196・君にふさわしい男
ドグラスは屋上に着くと、ドラゴン形態を解いて人間の姿に戻る。そして私達は地面に着地。
「聖女ですか。せっかく曲も終盤だというのに、それを歪ませて──いえ、この転調も面白い。まだ天上の音楽は続く」
そこで私達の前に立ちはだかるのは、ディートヘルムさん。
彼は心底愉快そうな顔をして、私達を見つめていた。
それから目線を逸らさず、私はこう口を動かす。
「訳の分からないことを言わないでください。あなたがなにを考え、このような凶行に出たのかは知りません。ですが、結婚式がメチャクチャになったのは事実。その代償を、あなたには払ってもらわなければいけません」
「エリアーヌ……」
ナイジェルの少し驚きを含んだ声。
自分でも驚くくらいに、今の私は怒りを覚えていました。
それはこの事態を未然に防げなかったことに対する、自分への憤り。
そしてなにより、このようなことを引き起こしたディートヘルムさん──いえ、ディートヘルムへの怒りでした。
「よくぞ間に合いましたね? 中庭で手こずっているのは分かりましたが、ここまでは距離があります。気付かれるのには、時間がかかると思っていましたが」
「ファーヴのおかげです」
と言いながら、私は先ほどのことを思い出していた。
『こんなことをしている間にも、姫と王子は危機に陥っている。お前らの目的はなんだ?』
あの時、ファーヴは私達にそう問いを投げかけた。
姫と王子──この場合でしたら、それはレティシアとクロードのことを指しているのでしょう。
そして彼が指差す方を見ると、レティシアとクロードが一人の男に追い詰められている光景が目に入りました。
「いけません!」
私が悲鳴のような声を上げると同時、レティシアが屋上から落下したのです。
それを追いかけ、自ら屋上の縁を思い切り蹴って、彼女を追いかけるクロード。
「エリアーヌ、ナイジェル! 我の背中に乗れ!」
どういうこと──と問い質している暇はありませんでした。
ドグラスの体が光に包まれたかと思うと、私達はドラゴンの体となった彼の背に乗っていた。
そしてドグラスが光の速度で飛び立ち、二人を救出した……ということです。
「僕も君を許せないよ。君には罪を償ってもらわないと」
「よくも我がいながら、好き勝手にやってくれたな? 覚悟しろ」
「ファーヴの言っていることを信じると、まだ禁術は完全に発動していなみたいだしね。ここでケリを付けないと」
ナイジェルとドグラスがぐいっと一歩前に出ます。
「わ、わたしも……」
「レティシアは休んでおいてください。もちろん、クロードも」
レティシアとクロードは戦いたがっていましたが、二人は疲労困憊の様子。ここまで来るのに、体力を使ってしまったのでしょう。
それにディートヘルムが無傷だったところを見ると、レティシアでは歯が立たなかったということ。
彼の方が戦人として格上です。
今は二人に無事でいて欲しかった。
「丁度いいでしょう。ファーヴというのが何者かは知りませんが、確かに禁術はまだ未完成。あなた達の命をもって、旋律を完成させましょう」
そう言って、ディートヘルムが指を鳴らした。
その瞬間。
彼を中心として闇が吹き荒れる。
その闇──呪いを浴びるだけで、気を失ってしまうほどの濃度。私はみなさんの前に結界を張り、呪いが直に当たらないようにした。
「さあ、始めましょう。破滅の序章を」
ディートヘルムの周囲から、八本の巨大な触手が現れる。
それは夜よりも深い色をした黒でした。
触手は一斉に私達に襲いかかる。それらをナイジェルは剣で切り裂き、ドグラスは拳で触手を破壊していった。
しかし触手が消滅すると、また次の触手が現れる。
いくら攻撃を浴びせても、これではキリがありません。
「いつまで持ち堪えるでしょうねえ。こうしている間に禁術は完成に近付いていく」
ディートヘルムの楽しげな声が、やけに不快でした。
◆ ◆
「す、すごい……」
クロードは目の前で繰り広げられている光景に、そう感嘆の声を漏らしていた。
「……これじゃあ、エリアーヌに止められるまでもなく、分かるわね。ここに混じったら、わたし達が足手まといになる……って」
レティシアも悔しそうに言った。
(彼女の言う通りなら、ディートヘルムは呪術師のようだが……)
彼は呪いの力を、人々を不幸にする邪悪なものと言っていた。
しかしクロードはそう思わない。
(いや……レティシアに出会う前なら、ボクだってそう思っていたかもしれないな)
彼の母親は呪いによって暗殺されたのではないか──そういう疑惑が出たことがある。
それは調査の結果、事実無根のものだと分かったが、幼い頃のクロードは呪いに恐怖したものだ。
レティシアが自分が呪術師だということを知った時も、驚きを隠せなかった。
だが。
(レティシアのことを恐ろしいと思わなかったのは……彼女がどういう人間かを知っていたからだ)
だからこそ、大事なのは力を使う者の心の有り様。
クロードはそれを強く意識するのだ。
「…………」
レティシアがエリアーヌ達の戦いを見て、表情に影を落とす。
「……なあ、レティシア。君はまだ、自分の力を邪悪なものだと思っているのか?」
「そんなことないわよ。あんたがわたしを信じてくれたしね。でも……」
そこから先の言葉はレティシアから紡がれなかった。
(口ではそう言っているものの、レティシアはまだ悩んでいる。呪いの力について──)
レティシアにはずっと笑顔でいて欲しかった。
それならば。
ボクには彼女の笑顔を奪い去るような事象を、全て斬り伏せる必要がある──。
そう考えたクロードは、屋上に残っている飾りの剣に視線を移した。
「……レティシア。ボクの考えを聞いて欲しい」
「……? なに?」
レティシアが不思議そうな顔をする。
クロードはそんな彼女の双眸を真っ直ぐ見つめる。
「ボクに──」
その考えを伝えた。
するとレティシアは形相を変えて、
「あ、あんた、バカなの!? まだ呪いについて、ちゃんと理解してないの? 呪いっていうのは──」
「大丈夫だ」
クロードには確信があった。
今のボクなら、それを成すことが出来る──と。
「ボクは君の全てを受け入れたい」
クロードは飾りの剣を手に取って、さらにこう続けた。
「なら、これはボクにとっての通過儀礼だ。ボクが君にふさわしい男なら、きっと全部上手くいく。そして──ボク自身がそれをなによりも信じている」





