197・君の力は美しい
再生する八本の触手を前に、私達は苦戦を強いられていました。
「エリアーヌ! 呪いは払えないのかい!?」
ナイジェルが剣を振るいながら、私にそう質問します。
「は、はい! もう少し近付く必要があります!」
しかし触手の猛攻は激しい。
これ以上近付くことは不可能でしょう。
「神々からの剣があればともかく──そのような凡庸な剣では、決め手に欠けるでしょう。聖女にこれ以上近付けさせるつもりもありません」
ディートヘルムの言葉が胸に突き刺さる。
神々からの剣──神剣のことでしょう。しかしあれには魔王が宿っており、とてもじゃないけど、今の時点で使いこなすことも出来ません。
「舐め腐った態度だな! そんな余裕はあるのか?」
ドグラスも触手を斬り裂き、ディートヘルムに接近しようとする。
だけどその度に触手は再生し、彼の行く手を阻みます。
──ドグラスの言う通り、私達は決め手には欠けているものの、だからといって全く対処出来ないわけではありません。
神剣がなかったとしても、さすがにナイジェルとドグラス二人を相手にすることは、ディートヘルムでも困難なのでしょうか。
「やはり計画の遂行のためには、聖女が排除する必要がありましたか」
とディートヘルムが楽しげに口を動かす。
「あの暗殺者も、あなたの差金ですね。私達を暗殺しようとしましたか」
「あれで、あなた達の暗殺に成功出来るものとは思っていませんよ。ただ禁術の実験をしたかっただけ。まあ……失敗品ではあなた達に傷一つ付けることすら出来ませんでしたが──これはこれで良い音楽です!」
そう言うディートヘルムの口元には笑みすら浮かんでいた。この戦いを心底楽しんでいるようです。
しかし私達に楽しむ余裕なんてありません。
あと一つ──あとなにかあれば、押し込むことが出来るのですが──。
その時でした。
救いは──思わぬところから現れました。
私ですら、思いもしていなかった死角。
彼はゆっくりとディートヘルムに歩み寄る。
「さあ──旋律を奏でましょう。あなた達の焦燥! 恐怖! 絶望! それら全てが音楽の土台となります!」
八本の触手──いえ、九本目の触手が現れ、ナイジェルの背中めがけて伸びていきました。
「ナイジェル!」
私は名前を呼び、即座に結界魔法を張ります。
しかし九本目の触手は結界を破り、その勢いは止まる気配がありません。
ナイジェルがようやく気付きますが、触手は既に目の前まで──。
「油断したな」
サッ────。
それは驚くくらい、静かな音でした。
一瞬、私はなにが起こったのか分かりません。
ナイジェルがやられた──かと思いますが、触手は彼の前でピタリと止まっています。彼は無事です。
ならば──と思い、ディートヘルムに視線を移すと、
「な、なんだと……?」
彼の胸元から剣が生えていました。
ディートヘルムがゆっくりと顔を後ろに向けると──そこには救いの使者の顔があった。
「ボクをただの足手まといだと思って、意識の外に置いていたか? それが貴様の失敗だ」
──クロードです。
彼は両手で剣を強く握り、ディートヘルムの胸を貫いていました。
「バ、バカな。このような凡庸な剣では、呪いを纏った私の体は貫けないはず──ま、まさか!」
ディートヘルムは当初、なにが起こったか分かっていない様子でしたが──クロードが纏う黒のオーラに気が付き、愕然とします。
「呪いをその身に宿したというのですか!?」
「そうだ」
とクロードは短く答える。
クロードの後方には──レティシアが手をかざし、厳しい視線をディートヘルムに向けていた。
だけどその表情には、少しクロードに対する心配の類が。
「……大丈夫、レティシア」
クロードが視線を前に向けたまま、レティシアにそう語りかける。
「ほら、言っただろ? 君の力は邪悪なものじゃないんだ」
と──柔らかく笑った。
その笑顔を見て、私は全てに合点が付きます。
本来、呪いというのは魔法のように便利な代物ではありません。呪いをその身に宿せば、レティシアやディートヘルムのように特殊な訓練を受けていなければ、正気を保つことは不可能でしょう。
しかし──レティシアはクロードの体に呪いを付与した。
ゆえにこうしてクロードが意識を保っているのは、有り得ないこと。
──ここで呪いの特性について、もう一つ言っておくべきことがある。
強すぎる呪いは、それに触れただけで意識を持っていかれます。
そして呪いは憎悪の感情から生まれ、発動しようとしていなくても、勝手に表出してしまうことがあります。
封印されていたはずの魔王の体から、呪いが漏れていたのが良い例です。
そしてレティシアは間違いなく、一級品の呪術師。
ならば──どうしてクロードは、今まで正気を保てていた?
「そういうことだったんですね……」
「エリアーヌ、どういうことだ?」
ドグラスが私に問いかける。
「クロードは元々、呪いへの耐性──そして対応力がずば抜けていたのです。だからこうして、呪いを付与されても、それを力に変えることが出来る」
そして──結婚式の会場。
一部の例外を除いて、あの場にいる者全員が禁じられた呪いに触れ、正気を失っていました。
しかしこの中で正気を保っている例外──呪術師であるディートヘルムとレティシア。
そしてもう一人──クロード。
「はああああああ!」
ディートヘルムが怯んだ隙を見逃さず、ナイジェルが疾駆する。
そして剣を一閃──ディートヘルムの体がゆっくりと床に倒れていく。
「エリアーヌ!」
「はい!」
私は倒れているディートヘルムに近付き、解呪を施す。九本の触手も消滅し、彼が纏っていた黒いオーラも霧散しました。
「終わった……のか?」
「ええ。元凶を断つことによって、城に充満していた呪いも消えました。ですよね? レティシア」
「え、ええ。そうよ。禁術は未完成のまま止めることが出来たと思う」
レティシアは戸惑いながら、そう口にする。
彼女の戸惑いは──きっと、今でも肩で息をしながら剣を握るクロードの対して。
「あ、あんた、本当に大丈夫なの? なんにもない?」
レティシアが恐る恐るクロードの肩に手を置く。
クロードは振り返って、レティシアに微笑む。
「うん、もちろんだ。これが……君の使う力なんだね。なんて──」
とクロードは剣を地面に落とし、彼女にこう言った。
「美しい力なんだ」





