195・一生に一度だけのプロポーズ
「あんた、どうして……」
クロードに抱きしめられながら、彼の胸の内でレティシアはそう声を零す。
──君を絶対に離さないって約束しただろ?
クロードが口をパクパクと動かす。
それは風の音に阻まれ、レティシアの耳には届かない。
しかし──不思議なことに、レティシアは彼の言っていることがはっきりと分かった。
窮地を脱したわけではない。
変わらず落下し続けているし、ここから巻き返す手段はない。このままでは地面に叩きつけられ、二人とも命を落とすことになるだろう。
しかしレティシアの胸中にあるのは、クロードが助けにきてくれたという安心感──そして嬉しさだった。
彼の胸の内でレティシアは昔、クロードに聞いてみたことを思い出していた。
『ねえ、クロード。なんであんた、わたしを選んでくれたの?』
彼女が問いかけると、クロードはちょっと照れたような顔をして。
『昔、ボクはナイジェル殿下と比べられていたんだ。どうして隣国の王子様は出来るのに、お前は出来ない? お前は王子として失格だ……と』
聞いたことがあった。
幼い頃、クロードは唯一の味方であった母親を亡くした。それから周囲の彼に対する風当たりも強くなったと。
『そんな時、君に出会った。一目惚れだったんだ。ボクはこの人と一緒になるために生まれてきた──そう思えるほどに。だからボクは君のことを好きになった』
レティシア自身、クロードに近付いたのは打算だった。
ベルカイムの第一王子と婚約すれば、わたしの人生は薔薇色。今までわたしのことをバカにしてきた連中を見返せる。
最初はそのことに気付かないクロードのことを、内心軽蔑していた。
しかし──それが徐々に変わったのは、奇しくも真の聖女が追放された後。
エリアーヌに呪いを返されたレティシアは、顔に酷い傷を負った。
勇気がなくて鏡は見てないけど……それはさながら、魔物のようだっただろう。
色々な人がレティシアを気味悪がった。
それは仕方のないことだと諦めた。
だが、クロードは違う。
彼はレティシアがどんな姿になろうとも、変わらず彼女を愛し続けてくれたのだ。
(そんなことは初めてだった。だからわたしは──)
レティシアが過去の言葉を思い出していると、クロードの彼女を抱く力がさらに強くなった。
──レティシア、ボクと結婚してくれ。
二人が交わしているのは声ではない。だけど分かるのだ。それほど、レティシアはクロードのことをずっと見てきた。
「こ、こんなところでなにを言ってんのよ。そんな場合じゃないわ」
──君からの答えが聞きたいんだ。
地面が近付いていく。
もうすぐで不可避の死が襲いかかってくるだろう。
レティシアはそんな状況でありながらも、笑顔でこう答えた。
「……ええ。喜んで。わたしでよかったら」
──わたしなんて、彼にふさわしくないと思った。
しかしクロードはこんなにも穢らわしいわたしを、愛してくれる。
そしてその命を投げ打ってでも、助けにきてくれた。
それなのに「ふさわしくない」と考えるのは──なんと傲慢なことだろうか。
レティシアはそれに気付けた。
(わたし──この人に出会えて本当によかった)
この人と一緒に死ねることを、なによりも誇りに思った。
レティシアはぎゅっと目を瞑り、クロードの胸に顔を埋め──。
バサ──バサ──。
気のせいだろうか、羽音が聞こえた。
「レティシア!」
続けて、レティシアは落下が止まったことに気が付いた。
最初に思ったことは、死は意外と苦しくないという驚きだった。
だが、すぐに認識をあらためる。これはそうじゃない。
何故なら、彼女の体を包む感覚は優しいものだったからだ。
「……遅いわよ。死ぬかと思ったじゃない」
「すみません」
レティシアがゆっくり顔を上げて、そんな悪態を吐くと──そこにはエリアーヌの姿があった。
「ギリギリ間に合ってよかった。ドグラスに感謝しないとね」
『感謝などいらぬ。結果的にここまで裏をかかれたのだからな』
ナイジェルとドグラスの声も聞こえてくる。
「ここは……ドラゴンの背の上?」
クロードも無事みたいだ。レティシアはそのことになによりも安堵した。
「ええ。ドラゴン化したドグラスもカッコいいでしょう?」
誇らしげにエリアーヌが口にする。
ようやく周りを見られる余裕がレティシアに出来る。
赤い体躯をしたドラゴンの背。エリアーヌ達の話から判断するに、どうやらドグラスが人間化を解き、ドラゴンの姿となったみたいだ。
エリアーヌ達が──レティシアを助けにきてくれたのである。
「さて……まだ決着はついていませんよ」
エリアーヌが屋上を見上げ、そう言葉を漏らす。
彼女にしては珍しく、声には明確な怒りが含まれていた。
「人の幸せな結婚式を台無しにする愚行。到底許すことは出来ません」





