借りるもの
第六十八話。あなたの力、お借りします
ステイマーとハーティルの戦いを見守るミソロギに対して、神官達が声をかける。
曰く、自分達を解放しろと。
仲間の神官に狙われている状況で敵だった奴に守られるのは気に入らないし、信頼出来ないそうだ。
それを聞いたミソロギはある予測を立てた。
それは、ステイマーの襲撃自体が茶番である可能性。その場合は神官を解放した時点で四対二となってしまい敗北は必至だ。
しかしハーティルが長く持たないであろうことも、狼刀達が戻って来られないことも、ミソロギは十分に理解出来る立場にいる。
「誰か一人だけ、解放するよ?」
長考の末にミソロギが出した結論は、三人の中から一人だけを解放することだった。
「僕がやってあげますよ」
「いや、僕様が行く」
「クレバー様を解放してください」
クバウトとクレバーは自分の解放を望み、フェシーはクレバーの解放を願う。その結果、一票対二票で解放されるのはクレバーに決まった。
深く考える余裕など、ミソロギにはない。
「緩め」
ミソロギは素早くクレバーの戒めを解いた。
「さあ、僕様に錫杖を作れ」
言われるがままに、想創聖書から錫杖を取り出して、渡す。
圧倒的な窮地において、ミソロギは冷静さを欠いていた。もし、一人だけ解放の条件に神官達が納得しなかった場合には、全員を解放していただろう。
ミソロギは、神官同士の仲の悪さに救われたのだ。
「獣使いぃ……」
クレバーが防壁に向かって錫杖を振るう。
内部からの攻撃を全く想定していなかった――内側と外側の強度は発動時に決まる――防壁は、その一発で霧散した。
「さぁ、特別に僕様が力を貸してやる」
クレバーは邪悪な笑みを浮かべる。
「火炎魔法!」
初手は魔法。
「単調すぎよ」
ステイマーにあっさりと回避してみせるが、クレバーに焦りは見えなかった。ステイマーが避ける方向を的確に予測して、二発目の火炎魔法を放つ。
「無駄よ」
ステイマーはそれを上に飛んで躱した。
「とどめの火炎魔法!」
空中で身動きの取れないステイマーに向かって、クレバーは三発目の火炎魔法を放つ。
絶対に避けられないタイミングだ。
「くっ」
ステイマーが炎に包まれる。
決着はついた。
そう確信したのか、クレバーはステイマーから目を離す。思案を巡らせているのか、心ここに在らずといった余裕だ。
「避けろ神官!」
だからこそ、ハーティルの言葉を理解するのに時間がかかった。
「ばーか」
「ぐはっ……」
炎を突き抜け、ステイマーが巨大な拳を振り下ろす。
まともに食らったクレバーがよろめいた。ステイマーは体勢を立て直す暇を与えずに、大きな右腕を軸にして体を支え、両足で蹴りを放つ。
受け身をとることも出来ずに、クレバーは蹴り飛ばされた。
ここまで、ミソロギの視線はクレバーとステイマーの戦闘に向けられている。当事者の二人もまた、そうであろう。
けれど、この場には戦いに参加する男がもう一人いる。
「風刃大魔法」
大魔法を発動させるための清水の設置と詠唱は、クレバーがステイマーを引き付けている間に終えていた。
火炎魔法を無傷で耐え抜くほどの魔法耐性には驚いたが、大魔法を耐え切ることは不可能だと判断しての発動だ――ったのだろうだが。
「不完全な大魔法ね」
ステイマーが片手を振るうだけで、大魔法は霧散した。
「これもダメなのか……」
「クソっ! 僕様を囮に使いやがって」
ハーティルが悔しそうに呻き、クレバーは悪態をつきながら立ち上がる。
「さぁ、二人がかりでおいで?」
ステイマーはにっこりと笑いながら、首を傾げた。
クレバーとハーティル。決して連携が取れるとは言い難いものの、二人はお互いの攻撃を利用しながらステイマーの不意をつくように攻撃を仕掛けている。
だが、ステイマーは傷一つ負ってはいなかった。
「もう、手応えなさすぎー」
二人が手負いの状態であることも一因ではあるが、それ以上に問題なのはステイマーの右腕だ。
「火炎魔法!」
「無駄よ」
二人が主体とする魔法による攻撃は、手を振るうことで掻き消され、
「はぁ!」
ステイマーの右手から放たれる攻撃は、防盾魔法や守備魔法を破壊してダメージを与えてくる。
