隠されたもの
第六十六話。大事なものは大切に
気を取り直して、狼刀は右手を壁に添えながら、狼迷路状になっている通路を歩いていた。
それは時間が掛かったとしても迷路から出られる方法の一つだ。
迷路において壁が切れているのは入口と出口だけなので、壁に添って歩いていれば入口に戻ってくるか出口に辿りつくかのどちらかである。入口に戻ってくるのは、出口が壁に面していない場合。つまり、迷路の内部に出口が存在する場合だ。
この場所が王の間から王の私室への道を迷路風に改造してあるだけということはハーティルから確認が取れているので、今回は確実に王の私室へたどり着くことが出来るというわけだ。
「このような方法があるとは、驚きましたわね」
迷路を抜けたところでスペーディアが感嘆の吐息をもらす。その様子を見て、最初からこうしておけばよかったと思う狼刀だった。
しかし、困難はまだ終わらない。
「片っ端から開けてくしかないよな……」
「そうですわね」
迷路を抜けた先の廊下には、左右に等間隔ずつ扉が設置されている。今見えるだけでもその数は二十。さらに廊下は途中で曲がっていて、その先にも部屋があることが容易に予想出来た。
狼刀は壁を伝って右側の一番手前の扉へ向かう。
その扉には、目の間で剣戟でもあったのか、いたるところに刀傷がついていた。
「では、わたくしは左側の扉を開けていきますわ!」
スぺーディアは手近にあった扉を勢いよく開ける。
直後。中から無数の剣が飛び出した。
スぺーディアはそれを軽やかな足取りで躱す。
剣はそのまま反対側――狼刀のほうへと向かった。
「あっ……」
「どうか――」
スぺーディアの小さな呟きを聞き、狼刀が振り返る。その眼前には飛来する無数の剣。
「っ!」
狼刀はとっさに横に転がった。
剣は貫くべき敵を見失い、扉に突き刺さる。
が、柄に細い糸がついていたらしく、剣は引っ張られるようにして元の扉の中へと消えていった。
「危険過ぎるだろ!」
王へと近づく侵入者を拒む罠だということはわかる。
それでも、間違って開けた即死級の罠を中枢に置くのは普通じゃないと狼刀は思った。
「大丈夫そうね」
全力で罠に引っかかりつつも、躱してみせたスぺーディア。その顔を見て、狼刀は笑う。
「あ……。じゃないよ! もっとなんか言えよ! 危うく死にかけたぞ!?」
その呟きさえなければ確実に死んでいたであろうが。
「……次からは気を付けますわ」
できれば次は来ないで欲しい。そう願う狼刀であったが、扉はまだたくさんあり、罠も一つでは終わらないことは想像に難くなかった。
結果は、トイレが二つあるだけ。罠率九割である。王というよりも忍者の館と言われたほうがしっくりきそうだ。
「ここも、開けていくしかなさそうね」
曲がった先には、予想通りの扉だらけの廊下だった。
罠に引っかかりつつも無傷なスぺーディアは、休むことなく作業を再開しようとする。
「ちょっと休んでからにしないか?」
トイレ二つを引き当て、罠に当たった個数は少ないはずの狼刀は、無傷ながらも疲れた様子で座っていた。
「なさけないわね」
「悪いな。疲れてるんだ」
この城に戻ってくる前も神官との戦闘続きだった上に、戻ってきてからは城を走り回ったり、鎧に襲われたりと色々なことがあった。
狼刀が疲れを感じるのは、不自然なことではない。
「そう。仕方ないわね」
スぺーディアは小さく息を吐いてから、狼刀の前に背中を向けてしゃがんだ。
「わたくしが連れて行ってあげますわ」
「えっ」
スぺーディアの行動に面食らってしまい、狼刀の動きが停止した。
「えっではなく。早く背中に乗ってくださまし」
スぺーディアは首だけを後ろに向けて、背中に乗るようにと促してくる。いわゆるおんぶであり、狼刀は女子に背負われるという行為に、抵抗を覚えた。
「もー! じっれたい」
いつまでも動こうとしない狼刀をスぺーディアは両手で抱え上げようとする。いわゆるお姫様抱っこだ。
「じ、自分で動くから!」
狼刀は抵抗を覚えるだけでなく、実際に抵抗した。
「…………」
スぺーディアは腑に落ちないといった表情で、狼刀を見つめる。狼刀も負けじと見つめ返した。
