美しい魔物の秘密
第六十二話。敵か味方か、はたまた……
セイントの耳に届いたのは爆発音だった。
目を開けてみるが、見えるのは天井だけで状況はわからない。次に、鉄と鉄がぶつかり合う音が聞こえる。それから少しして、人が話す声が聞こえた。
クエラの呼んだ増援か。
誰が来たのかを確認するために、セイントは顔を横に向ける。
そこにいたのは、黒装束の集団だった。
「手始めにこの方に死んでもらいましょうかね。死にかけているようですし」
集団から一歩前に出る男。手には、投獄の時に奪ったはずの刀と鞘を持っていた。
リーダー格の男――オルダーが得意とするのは抜刀術と聞いていたが、今は鞘から抜いたまま刀を振り上げる。
「さあ、最初の――」
笑みを浮かべるオルダーが、吹き飛んだ。
刀は手から落ちて転がり、本人は瓦礫の山へと突っ込み、埋もれる。
「オルダー様!」
「こいつはっ……!」
「なに!?」
神官達が振り向く先に、一匹の魔物が静かに佇んでいた。
白銀の鬣をなびかせる美しい魔物だ。どこか気高さを感じさせるその姿は、魔の物というには相応しくない。
純白の魔物は、澄んだ青い瞳で神官達を見据えた。
神官達は武器を構える。
「く、そっ……」
オルダーが瓦礫の中から、姿を現した。
鞘を拾い、刀も拾って鞘に収める。瀕死のセイントには目もくれない。その前を素通りし、真っ直ぐに魔物を睨みつける。
「信徒達。やれ」
オルダーの掛け声に合わせて、神官達が魔物へと一気に襲いかか――れなかった。
恐怖に臆したのではない。文字通り、襲いかかれなかったのだ。
近くで見なければわからないくらい薄い氷が神官達の足を床に縛りつけていた。だが、それだけでは終わらない。
冷気は少しづつに体の芯を冷やしていく。首から下が覆われる頃には、神官達は身動き一つ取れなくなっていた。
神官達の顔に絶望が浮かぶ。
「どうしまし――おや?」
離れたところにいるオルダーも例外ではない。
距離が遠かったがゆえに侵食が遅かっただけで、すでに彼の足は床から離れなくなっていた。
「くそっ」
鞘を叩きつけるが、氷は割れない。その薄さに反比例して、氷の強度は高かった。
薄氷は体を凍らせながら、迫り上がる。
「くっそぉぉ――」
雄叫びをあげるオルダーは、その姿勢のまま凍りついた。
魔物は動けない神官達に危害を加えることなく、セイントへと近づく。彼の周りだけは、なぜか、凍りついてはいなかった。
魔物が優しく息を吹きかける。
流れ落ちる血が凍り、傷口も凍りついた。痛みがなくなるわけではない。けれど、出血は止まった。
魔物が息を吹きかけ、セイントの体を厚い氷で包み込む。顔は塞がなかった。
魔物はセイントを咥え、牢獄へと戻る。
だが、目的地は牢獄ではなかった。
牢獄と通路を分ける鉄格子の近くにある扉だ。クエラが扉を開けたままにし、脱獄した神官が三人ほど出て行ったその道が、魔物の目的地だった。
「まさか、捕らわれているとは思いませんでしたねぇ」
扉をくぐってすぐの場所に神官が一人、立っていた。
燕尾服のような服は奪い去られ、身に纏うのは袖のない白いシャツのみ。しかし、左手には奪ったはずの本型の魔法機を持ち、右手には錫杖を構えていた。
「まあ、探して始末する手間が減ったと考えましょう。神託聖書さえあれば探し出すのは、まっったく造作もないことですが。ですが、わざわざ逃がす理由もありませんしねぇ」
長い髪を振り乱しながら、神官は語る。
魔物はセイントの氷塊を扉の脇に置いた。
「そもそも、アンジュ様が取り逃がすからこんなことになっているわけですが、その失敗を取り戻したとなると私こそが天の神官に選ばれるわけですかね。なるほど。それはますます見逃せない」
パタンと本を閉じて、神官は錫杖を正面に構える。
「私が、天の神官と呼ばれる未来が見えますよ!」
叫ぶと同時に、神官は大きく後ろへと飛んだ。
直前までいた地面が凍り付く。
魔物は冷気を放出しながら、神官に向かって突進。神官は後ろに下がりながら、錫杖の先端から焔を放つ。魔物は焔をものともしなかった。けれど、魔物が放つ冷気もほとんどが氷結することなく水と変わる。
氷と焔の対決は、互角。
だが、神官はその攻防を利用して魔物の背後に回り込んでいた。
「爆破魔法!」
る 神官が叫ぶと、魔物の周囲で小さな爆発が起こる。
死角からの多点同時攻撃。予言でもしなければ回避は難しいその攻撃を、魔物は局所的に氷を形成することで防いだ。
「馬鹿なっ!」
神官は目を見開いた。
防がれるとは思っていなかったのだろう。だが、背後に回っておきながら、魔法名を叫んだのだ。防いでくれと言っているようなものである。
実際に防ぐ魔物の力も恐るべきものだが、それでも叫ばなければ防げていたかどうかはわからない。
「っと、危ない」
魔物は後ろ向きのまま、冷気を纏って神官に迫る。
神官は焔によって冷気を防ぎながら、逃げた。
まるで後ろに目でもあるかのように凍り付いた部分は踏まずに、一度も振り返ることなく、駆け降りる。
「魔物になってるとはいえ、随分はしたない攻撃方法ですね」
後ろ向きに迫ってくる魔物を見て、神官は呟いた。
「元、トレイス城の王女様」
美しい魔物の正体を。
◇
予言の神官が純白の魔物と激しい戦いを繰り広げているその頃。
「やっと抜けましたね」
「そうだな」
知恵の神官と元砦の門番は通路から外に出ていた。
「行くぞ」
「はい」
その部屋は血塗れだ。ベットには死体が横たわっている。そんな惨状を、クレバー達は全く気にしなかった。
クレバーにとっては王が死んでいようとも関係ない。クレバーが望むのはただ一人、自分を下した男の死だけだ。それ以外の人間が死のうが生きようが知ったことではない。たとえ、味方だろうとも。
「フェシー。魔神はすぐ召喚できるのか?」
「生贄さえあれば、すぐにでも可能です」
クレバーが問いかけると、フェシーは姿勢を正して応える。
「生贄の条件は?」
「生物ならなんでも可能です。ただ、本来の力に近い状態で召喚を行いたい場合には、魔力が高いものでなければなりません」
いつものように無駄なことはしゃべらない。クレバーの前でのフェシーは、必要なことをしっかりと順序だてて説明していた。
「また、死体でもかなりの数を集めれば、劣化品ですが召喚することは可能です」
「わかった」
クレバーは小さく頷いて、部屋を出る。
たった三つの死体の死体に使い道はない。それがわかった以上、この部屋に用事はなかった。
どこかにあるであろう仇を求めて、クレバーは歩き出す。
その後ろを、フェシーは嬉しそうな顔を浮かべてついていった。まるで、親鳥の後を追う雛鳥のように。




