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245・魔王の剣

「か、雷!?」


 地上から轟音が聞こえ、私はつい身をすくめてしまいました。


「外では雨が降り始めたのか? リアクションが大袈裟だぞ、エリアーヌ」

「お恥ずかしい……」


 ドグラスに指摘され、私は恥ずかしさで俯いてしまいます。


 それにしても……耳をつんざくような、すさまじい音でした。


「そんなことより──着いたぞ」


 先ほどの雷について考えていると、ドグラスが足を止めます。


 開けた場所。

 そしてその場所の奥には巨大な壁画が描かれていました。


「これはなんでしょうか?」


 右側には剣らしきものを持った人間(?)が描かれています。その周りには化け物の姿をした、有象無象の存在が。

 さらに一際大きい馬のような生き物が、剣を持つ者を守るように描かれていました。

 この部分を目にしただけでも、邪悪さが伝わってくるかのよう。


 そしてその左側には、悪き者に立ち向かうように、たくさんの人達が集まっています。

 人達は中央にいる女性に対して、祈りを捧げているように見えました。

 中央の女性の周りには光が描かれ、右側の邪悪さとは対照的に、神々しさすら感じました。


「文字らしきものも書かれていますね。でも……」


 所々欠けているせいもありますが、現在、一般的に使われている文字ではなかったので、読むことが出来ません。


 古代文字でしょうか?


 昔、本で見た文字に似ている気がします。


「どうしましょう……さすがに古代文字の解読は、私でも出来ません。重要なことが書かれているとは思うんですが……」


 そうです。今頃、フィリップがリンチギハム王都に着いている頃でしょうか?


 フィリップなら読むことが出来るかもしれません──そう考えていましたが、



「……ふむふむ。どうやらこれは、古代にあった聖女と魔王との戦いが描かれているようだ」



 私の隣で、ドグラスが顎に手を当て、何度か頷いていました。


「ド、ドグラス? あなた、古代文字が読めるのですか?」

「ん? まあこれでも、長生きしているものでな。だが、我が生まれた頃よりも、さらにもっと以前に書かれた文字のようだ。一部しか読めぬが、大体のことは分かる」


 と、さらりとした様子で言葉を返すドグラス。


 そうでした……。


 ドラゴンは人間と比べて、遥かに寿命が長い。

 少なくとも、ドグラスは二百年以上生きていますしね。

 私より古代文字に精通していても、おかしくありません。


「…………」

「なにを唖然としているのだ」

「いえ、あなたの意外な姿を見られて、ちょっと得した気分になっていました」

「バカだと思っていたのか?」

「そ、そこまでは言っていません」


 世間知らずだとは思っていましたが……。


「ドグラス、続きをお願いします」

「うむ、ここには──」


 とドグラスがゆっくりと語り始めます。



 かつて魔族の暮らす世界は、絶え間なく争いが続いていた。

 力こそが正義。力があれば、なにをしても許される。

 魔族界には数多くの勢力が存在しており、それぞれの力を誇示し合っていた。


 ──そんな中、人々の恐怖を源にし、突如として生まれた魔族がいた。

 この魔族はやがて『魔王』と呼ばれるようになり、乱れた魔族界を統一へと導いた。



「そんな経緯があったんですね」

「力こそが正義と考えるのは、ドラゴン族と似ているかもしれぬな。まあ、我らが住む世界は他の種族もいるし、ここまで極端ではないが──続けるぞ」



 魔王は魔族界を統治するだけでは飽き足らず、私達の平和な世界にもその影を伸ばし始めた。

 人々は力を合わせ戦ったが、魔王の力は強大だった。


 偉大なる剣聖は討たれ。

 真理をも知る賢者も、魔王の力に破れた。


 人々はとうとう絶望し、魔王の前に膝を突こうとした。


 しかしその時──この世界に救世主が現れる。


 それが聖女である。


 聖女は女神の加護を授け、我々に勇気と希望をもたらした。

 そして聖女は人々との『絆』を自分の力とし、魔王に立ち向かう術にした。

 だが、魔王が手にする剣の真の力は──。



「……ん? この部分、読めぬな。魔王の持つ剣は、なにかを断ち切ることが出来たと書かれているが……」

「読めないところは仕方がありません。続きをお願いします」

「分かった。大いなる──」



 大いなる戦いの後──聖女は自らを犠牲にした。

 その深い愛と犠牲の中で、魔王は封じられ、その脅威から世界を守ることが出来た。

 こうして世界は平和になったのである。



「……なるほど。ありがとうございます」


 私はドグラスに、そうお礼を言います。


「興味深いことは書かれていたが、この文章から新しい情報を得られたかと言うと──答えは否だな」

「そうですね」


 ここに書かれている聖女とは、始まりの聖女のことでしょう。

 彼女が自らを犠牲にし、魔王を封印したことは知っていましたし──これにはそのことが書かれているに過ぎません。


 ですが、たった一つ──。


「魔王が手にする剣……というのが気になりますね」


 ベルカイムで魔王を目にした時。

 復活した魔王は私達を丸呑みすることが容易なくらい巨大でしたが、その手には剣らしきものは握られていませんでした。


「うむ、せめてその部分が読めたら、なにか分かったかもしれぬがな。壁画に描かれている剣を持った人間らしき姿が、魔王ということだろうか?」

「そうでしょうか? 一見、神剣にも見えますし……」


 ですが、異形の者たちを従えて立つこの姿は?

 魔王に立ち向かっているようには、とてもじゃありませんが見えません。


 それに……。 


「こちらの馬らしき存在の方が、よっぽど魔王のようです」


 もっとも、見たまま描かれたわけでもなく、後世に伝わるように簡略化されている可能性も高いと思いますが。


「時の牢獄に入れる手がかりも得られそうにないな。やれやれ、無駄足に──ん?」


 残念そうな顔をするドグラスが、足元に視線をやります。


「薄暗くて気付かなかったが……ここにもなにか書かれているぞ。なになに……」


 私がドグラスの視線の先に灯りを近付けると、彼は難しそうな顔をして、古代文字を解読しようと試みました。


「……くっ、ただでさえ古代文字だというのに、損傷が酷すぎてまともに読むことが出来ぬ」

「一部分だけでも、なんとか読めませんか? あなただけが頼りなんです……!」

「急かすな──もう少し……お? “真の聖女”と書かれておる」


 ドグラスの言ったことに、私は無意識に前のめりになってしまいます。


 長命竜アルターは言っていました。



『始まりの聖女を含め、今までの聖女は全て紛いもの! “真の聖女”が生まれるための布石にすぎなかった!』



 アルターが二百年間、大きな動きを見せなかったのは、“真の聖女”が生まれてくるのを待っていたから──とも。


 結局、それ以上のことを聞く前に、アルターは死んでコアになってしまいましたが、彼の言ったことはずっと頭にこびりついていました。

 女神の声も相変わらず聞こえませんし、結局“真の聖女”の意味は分からずじまい。


 でも、まさかこんなところで繋がっているとは。


「続けるぞ──『始まりの聖女は“真の聖女”ではなかった。“真の聖女”とは女神と──』」


 ドグラスが続ける言葉に、私は固唾を呑んで耳を傾けました。

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