244・来訪者
「リンチギハムの王都へ、ようこそ。長旅だったと思うけど、疲れてないかな?」
王城。
僕──ナイジェルはつい先ほど王都に到着したヴィンスとフィリップに、そう声をかけた。
「問題ない」
表情一つ変えずに言うのはヴィンス。
彼は公爵家の当主で、現在は領主もしている。学院時代からの僕の親友だ。
冷たさを感じさせる言動から、『氷の公爵』と呼ばれることも多いけど、彼が誰よりも優しい心を持っていることを僕は知っていた。
正しい名前はヴィンセントっていうんだけど、親しい人はヴィンスと呼んでいる。僕もその中の一人だった。
「それに道中は、こいつとの討論で飽きなかったしな。人の政治とは勝手が違うかもしれないが──こいつも精霊の王。意外と実りのある話が聞けた」
「それは俺も同意だ」
ヴィンスの言葉に答えるのはフィリップ。
精霊の王であり、かつては自分の森を守るためにエリアーヌに助けを求めた。そして彼女がその問題を解決して以降、僕達は彼らと友好的な関係を築けている。
ヴィンスの領地から、フィリップが住む精霊の森は近い。
ゆえにここまで二人で馬車に乗ってきた──と聞いていた。
「そんなことより……王位継承は滞りなく進んでいるのか? ここまできて、やっぱりダメでしたじゃ、話にならないぞ」
ヴィンスが話題を変える。
「心配ありがとう。でも、順調だよ」
普段ヴィンスとフィリップはお互いの領地にいるから、僕もなかなか顔を合わすことが出来ない。
そんな二人が、こうして揃って王都を訪れている理由。
それはもちろん、近々行われる王位継承の儀を、見届けるためだ。
今の国王陛下──父上が、みんなの前で僕に王冠を被せる。
それによって、完全に王位が僕に継承されたことを民に示すのである。
前々から決まっていたこととはいえ、王が次代に移るのは、リンチギハムにとっても歴史的な一日。
ゆえにその日のために、街ではお祭りが開かれ、各地から要人も集まってきていた。
「ベルカイム王国からも、要人が訪れるのだったな。確か……」
「クロード殿下とレティシア王太子妃だ」
フィリップが言うよりも早く、僕がその名前を伝える。
「数日前に、ベルカイムの王都を出発したと聞いている。予定通りにいけば、そろそろ着く頃じゃないかな?」
「そうか。昔のことを思うと……ベルカイムと、こうした関係を築けているのは感慨深いな。戦争が始まりそうなほど、二国の関係は緊迫していたというのに」
フィリップの言う通りだ。
しかしリンチギハムとベルカイムが手を組むことによって、この二国はさらなる発展を遂げているのは幸いである。
「まあ、今日のところはゆっくり休んでよ。二人のために、泊まる部屋も用意してあるから──」
と言葉を続けようとした時──。
「ナイジェル!」
一人の男が慌ただしく駆け寄ってきて、僕の前で足を止めた。
「ゲルト、どうしたのかな?」
走ってきたというのに息切れ一つもしない彼に、僕はそう質問する。
「もうっ! 何回言ったら、分かるのよ。あたしの名前はマ・リ・ア!」
「あっ、そうだったね。ごめんごめん、マリア」
彼──マリア(ゲルト)は、リンチギハムの第二王子でもあり、現在は騎士として国のために戦っている。
いつもはあちらこちらの戦場にいるが、最近は王位継承の儀のために、王都に戻ってきていた。
マリアのことをあらためて観察すると、体の線は細く、繊細な動きや言動は女性そのものだ。
もっとも、彼はれっきとした男なんだけどね。
本来の名前はゲルトというんだけど、本人はマリアと名乗っている。だから僕が今みたいに名前を言い間違えると、機嫌を損ねるのだ。
「まあ、今はそんなことを言ってる場合じゃないわね。あんたの助けが必要なのよ」
「その様子だと、緊急事態なのかな?」
「ええ。神剣が保管されている宝物庫があるじゃない? あの場所から、黒いモヤが発生していて、徐々に広がっていってるのよ」
「黒いモヤ──」
それを聞き、緊張で体が強張った。
「なるほど──それは気になるね」
ベルカイムの地にて封印されていた魔王。
それはエリアーヌと神剣の力もあって、打倒された。
しかし魔王は完全に倒されていなかった。
魔王の魂は神剣に乗り移っていたのだ。神界で《白の蛇》と対峙した時に、魔王は僕の体を乗っ取り、再び世界を恐怖に染めようとした。
神剣をこのまま使い続けるのは危険。だからといって、どのような手段を用いても壊すことが出来ない。
なので神剣は一旦、王城の宝物庫に保存することになった。僕も先日のアルターのような特別な一件を除いて、そこには極力近付いていない。
「既にセシリーも宝物庫前にいる。だけど彼女だけじゃ、にっちもさっちもいかなくなって、あんたを呼びにきたってわけ」
「彼女の力はまだ不安定だからね。仕方ない」
「本当はエリアーヌが戻るのを待ちたかったけど……その間に事態が深刻になるかもしれないわ」
エリアーヌとドグラスは今、僕の代わりに古代遺跡に足を運んでくれている。
そこではファーヴを救う手がかりが見つかるかもしれないからだ。
「……分かった。僕が行くのはリスクもあるけど、その黒いモヤが城全体に広がってからでは遅い。僕も行くよ」
しかし──セシリーもいるとはいえ、僕達だけで対応することが出来るだろうか。
一抹の不安を感じていると。
「私も行こう。お前だけでは、また無茶をするかもしれないからな」
「俺もだ」
ヴィンスとフィリップが頷き合い、そう申し出てくれた。
二人とも、魔族と対峙したこともある実力者だ。
せっかく来てくれたというのに、手を煩わせてしまうことに申し訳なさを感じたけど、二人の力は本物だ。そう申し出てくれるのは有り難かった。
「助かるよ。マリアは他の場所を、引き続き警戒してくれるかな? 黒いモヤの影響が、他の場所でも起こっていないか確認してほしい」
「ええ、了解したわ」
マリアがそう言って、足早に僕達の前を去っていった。
「よし、僕達も急ごう──」
と駆け出そうとした瞬間であった。
──ドーーーーーン!
稲光が走り、外から雷が落ちる音が聞こえた。
「雨が降ってきたな。さっきまで晴れてたというのに」
「すぐにやむといいね。エリアーヌ達、雨に打たれてなかったらいいけど……」
窓の外を見やると、急な豪雨が街を襲っていた。
ただそれだけのことなんだけど──形容し難い不気味さが、胸を支配した。





