邪神教の力
第六十七話。秘めたる力はいまだ
十字架に磔にされた神官の前で、ミソロギは盛大にため息をついた。
「邪神教も一筋縄ではいかないね?」
自爆こそ許してしまったが、ザルクからは何も聞き出せなかったわけではない。
例えば、神官の数。彼が語った話は、とても信じ難い内容だったのだが、三人の神官からその裏付けが取れてしまった。
狼刀達が捕らえてきた山麓の砦にいた神官とマルティール騎士団。深紅の塔にいた――現在は行方不明の神官達。
それらを合わせた数の倍以上の神官が、残っているというのだ。さらには、三神官と互角の力を持つ三者と、それよりもはるかに強い大神官まで待ち構えているという。
「今更思い知ったところで無駄なんですよ」
ミソロギの呟きにクバウトが反応を示した。
「すでにあなた方は邪神教を敵に回したのです! 大神官様や三者の方々が動けずとも、いずれアンジュ殿が助けに来てくださるでしょう。あなた達程度ではあの人には勝てません。その時こそ、復讐してみせましょう」
「大神官は助けに来ないんですね?」
クバウトが長々と語る話には、重要な単語が隠れている。それを見つけて問い詰めるのがミソロギの手法だ。
「大神官様が自ら出陣することがない。というだけですよ。アンジュ殿に対しては大神官様も絶対といっていいくらいの信用を置いていますからね」
情報を引き出すだけなら、同じような方法でより簡単に口を滑らせるフェシーがいる。だが、三神官ではないフェシーは予言の神官と呼ばれるクバウトに比べて知っていることが少なかったのだ。
「あなたがたよりも、重宝されているようですね?」
だからミソロギはクバウトから知識を搾り取る。
「当たり前のことを。アンジュ殿は我々の三神官という制度を作った方。我々よりも扱いが高いに決まっているでしょう。まあ、いつか蹴落としてやりますけど」
「そんなこと言ったら捨てられちゃうよ?」
「防砦魔法!」
魔法の防壁がミソロギと三人の神官を包んだ。
少女の声を聞いて、ハーティルはミソロギの守りを固めることを優先した。
「わぉ! 素早い対応だね」
現れた少女――ステイマーは笑みを浮かべる。
ハーティルは右手に魔法の盾を形成して、戦える構えをとった。
「もう戦う気はないよ?」
ステイマーは目を丸くして首を傾げる。
「だって、みんな死んじゃったんだもん」
ザルク、フォルゴレ、獣ちゃん、と指を折りながらステイマーは死んだ仲間の数を数えた。
フォルゴレと獣というのは二人の知らない情報だったが、気にするほどの余裕はない。
「なら、何をしに来たんだ?」
「怖い顔」
ステイマーはわざとらしくおびえてみせた。本心ではないのは、隠しきれていない笑顔からバレバレだ。
「邪教徒風情に他にどのような顔をしろと?」
ハーティルはそんな少女の態度に対して、今にも襲いかかりそうなくらいに不快感を露わにする。
「あぁ、あたしはもう邪神教とは関係ないわよ。刻印も消したし」
「は?」
ステイマーの返事はハーティルの予想を大きく裏切るものだった。ゆえに、ハーティルはまともな返事をすることが出来ない。
「疑うなら証拠見せてあげるわよ?」
そう言って、ステイマーは服の裾を持ち上げる。
「見せなくていい!」
「そ? まあいいわ」
少しだけ顔を赤らめるハーティルに対して、ステイマーは首を傾げた。おそらく、ハーティルが止めた理由を全く理解していないのだ。
「それで、何がしたいんだ?」
ハーティルの問いかけが少しだけ柔らかくなる。邪神教とは関係ないという言葉を少しだけ信じた結果が、無意識の言葉遣いに現れていた。
「あたしはアンジュ様の伝言をそこの三人に伝えに来たのよ」
ステイマーが現れてから一番の笑みを浮かべる。
「もう必要ないって」
ハーティルは何も言わなかった。
「獣使いが戯言を」
「その通りですよ。あなたのように魔法を使えない人がクレバー様を差し置いて、アンジュ様に認められるはずがありませんから」
「我々が不要であなたが必要というのはとても信じられる内容ではない。その点においては他の二人と同意見ですよ」
代わりに、神官達が三者三様に声を発する。
ステイマーは一瞬だけ表情を曇らせると、神官達に向かって走った。
「戦う気はなかったんじゃないのか?」
ハーティルは間に立ちふさがる。
「ないよ~。あなたたちとはね」
必要最低限の動きでその横を通り抜けて、ステイマーは三人の神官へと近づいた。
ステイマーの言葉に嘘はないだろう。三人の神官を倒すことの邪魔さえしなければ攻撃すら仕掛けてはこないことは、今の動きで証明された。
「防砦魔法」
そう判断したうえで、ハーティルはステイマーの行く手を塞いだ。
「どうしてかな?」
ステイマーは立ち止まり、振り返る。
顔を傾げたまま、にっこりと笑顔を浮かべて。
「あれを守るなら殺しちゃうよ?」
「僕だって、守りたくはない」
でも、と少しためを作ってから、ハーティルは続ける。
「邪神教を滅ぼすためには生かしておく必要がある」
「……つまり、敵だね」
ステイマーが目を細めた。口は真一文字に結ばれて、顔には笑顔の欠片すら残ってはいない。
「ビーストランス」
ステイマーが服の右袖を破り捨てた。露わになった肌色の腕が、緑色へと変化していく。
「フォーリアッ!」
爪は鋭く、腕は二の腕から先が緑色の鱗に覆われた獣のような腕へと変化した。体に対して不自然なくらいに肥大化した右腕は、真っ直ぐに立っていても床に届きそうなくらいの大きさだ。
「行くよっ」
右腕を少し後ろに引いて、ステイマーはハーティルに向かって走る。
引き絞った右腕から勢いをつけて放たれる拳を、ハーティルは右手に展開した魔法の盾で防いだ。が、魔法の盾は拳を抑えることなく消滅し、拳はハーティルの上腕に叩き込まれた。
「ぐぁっ……」
衝撃が骨まで届いたのか、手はあらぬ方向を向いている。
「さぁ、諦める気になった?」
ステイマーは余裕の表情を浮かべながら、ハーティルに問いかけた、
倒れはしなかったものの、姿勢を崩したハーティルに追撃を加えることは造作もなかったはずだ。それをしなかったのは優しさか、見くびっていたのか。
「いや、全く」
ハーティルは再び錫杖を構える。折れた右腕は回復魔法で回復済みだ。
「一発くらったくらいじゃ、諦められないな」
魔法で傷の回復は出来ても、体力の回復は出来ていない。いわば壊れた部位を無理やり直しながら戦っているような状態で、ハーティルは余裕の笑みともとれる笑いを浮かべた。
「そ。なら、死んでも知らないよ」
ステイマーは異形と化した手を振り上げる。
「防砦魔法」
ハーティルは防御の魔法を展開した。
ステイマーが振り下ろした腕は、魔法を打ち砕く。だが、そんなことは想定内だ。
ハーティルは後ろに飛ぶことで、攻撃を躱し、風の魔力を帯びた錫杖で斬りつける。
「なにっ……」
傷一つつかなかった。
むしろ、攻撃をした側なのに、纏っていた風の魔力が剥がされている。
「くそっ……」
ハーティルは距離をとった。