「くっ!」
錫杖で受け止めることが出来たとしても、勢いは受け止めることが出来ない。そのまま体勢を立て直す暇もなく追加攻撃が叩き込まれるのだ。
クレバーが攻撃を食らっている間に、ハーティルは攻撃の体勢を整えた。
「突風魔法」
ステイマーが魔法を無力化する時には、必ず右手を前に出す。そのタイミングに合わせて錫杖で攻撃を加えるのが、ハーティルの戦法だ。
「はい、残念」
動きが鈍っていることもあって、すべて見切られてしまうが、魔法を防ぐことによって動きが制限されるので、重たい反撃を食らわない。
もっとも、突風魔法は殺傷力のない――風で押し出すだけの――魔法なので、そのことがバレればハーティルの作戦はすぐに破綻するのだが。
「逃げ足は早いなぁ」
「火炎魔法」
ハーティルに逃げられて残念そうにするステイマーに対して、クレバーが魔法を放つ。彼はハーティルが引いた隙をついて、苛烈に攻め立てていた。
「同じことばっかで飽きない?」
クレバーは答えることなく、錫杖を振るい、魔法を放つ。
「他にやれることがないからな」
「そうなの?」
ステイマーは代わりに答えたハーティルの方を向いた。
「その右手さえどうにかなればな」
魔法を防ぐのも、攻撃をするのも右手だけで行い、話してる相手の方に顔を向ける。
ステイマーには随分と余裕があるようだった。
「それなら魔法じゃなくて、大魔法くらいやってよ」
「どのみち効かないだろ」
「そんなことないよ? ただ、あなたのは大魔法じゃなくて強いだけの魔法だから効かないの」
「訳の分からないことを」
ステイマーの理屈をハーティルは理解出来ない。けれど、大魔法なら効くというなら。
「ミソロギさん」
「譲渡魔法」
ミソロギがハーティルに魔力を与える。
「見せてやるよ」
魔力を受け取ったハーティルは、ステイマーを囲むように清水を六つ置いた。邪魔をすることは難しくないはずだが、ステイマーは何もしない。
まるで、クレバーの攻撃を受けながら、ハーティルの大魔法を待っているかのようだ。
「疾風 旋風 暴風」
清水を置き終えたハーティルが詠唱を始めた。
「心の奥底 真実の愛を求め」
確かにハーティルは魔法適性が低い。それでも、魔法陣を清水で補助することによって魔法適性を補う術を身につけた。
「我が魔力を糧として 身も心も切り裂く風を呼べ」
生まれ持った適性はない。
だが、大魔法を使いこなすだけの努力をしてきた。それはもはや、本物と比べても遜色はない。
「風刃大魔法」
巨大な竜巻が、クレバーとハーティル、ミソロギをも内側に取り込んで発生した。竜巻は天井まで届くと、ステイマーに向かって鋭く吹き下ろされる。
「だから、それじゃ無駄よ」
クレバーを突き飛ばして、ステイマーは右手で風の槍を受け止めた。
「その手にはな?」
「火炎魔法」
突き飛ばされたはずのクレバーが、零距離からステイマーに魔法を叩き込む。突風魔法の本来の使い方だ。
「えっ」
右手で大魔法を防いでいるステイマーの体が、炎に飲み込まれた。
度重なる戦闘により脆くなっていた床が焼け落ちる。炎に包まれたステイマーも、落下した。
「防砦魔法」
逃走防止のため、ハーティルは下に落ちた炎の塊を魔法で包む。
ハーティルは確認のために防盾魔法を足場にしながら、下へ降りていった。
炎は防砦魔法の中でしばらく燃えていたが、徐々に勢いを失くし、消える。
そこに残ったのは魔法の効かない右腕だけだった。
「やったのか……」
防砦魔法が破壊された痕跡はない。
逃げる暇も与えなかったのだから、死んだと考えるのは当然の流れだ。
「死んだな」
遅れて降りてきたクレバーも同じように結論づけた。
「同盟は終わりだ」
ハーティルは防盾魔法を足場に登りながら、消していく。
自力では登れないであろうクレバーを置いて。
王の間の真下。あの部屋は旧宝物庫だ。入口はあるが外からしか開けられない上に部屋全体が頑丈に出来ている。
「防盾魔法」
ミソロギの元まで戻ってきたハーティルは、出入口となる穴を塞いだ。
これで自力での脱出は絶対に不可能だ。
「くそっ! 待て! 僕様を出せ! おい!」
神官の叫びはハーティルの耳には届かなかった。




