは──奇跡を呼び寄せた。
『大丈夫。ヴィンセント様、あなたは弱くありません』
何故か、頭にエリアーヌの声が響いた。
(なんだ? これは──)
戸惑っている間にも、魔法弾が迫りくる。
(そうだ──私はまだ剣を握っている)
強く握りすぎたせいで、離したくても離れなくなっているのだ。
ならば振るわない道理はないだろう。
きっかけは、そんな単純な理論。
ヴィンセントは魔剣を振るう──。
シアドに通用するはずがないと思われた彼の剣。
だが、奇跡の一閃はシアドの魔法弾を斬り裂いた。
「え……?」
とシアドの口から声が漏れる。
ヴィンセントは不思議な感覚に囚われていた。
(剣から……力が伝わってくる?)
無論、こんな感覚は初めてだ。
ヴィンセントは握っている魔剣に視線を落とす。
水晶色の刃は光り輝き、まるで雛が卵の殻を破るかのように、中から灼熱の色をした刀身が現れた。
その時、ヴィンセントは全てを理解する。
『ヴィンセント様のご無事を祈らせてください──あなたに女神の加護があらんことを』
時間差で女神の加護が発動したのだ。
剣から女神の加護が伝い、背中の痛みが和らいでいくのを感じた。
(奇跡が……起こった……。女神の加護には適合しなかったというのに、死を覚悟して、こんなことが……)
おそらく、きっと──自分の強い想いが、女神の加護に反応したんだろう。
「……はあ。面倒だ。それって女神の加護ってやつだよね? なんで、君に適合してるのさ」
とシアドが状況を理解したのか、溜め息を吐く。
「どちらにせよ勝敗は変わらないけどね。君のその剣は、もう十分に見させてもらったし」
「──氷の魔剣のことか?」
「ん? それ以外になにがある? そんなしょっぼい氷で、僕を倒せるとでも?」
「ならば勘違いしている。この魔剣を見るのは、今が初めてのはずだ。私も貴様も……な」
「はあ?」
シアドの問いに答える間もなく、ヴィンセントは踏み込み、彼と距離を詰めた。
「……! 速い。これが女神の加護──」
「気付くのが遅すぎた」
一閃──。
魔剣を振るうたびに、火花と共に轟音が鳴り響く。
炎と煙が舞い、地面が焦げ、空気が焼けるほどの熱気が漂っていた。
それほどまでの威力だというのに、ヴィンセントと彼が救った男の子は炎に触れていないかのごとく、一切の傷はなかった。
「はあああああ!? なんだよ、それ──炎!? しかもさっきの、しょぼい氷なんかより数段強い──」
ここにきて初めて、シアドの焦る顔を見る。
氷の魔剣は、業炎の魔剣として生まれ変わった。
魔剣から放たれる灼熱に、シアドは対応出来ない。
「ちょっ……っ!」
さすがに状況が悪いと判断したのか、シアドが距離を取ろうとする。
「面倒面倒面倒面倒面倒!」
何度も何度も、「面倒」と口にするシアド。
だが、既に勝敗は決していた。
「たとえ地獄に行こうとも、この炎は貴様を逃さない」
ヴィンセントは続けて業炎の魔剣を振るった。
先ほどまで、絶望すらも感じていた魔族相手ではあるが……不思議なことに、今は負ける気がしなかった。
灼熱に焼かれシアドが変貌していく。彼が反撃の魔法弾を放っても、魔剣の炎が全てを防いでしまった。
「ず、ずるいじゃん……」
「なにがだ?」
「実は炎の魔剣でした、って聞いてない──」
「ふっ」
ヴィンセントは笑い、親友の顔を思い浮かべる。
「ん? 言ってなかったか?」
シアドを見下し。
ヴィンセントはナイジェルの口癖を謳って、最後の一撃をシアドに放った。
炎に包まれ、シアドの体が消滅する。
上級魔族とはいえ、最後は呆気ないものだった。
「はあっ、はあっ……まさか、まだ私が生きているなんてな」
死ぬ覚悟だった。
いくら女神の加護があったとはいえ、命の灯火をすり減らしながら剣を振るった。もう戦えそうにない。
しかし──生きている。
「お兄さん! 大丈夫!?」
ふらふらと倒れるヴィンセントを、先ほど助けた男の子が支えてくれる。
(そうか……よかった。私は守ることが出来たんだ──)
ヴィンセントは彼の頭に手を乗せる。
「大丈夫だ。怪我はないか?」
「うん。お兄さんが守ってくれたし、炎? が見えたんだけど、全然熱くなかったし……あ、でも、温かったよ! すっげー!」
男の子が笑顔になる。
やはり──魔剣が生まれ変わった時、この力の正体が頭に雪崩れ込んできたが、なんでもかんでも焼く魔剣ではないらしい。
いわば、邪悪なものだけを屠る魔剣。
王城の宝物庫で何年も眠っていただけのことはある──とヴィンセントは思った。
「名前を……聞いてもいいか?」
「バリー!」
「バリー……か。良い名だ」
そう言って、ヴィンセントは微笑みながら男の子の頭を撫でる。
「……少し休ませてくれ。少ししたら、君の友達を探しに行こう」
「うん!」
座るヴィンセントに、男の子が寄りかかってくる。
ヴィンセントは彼に聞こえないように、小さく悪態を吐いて、戦いを締め括った。
「面倒面倒……何度もヤツ言っていたな。だが、シアド──貴様が一番面倒だ」





