嵐の前の
第六十三話。激しい戦闘の前は何時だって静か。
襲いかかってきた鎧やステイマーのこと。気になることは多々あれど、考えていても答えは出ない。
狼刀は考えることを止め、当初の目的地――地下牢獄へと向かう。
「嘘だろ……」
そこに待ち受けていたのは、目を疑うような光景だった。
階段だったものは崩れ去り、瓦礫の山に。二階から降りる分には使えるが、地下へと降りることは不可能だ。
「くそっ……」
地下牢獄へは進めない。
狼刀は踵を返して王の間へと向かった。
その場合に問題となるのは、崩壊した廊下である。瓦礫と鎧を踏み越えていけば、渡れるかもしれないが、その間に串刺しにされてしまうだろう。
狼刀は刀を構えて、鎧に近づく。
鎧は微動だにしなかった。
「止まったのか?」
よく考えれば、鎧達は倒れても足掻いていたはずだ。今はそれがない。
理由はわからないが、鎧は完全に機能を停止していた。
「よし」
狼刀はそっと鎧の上に乗る。
さらに一歩。瓦礫を足場に進んだ。
鎧が動く気配はない。
瓦礫を踏み越え、鎧を足場に前に進む。
ガチャっと音がした。
「――!」
狼刀は瓦礫の山を駆け抜ける。
後ろは振り向かない。鎧と瓦礫――進むべき道だけを見据えて、狼刀は走った。
崩れていない廊下にたどり着き、振り返る。
踏みつけたことでバランスをくずした瓦礫と鎧が、音を立てながら落下していた。
つまり、そういうことである。
鎧が動き出したりはしていなかった。
本当に止まったのだと、狼刀が胸を撫で下ろす。
「お困りのようだガ、手を貸そうかね?」
予想し得なかった人物の登場に、狼刀は息を呑んだ。
「どうして傭兵団がここに?」
黒いローブに虫を模した仮面は、他の誰でもなく傭兵団のボスである。隣にサツリクは居なかったが、狼刀に気にする余裕はなかった。
「我々は君のことを知らないのだガ、君は我々を知っているようだね」
「は、ハーティルから聞いただけですよ」
思ったことを素直に口にしてしまったが、ハーティルの名前を出して何とかごまかす。
「ああ、なるほど」
ボスは興味なさげに呟くだけだった。
「それなら話ガ早いガ、我々の協力ガ必要かね?」
「いえ。必要ありません」
自分以外の安否はわからず、正直なところ猫の手でも借りたい状況だ。それでも、傭兵団の手は借りたくない。
それは、初対面の神官でも容赦なく殺す傭兵団が関わってくれば、状況がややこしくなるかもしれないという判断からだ。
ダメだったらやり直せばいい。
そんな思いから、狼刀は何がなんでも切り抜けなければならないとまでは考えていなかった。
「傭兵団としての協力も?」
「必要ありません」
再度問うてくるボスの提案を、狼刀はきっぱりと断る。
「わかった。協力は行わないガ、我々は我々の目的を果たさせてもらうぞ」
ボスはゆっくりと狼刀の横を通り抜けていた。
その先は、崩れた廊下だ。
狼刀が振り返ると、ボスは何事もなかったかのように瓦礫の上を歩いていた。
ボスが向こう側に渡り終えてから、狼刀は振り返る。そして、王の間に向けて走り出した。
「ロウト!」
声の主はハーティルだ。
もう少し早かったなら、ボスと鉢合わせしたことだろう。そうなれば、狼刀の嘘など簡単に見抜かれていた。
小さく頭を振って、狼刀は思考を入れ替える。
「そっちは終わったのか? ハーティル」
最初に確認するのは安否ではなく、結果。目に見える傷もなく、走っている相手に、大丈夫かとは聞かなかった。
「ああ。そっちも終わったのか?」
「それがな――」
ハーティルがいうそっちとは、鎧との戦いの結果ではない。狼刀が向かうはずだった地下牢獄の敵についてだ。
狼刀は掻い摘んで状況を説明する。
ハーティルは相槌を打つだけで、余計な言葉は挟まずに説明を聞いた。
「――ということなんだ」
「なるほど……」
話を聞き終えたハーティルが深くため息をこぼす。
「クエラとセイントを信じるしかない、か」
「そうなるな」
二人は頷き合いあい、王の間へと向かった。
「それで、そっちの状況は?」
「こっちは――」
ハーティルも状況を掻い摘んで説明したのだろう。傭兵団でもやっていたのか、その説明はとてもわかりやすかった。
その説明を聞き終えて、狼刀はひとつの疑問をいだく。
「王は?」
ハーティルの説明の途中から、王の存在は全く語られなくなっていた。
「わからない」
「そうか……」
予想はついていたことだが、改めて聞かされると言葉が出ない。
ミソロギもいたのだし、彼の魔法に巻き込まれたわけではないだろう。けれど、魔法に対する知識が欠如した狼刀にはその可能性を否定することが出来なかった。
考えに考えて、狼刀は言葉を絞り出す。
「……安否、を確認しないとな」
「あぁ、そうだね」
ハーティルの返事は暗い。
その表情は、青緑色の髪に隠れてて窺い知ることは出来なかった。
突如として、爆発音が響き渡る。
「今のは……」
その音は正面で聞こえた。進行方向、つまり王の間だ。
「ロウト。先にってくれ」
素の足の速さなら、ハーティルのほうが早い。それは、彼もわかっているはずだ。
それでも、先に狼刀を行かせたのは、万全ではないからだろう。
「わかった」
小さく頷くと、狼刀はハーティルから離れて走り出した。
邪神教は何をするかわからない集団だ。魔物を従えたていり、味方ではないものを召喚したり、城を襲撃したり、狼刀にとって理解し難い行動を何度も行ってきた。
ミソロギを道連れに自爆を選ぶ神官がいたとしても、驚きはない。
狼刀は最悪の事態を想定しながら、刀を引き抜いた。
どんな状況にも対応出来るように。
だが、実際に王の間に駆けつけると、状況を把握している余裕はない。
「ミソロギさん!」
壁にもたれかかるミソロギを見つけ、名を叫んだ。
「お、や? 助けが来たよう、です……ね?」
急いで駆けつけ、思い出したように周囲を見渡す。敵の姿は、見受けられなかった。
「大丈夫……じゃないですよね!」
頭部からの出血が尋常ではない。紫色の髪は紅く染まり、壁を伝って滴る血が小さな水たまりを作り出していた。
「神官に、死なれて……」
「そんなことはいいんです。それよりも早くハーティルと合流しないと」
そんな状態でも状況報告をしようとするミソロギを狼刀が言葉で制する。
狼刀には回復魔法――回復に限らず、魔法全般だが――は使えない。簡単に破けるような服を着ていれば止血くらいは行えたのだが、狼刀もミソロギもそんな服装ではない。
「どうしたら……」
一刻でも早くハーティルと合流して回復して欲しいところだが、あれ以上のペースで走らせることは不可能だろう。
かといって、傷口を抑えることすらできていない状況でミソロギに動いてもらうのも危険だ。
狼刀には何も出来ない。
「見つけたぞ」
そこに追い打ちをかける存在が現れた。




