収束
第六十九話。ケースクローズド。
長い通路を下った先に、セイントはいた。
「セイントさん!」
無事ではない。
胸から太ももにかけて爪痕が刻まれ、血が滲み出している。だが、体全体を氷が包み込んでいるので、出血は止まっていた。
「今出します!」
スペーディアが体を傷つけないようにレイピア――トレイスの秘剣というらしい――で氷を削り出す。
「あいつらは?」
通路の先にはセイントの他にも凍りついている神官達がいた。
「ほっといても死なないし、後回し」
「そうか」
納得したところで、狼刀はふと気になったことを聞いてみる。
「なぁ、どっちが素の口調なんだ?」
スペーディアと話していると、時々口調が変わるのだ。例えるならば、王族らしい丁寧な話し方と少女らしい砕けた話し方。
「どっちもあたしよ」
砕けた口調でスペーディアは答える。
「意識して使い分けてるわけじゃないのよね」
「そうなのか?」
「そうよ。師匠達のお陰でね」
「母親が師匠らしいな」
「そうよ。まあ、マナーとか身のこなしだけじゃなくて、剣も教えこまれたけどね」
厳しい人だったわ。とスペーディアは苦笑いを浮かべる。
「もう一人の師匠は堅苦しいのが嫌いな人だった。騎士団の副団長だったのにね」
スペーディア曰く、最初は母親仕込みの丁寧な口調を心掛けていたそうだ。その一方で、口調を意識した状態だと動きが悪くなるからやめるように、と副団長には言われたらしい。
今は全く意識していないそうだ。
「まあ、気になさらないでくださいまし」
意識しない結果、両方が混ざったような口調になっている。
「うっ……」
セイントの口から声が漏れた。生きていることは間違いないようだ。
「動くことは出来ますか?」
レイピアを鞘に戻して、スペーディアは手を差し伸べる。
セイントは手を伸ばそうとするが、力が入らず手は僅かに動くだけだった。氷が覆うのは傷口の周りのみであり、動きを妨げいるわけではない。
「……すま、ない」
「いえ、大丈夫ですよ」
スペーディアはセイントが自力で動けないことを理解すると、肩を貸して立ち上がった。それだけでも十分な安定感はあったが、狼刀は反対側の肩を支える。
「すま、ない……」
両脇でセイントを支えながら、三人は通路を引き返していった。凍りついた神官達は、完全に無視だ。
「死なせないわよ」
スペーディアが呟いた。
「もちろんだ」
狼刀は頷き返す。
二人の言葉を聞いて、セイントは静かに笑みを浮かべた。
王の間まで辿り着いた狼刀達を待っていたのは、ハーティルとミソロギ、そして見覚えのある十字架に磔にされた二人の神官だった。
第一にすることは、セイントの傷を癒すことだ。
ハーティルとミソロギの協力を得て、セイントは無事に回復した。
治癒魔法の使い手がいるといいですね、とはミソロギの話だ。
彼はエース城でも、瀕死になったセイントを助けている。あの時は、必ず助けることが出来るわけではなかったが、今回は違ったというわけだ。
狼刀達は、足りないピースを埋めるため、セイントから話を聞くことにした。
セイントを瀕死の状態まで追い込んだのは、地下牢獄に向かっていた神官だ。獣を連れていたということはステイマーの仲間だろうが、特徴から推測すると彼女ではない。
しかし、問題はその後だ。
「それは本当なんですか?」
聞き間違いではないかと、狼刀は聞き返した。
「うむ……」
セイントは首を縦に振る。
「なら、誰が神官を?」
セイントとクエラは瀕死になりながらも神官の侵入を防いだのだ。つまり、クレバー達を解放した敵は別にいる。
それが誰かは、セイントもわからないようだった。
その答えは、意外なところからもたらされる。
「……カイよ」
呟いたのはスペーディア。そして、彼女が話した名前は、狼刀もよく知る人物だった。
「どういうことですか、スペーディア様?」
言葉が出ない狼刀に代わり、ミソロギが問いかける。
「この城にいたでしょ、カイよ」
「彼ですか? 何故でしょうか?」
「わかりませんが、組織のために、と言ってましたわ」
「組織とは一体なんですか?」
「そこまでは……わかりませんわ」
「そうですか……」
会話が一区切りついたところで、狼刀は声を出した。
「カイさんは、すでにこの城には居なそうですね」
「でしょうな」
その呟きにセイントが答える。
「今度会ったら捕まえるわ」
スペーディアは決意を込めた一言を。
「そうだな」
狼刀は答えながら、カイについて考えていた。
白衣や青髪などの身体的な特徴に、デュース城の図書庫にいる学者という立場。魔法機を創る技術を持ち、それから――
「まさか……」
かつてカイと王、大臣と話をしたことが頭をよぎる。
あの時の話がどこまで信頼出来るのか。王も大臣も死んでいるので確認することは出来ないが、全くの嘘という可能性もあるのではないか。
と、そこで思い出されるのは鏡型の魔法機のこと。
「……ト」
あれがもし他人の姿も変えることも出来るとしたら、王や大臣もカイの仲間で、死んでいた彼らとは別人なのではないか。
「……ウト」
その予想には真実を突いている部分もあったが、彼に確かめる術はない。
「ロウトってば!」
「あ、え……」
気づけば狼刀は立ち止まっていた。
「悪い。少し考えごとをしてた」
「考えごと?」
「よければ話してくれないか?」
スペーディアは首を傾げ、セイントは話すことを提案する。
確かに話せば狼刀は楽になるだろう。
しかし、二人に余計な不安を与えることになるのではないか。確信を持てないことは、共有するべきではない。
「言え、ません」
考えた末、狼刀は言わないことを選択した。
三人の視線が狼刀に集中する。それでも、無理矢理聞き出そうとする人は居なかった。
その後。
エース城の兵士達により、城内に邪神教の神官が残っていないことが確認された。ただし、襲撃者は誰一人として捕らえられていない。
再襲撃に備えての巡回は兵士達が担当することになり、狼刀達は休むことになった。




