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251・戦いの火蓋

「ふー、噂の呪術士の子か。君も僕と戦いたいのかい? モテる男は辛いね」


 レティシア達の登場を前にしても、シアドは余裕を崩しません。


「噂の……ってことは、わたしを知ってるの?」

「もちろんだよ。君のことは()()から聞いている。ベルカイムに紛れ込んだ毒虫ってね」


 毒虫という言葉に、クロードが顔に怒りの色を浮かばせて、


「な、なんだとお!?」


 とシアドに食ってかかろうとします。


「クロードは退がってなさい。あの魔族には、わたし達がレディーの扱い方をよ〜く教えてあげるわ」


 しかしそれをレティシアは手で制止して、魔族を鋭い目つきで見据えました。


 ドグラス──そして私とカーティスも前に出ます。

 これほどの大群を前にしているというのに、みんなと一緒なら恐怖を感じませんでした。


「呪術士の子もいるんなら、僕も戦わないとさすがにきついね。新しく仕入れた武器の試運転もしてみたいし、やるしかないか」


 やれやれ──と肩をすくめるシアドに、ドグラスが間髪入れずに襲いかかります。

 しかしシアドはその殺気を真正面から受け止め、胸元から妙なものを取り出す。


 長細い筒状の武器。

 彼がそのスイッチらしきものに人差し指を引っ掛け、くいっと動かすと、魔法弾が発射されました。


「ちっ」


 迫り来る魔法弾をドグラスは槍で弾き落とします。


 ですが、その隙にシアドは距離を取り、飄々とした様子で私達を見下ろしました。


「妙なものを持っているな。魔族の間で使われている武器か?」

「いいや、魔族はこんなものを使わないよ。これは人間の()()()()で作られた武器。ひょんなことから手に入れて、使わせてもらっている。魔導銃──って言うんだけどね」


 とシアドが答えます。


 魔導銃……聞いたことがない武器です。

 少なくとも、リンチギハムやベルカイムで開発されたものではありません。


「ドグラス、気を付けてください。先ほどの魔法弾、一発でも当たればタダでは済みません」

「分かっておる」


 不遜な態度で、ドグラスはそう返事をします。


 こうして戦いの火蓋が切って落とされました。



 ◆ ◆



「ナイジェル! 大丈夫か! へばってるんじゃないだろうな!」

「うん! そっちこそ!」


 王城──。

 僕は剣を振いながら、ヴィンスと発破をかけ合う。


 もう少しでこの場にいる魔族を掃討出来る──僕は気合いを入れ、さらに強く剣を握ると……。


「……っ!?」


 突如、地震が起こった。

 立っていられなくなるほどの地震だ。体勢を崩し、その場に膝を突いてしまう。


「ナイジェル!」


 フィリップの声が聞こえた。


 迫り来る魔族の攻撃が、やけにスローモーションに見え──。



「オオ──────ン!」



 遠吠え。

 次の瞬間、魔族が横に吹き飛ばされた。


 横から体当たりをかましたのは、誇り高き神獣──フェンリル。僕達の大切な仲間、ラルフである。

 猛烈な衝撃を受けた魔族は、もう立ち上がってこなかった。


「ラルフー!」


 セシリーもラルフに気が付き、すぐに駆け寄る。

 ラルフの柔らかそうな毛並みに顔を埋めるセシリーは、幸せそうだった。


「ラルフ、来てくれたんだね」


 僕はそう声をかけ、ラルフの体を撫でる。


「助かった、ラルフ。助太刀感謝するぞ」

「おかげで、こちらも片付いた」


 ヴィンスとフィリップも寄ってきて、そう口を動かした。


 あらためて周囲を見渡せば、床には無数の魔族が倒れていた。

 生きている魔族はおらず、ようやく場は落ち着きを取り戻した。


「みんな、ありがとう。君達のおかげで、なんとか窮地を凌げたよ」

「礼などいらぬ。それより……」


 とヴィンスは宝物庫に視線を移す。


「ようやく、宝物庫の中に入れそうだ。神剣が無事か確認しにいくぞ」

「そうだね」


 僕達は駆け足で宝物庫の中に足を踏み入れる。


 そこには──。



「し、神剣が砕け散っている!?」



 台座から抜け落ち、見るも無惨な姿になっている神剣が床に転がっていた。


「やはり……か」


 フィリップが隣に立ち、思案顔になって顎に手を置いた。


「先ほどの揺れ──ただの地震ではなさそうだ。同時に邪悪な魔力が爆発した。しかも見覚えのある魔力だった。ベルカイムで一度、感じたことがある」


 フィリップの言う通りだ。

 彼は一度だけしか体感していないと思うが、僕やセシリーは何度か肌で感じたことがある。


「魔王……だと思うの」


 そう一言、呟いたのはセシリー。

 彼女は震えた声で言って、僕の後ろの方を指差した。


「感じる……怖い魔力が城の上──あっちの方にあるの」

「そっちの方角は玉座の間だね」


 もっとも、魔族が襲来したと同時に、陛下も避難しているはずだ。

 すぐに被害が出ることはないが……無視するわけにもいかない。


「僕は玉座の間に向かう。ラルフはセシリーを安全な場所に。ヴィンスとフィリップは、他の場所にいる魔族を退治してくれるかな?」

「それはいいが……」


 問いかけると、フィリップが心配そうな声音でこう言う。


「君一人で大丈夫なのか? 神剣が砕け──邪悪な魔力が現れた。それはすなわち……」

「うん、魔王が復活した可能性が高い──と考えられるね」


 僕の口からその可能性を告げると、雰囲気がピリッと引き締まった気がした。


「だけど玉座の間にだけ戦力を集中させて、他をおざなりにするわけにもいかないからね。君達が後ろで戦ってくれるだけでも、安心して向かえるというものさ」

「だが……」

「全く──お前は相変わらず、一人で解決しようとするな」


 フィリップの声を遮るように、ヴィンスが溜め息を吐いて、一歩前に出た。


「次期国王を一人で行かせるわけにはいかないだろう──私も行く」

「それは……」

「なんだ? 私では足手まといだと?」

「……ごめん。そうだね、ヴィンスも一緒に来てくれるかな?」


 ヴィンスとは学院時代、一緒にダンジョンを踏破したこともある。戦いにおいては、僕を一番理解してくれるはずだ。

 彼が来てくれるのは、素直に心強かった。


「にぃに! セシリーも行くの!」

「ありがとう。だけどこれ以上、セシリーを危険な目に遭わせるわけにはいかないよ。それに──この国には聖女は二人いる」


 セシリーの頭を撫でて、僕は彼女の顔を思い浮かべる。


 エリアーヌ。


 これだけ時間が経っていれば、彼女も異変に気付き、王都に戻ってきているだろう。

 合流出来るまで待つ余裕はないが、直に彼女も来るはず。


「セシリー、フィリップ。そしてラルフ。そっちは任せたよ。僕は──ヴィンスと共に玉座の間に向かう」


 力強い言葉をかけると、ラルフが『任せろ』と言わんばかりに、鼻で息をした。

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