無言のまま、互いの顔を見つめ合う二人。
先に顔をそむけたのはスぺーディアだった。ため息を一つこぼし、狼刀に背を向ける。
「……なら、行きましょうか」
振り返ることなく進み、扉を開けた。当然のように罠が発動する。最も多い無数の剣が飛び出してくるパターンだ。スぺーディアはそれを体捌きだけで回避する。
ただし、今回はそれで終わりではなかった。
反対側の扉に刺さった剣が抜ける勢いで扉が開き、無数の剣が飛び出す。
スぺーディアはそれさえも軽く躱してみせた。
「さあ、早く動きなさい」
二段構えの罠が終わったことを確認すると、スぺーディアは二つ目の扉へと向かう。その足取りは軽く、肉体だけではなく心の疲れすら感じさせない。
「わかってるよ」
狼刀は走ることなく、少し早歩きくらいで歩き出した。
第二の廊下には、罠部屋の他に浴室が隠されていた。それも二つ。男湯と女湯だろうか。だが、それだけだ。罠率は変わらず九割。
第三の廊下は空き部屋が二つだけあり、残りは罠部屋だった。九割が罠部屋であることは変わらない。
それが変わるのは、第四の廊下に入ってからだった。
現れるのは、書斎や衣装部屋など、王や王妃が日常的に使用する部屋だ。
罠率は五割。およそ半分は罠ではなかったのだ。
その廊下の突き当たりに、大きな扉が鎮座していた。
「途中の扉を開ける必要ありませんでしたわね」
スぺーディアの台詞には狼刀も同感だったが、それを声に出す余裕は残っていない。
罠のない部屋はほぼ狼刀が引き当てたのだが、それでも狼刀はスペーディア以上に疲れていた。
大きく肩で息をしながら、狼刀は扉に手を掛ける。
窓がなく黒い部屋だった。
光が入ってこないから暗いのではない。壁に掛けられた照明型魔法機に照らされた上で、黒いのだ。
血が凝り固まった黒い床。斑模様の返り血がついた壁。天井に着いた血の足跡。元々の白がほとんど見えなくなるくらい、部屋は血で汚れていた。
それが、黒なのだ。
「サマル様!」
唯一血で汚れていないベットにスペーディアが駆け寄る。そこには、サマルカンド王、王妃マリッジ、大臣エスダルトンの三人が折り重なるように倒れていた。
「サマル様! 王妃様!」
スペーディアは必死に王の体をゆすり、起こそうとする。が、動く気配は見受けられない。
ゆする力はだんだんと弱くなっていき、その手に涙がこぼれ落ちた。
「サマル、さま……」
三人は既に手遅れだ。
「どうして……っ」
そう理解はしたが、スペーディアのように泣くことは出来なかった。
スペーディアに比べて三人との関係が薄いこからだろうと、狼刀は考える。しかしそれ以上に、この世界に生きる人の死に対して損得勘定で考えている自分がいることには、気づいていない。
それでも、少女が泣き崩れる姿を見て、次があれば救おうとは思った。
スペーディアが落ち着くまでの間、狼刀は部屋の中の探索をしていた。探索と言っても、ベット以外の装飾品は洋服入れだけなのだが。
一見すると、服が入っているだけで不自然なことは何も感じられない。
ただし、服の量だけは不自然だった。
途中にあった衣装部屋が勿体ないと思えるくらいに広々と服をしまってあったのに対し、こちらはそれほど大きくないタンスに必要以上の服が詰め込んであるのだ。
「何かあるな」
服の中を泳ぐように、、狼刀は奥へと入っていく。
六層目となる服を掻き分けたところで、壁に突き当たった。否、取っ手がついているそれは壁ではなく扉とでもいうべきか。
内開きであるのか開けることは出来ないが、地下牢獄へ繋がる道があると、狼刀は確信した。
「見つけたぞ、スペーディア」
「っ……! わかりましたわ!」
声はしっかりと届いたが、
「あれ? どこに……」
場所まではわからなかったらしい。
「クローゼットの中だ。服を出しながら来てくれるか」
「あ、はい!」
スペーディアの協力を得て、狼刀は扉にたどり着いた。予想通りの両開きで引いて開ける扉だ。
「行くぞ」
「えぇ、参りましょう」
二人は扉を開け、整備されていないであろう細い通路に進んだ。




