250・偽の聖女はリンチギハムの地に足をつける
時は魔族が襲来する──少し前に遡る。
レティシア達は馬車に揺られ、リンチギハムの王都を目指していた。
目的はもちろん、ナイジェルの王位継承の儀を見届けるためである。
とはいえ、王位継承当日までにはまだ日数がある。
ゆえにのんびりとした、馬車の旅を楽しんでいたが……。
「なんで村にスパイの悪魔を紛れ込ませてたのに、簡単にバレんの!? また負けたじゃない!」
レティシアはそう叫び、馬車の床にカードをぶちまけた。
「君の嘘はバレやすいからね」
「そんなこと言われんの、初めてなんだけど!?」
クロードに対して、レティシアは抗議の声を上げる。
レティシアとクロード。
クロードはベルカイム王国の第一王子。そして、レティシアはその王太子妃である。
かつて、敵としてエリアーヌの前に立ち塞がった二人。天才呪術士であるレティシアは、エリアーヌ達を苦しませた。
しかし今となっては、エリアーヌ達と二人は和解し、良き友人である。
特にレティシアはエリアーヌと定期的にお茶会を開くほど。
ゆえにレティシアとクロードの二人が王位継承の儀に招かれるのは必然だ。
──二人が興じているのは、最近ベルカイムで流行っているカードゲーム。
村を運営し、発展させていくゲームだ。
だが、その中に一人悪魔が紛れ込んでいる。悪魔は嘘を吐き、人間の中に紛れ込んで、村陣営を壊滅させなければならない。
王都に辿り着くまでの暇つぶしとして始めたゲームではあるが──レティシアは何度もクロードに嘘を看破され、一度も勝つことが出来ていなかった。
そしてカードゲームに興じているのは、二人だけではなくて……。
「カーティスはどう思うのよ」
馬車の中にいる三人目の人物。
カーティスに向けて、レティシアは問いを投げかけた。
「私は全く分かりませんでした。てっきり、レティシア様は村陣営か……と。いつもレティシア様を見ているクロード様だからこそ、嘘を見破れたんですね」
「ふふんっ、そうだろう」
彼の言葉に、クロードは得意げな表情になった。
カーティスはベルカイムの騎士団長である。
真っ直ぐな性格で、こうしたカードゲームをしている際にも真面目にプレイしていた。
(楽しんでいないわけではないと思うけど……)
とレティシアは内心思いつつ、こう口を開く。
「それにしても……カーティスが付いてこなくてもよかったのに。わたし達、二人だけで十分だったわ」
「なにをおっしゃいますか。あなた達は王子と王太子妃。二人だけで旅をさせるわけにはいきませんよ」
とカーティスから言葉が返ってくる。
カーティスは今回、レティシア達の護衛ということになっている。
とはいえ、レティシア自身も上級魔族を前にしても引けを取らない呪術士。
カーティスとレティシアの二人がいれば、旅の安全は保障されたようなものである。
「そろそろ王都に着くだろうか」
カードを片付けながら、クロードがそう声を漏らす。
「そうね」
「予定より、少し遅れてしまったな」
「あんたが途中でキレイな湖に立ち寄ったせいでしょ? あんなことをしなかったら、もうちょっと早く着けたわ」
「い、いいじゃないか。君だって楽しんでた。水をかけ合っていた時、誰よりもはしゃいでいたのは覚えてるぞ? カーティスは黙って、ずっと見てるだけだったが……」
「……っ! うっさいわね。過去の些細なことを持ち出してくる男は嫌いだわ」
ぷいっと顔を背けるレティシア。
「ご、ごめん、レティシア! そんなつもりはなかったんだ。ボクは誰よりも君のことを愛してるから許して!」
そんなレティシアの機嫌を取ろうと、クロードはあたふたする。
もっとも、レティシアとて本気で怒っているわけではない。慌てるクロードが可愛くて、ちょっと意地悪をしているだけだ。
「……雨が降りそうですね」
二人のやり取りに眉一つ動かすことなく、カーティスが窓の外を眺めて呟く。
「ほんとね。湿気のせいで、髪型が崩れるから雨は嫌いだわ」
「湿気で髪がくるんくるんになってるレティシアも可愛いよ!」
フォローになっているのかいないのか、よく分からないことを言うクロード。
なんでこの男は、時たま女心を分かっていない言動をするのだろうか──レティシアがそう考えていた時であった。
大きい雷鳴が周囲に響いた。
「なんだ!?」
クロードは驚いて、床に手を突いてしまう。
「クロード殿下、ご安心ください。ただの雷ですよ。馬車は無事です」
とカーティスは馬車の小窓を眺めながら、そう口にする。
しかし──その中でレティシアは誰よりも深刻そうな顔をした。
「雷とほぼ同時……怨念が爆発したわ」
怨念という言葉を聞き、クロードは一瞬で表情を様変わりさせる。
先ほどまで弛緩していた空気が嘘のように引き締まった。
「怨念? それって……」
「ええ、呪いってこと。しかも生半可な呪いじゃないわ。もっと強力なもの──そう、たとえば魔族とかね」
レティシアはそう言いながら、怨念──呪いの爆心地を探る。
馬車でもう少し行った先だ。
方角的にはリンチギハムの王都と重なる。王都でなにかが起こっていることは確かであろう。
「殿下、レティシア様、どうされますか? 王都に危険があるのなら、すぐにこの場から離れ──」
「なにを言ってんのよ。王都の危機ってことは、エリアーヌ達が心配じゃない」
「親友がピンチかもしれないのに、ボク達だけが逃げ帰るのは考えられないな」
「……失礼しました。そしてお二人なら、そうおっしゃると信じていました」
二人が即断で下した答えを、カーティスは否定しない。
(カーティスって、いつもは真面目だけど、こういう時には柔軟になってくれるのよね。助かるわ)
とはいえ──レティシアの記憶の中にある昔のカーティスは、常に職務を全うしようとしていた。親友を助けるためとはいえ、リンチギハムには向かわせてくれなかっただろう。
しかし今はその限りではない。
これもエリアーヌと関わった影響かしら──とレティシアは思った。
「急ぎましょ」
馬車の速度が上がる。
程なくして、リンチギハムの王都に辿り着いた。正門前で馬車をリンチギハムの騎士団に任せ、レティシア達は三人で街に足を踏み入れる。
そしてそこで広がっていた光景は、予想通りのものであった。
「魔族で……! 溢れかえっているわ!」
思い返されるのは、一年以上前──ベルカイムを襲った、魔王復活の悲劇である。
あの時も街中に魔族が溢れ、レティシア達は戦いを強いられることになった。
「王城に向かおう。ナイジェル達はそこにいるはずだ」
「ご安心ください。二人は、私が命をかけてもお守りしましょう」
クロードとカーティスはお互いにそう言って、王城に向かって走り出す。レティシアもそれに追従した。
そしてエリアーヌ達と遭遇した──というわけである。





