錯綜
第六十一話。思惑は複雑に。
王の間に吹き荒れる暴風が止んだ。
姿を現したのは、ボロボロになって倒れるザルクだ。ピクリとも動く気配はない。
「殺したのかい?」
ミソロギは床に大の字で倒れているハーティルに問いかける。
「いや、生きてるはずだ」
「なるほど?」
遠くから見ていても判断がつかないので、ミソロギは倒れるザルクに近づく。それでも、生死はわからない。
「確かに、生きてはいるみたいですね?」
触れてみると、虫の息ではあるが生きていた。放っておけば死ぬだろうが、少なくとも手遅れではない。
「意図的にやったんですか?」
「まあな」
ハーティルは首だけを起こして、答える。
「ほう?」
その答えを聞いて、ミソロギは驚いた。
本来は魔法適性の高いものしか扱うことが出来ないと言われる大魔法。彼は魔力を込めた清水で魔法陣を形成することによって、適性の不足分を補っていた。
それだけでも不可能に近い行為。
それを彼は、威力のコントールまでして見せたのだ。驚くなというほうが難しいであろう。
「優秀ですね?」
ミソロギは縄を取り出し、ザルクの手足を縛り上げる。
魔力の流れを妨害する特別な拘束具だ。本物は魔封じの縄だが、まがい物にそこまでの力はない。
「譲渡魔法」
ハーティルに魔力を分け与え、一言。
「回復させないと死にますよ?」
確率は五分五分といったところだが、それをいえばハーティルは回復しないだろう。そんなミソロギの思いを察したのか、ハーティルはザルクに回復魔法をかける。
「ふぐっ」
そして、僅かに動いたのを見て、腹部を殴った。腕を引いて、もう一発。腕を振り上げて、さらに殴る。
「あとは任せてもらえるかい?」
放っておけば殺しかねないと判断し、ミソロギはハーティルをザルクから遠ざけた。
「君は少し休むほうがいい?」
傷は魔法で癒せるし、魔力もミソロギの魔法で回復させられる。それでも、体力だけは魔法ではどうにもならない。
「わかった」
頷いて座るハーティル。
だが、その視線は王の間の外に向けられており、耳はミソロギの声などではなく、外から響く音を聞こうと研ぎ澄まされていた。
錫杖は手放さず、何かあればすぐに動ける体勢だ。
それでは、休んでいるとはいえない。
「譲渡魔法」
ハーティルの魔力を、もう一撃は大魔法を使えるくらいに回復させた。
「心配なら、行ってあげたほうがいい?」
ハーティルが立ち上がる。
「ここは任せます!」
言うが早いか、ハーティルは走って王の間を後にした。それだけの元気があれば十分だ。
ミソロギは笑顔を浮かべ、懐から拷問具を取り出した。
「任されたよ?」
その笑顔の意味は考えるまでもない。
◇
際限なく現れる鎧達。
どうにか傷を負うことなく無力化する狼刀だったが、限界が近づいていた。
一つは足場。
鎧を無力化するには仰向けに倒すしかなく――俯せでは時間はかかるが起き上がってくる――その状態でも、近づけば攻撃は仕掛けてくるのだ。
必然的に、自由に動ける場所は減ってしまう。
もう一つは――
「――――」
声にならない叫びと共に、剣が振り下ろされた。
狼刀はその攻撃を受け流して――力は入っていないといえ、鎧自体の重さから繰り出される一撃は軽くない――鎧の後ろに回り込む。
背後からは押し倒さない。
鎧が後ろを向こうとして不安定になった瞬間に押し倒す。鎧は剣を振り回しながら、仰向けに倒れた。
その奥には、武器を構える大量の鎧。
二階にある鎧だけではなく、一階の鎧も階段を上がってきているのか、倒した数よりも倒れていない数の方が圧倒的に多かった。
「きりがないな……」
狼刀は肩を上下させながら、荒い呼吸を繰り返す。
クバウトやオルダー達との戦闘での疲れが残っているのだ。
これ以上長引くと、体力が尽きるほうが早い。
「――――」
鎧は正面から剣を振り上げて襲いかかってくる。
「くっ」
狼刀はぎりぎりまで引き付けてから、バックステップで振り下ろしを回避。鎧に飛びかかり、押し倒す。
メキッと、音がした。
倒れた鎧の下に、別の鎧がある。
重なり合った二体の鎧は、揃って狼刀に武器を向けた。
狼刀は鎧を蹴って大きく後ろに飛んだ。
「――――」
「――――」
鎧は獲物を逃がしたことを嘆くように、声にならない叫びをあげる。
「――――」
倒したばかりの鎧が起き上がった。
「まじかよ……」
下敷きになった鎧が押し上げているのだ。完全に立ち上がりはしていないが、時間の問題だろう。
「――――」
側面から別の鎧が現れる。
狼刀はその攻撃をかいくぐり、起き上がりかけの鎧に向かって、鎧を押した。
二体分の重さなら持ち上げられないだろうという判断だ。
もつれ合うようにして鎧が倒れる。
起き上がってくる気配は、ない。
下になった鎧は二体分の重さに負けたのだ。そこまでは狼刀の予想通り。予想外は、鎧の重さに負けたのが、鎧だけではなかったことだ。
床に亀裂が走り、たわむ。
「なっ……」
気がついたのは、狼刀だけだ。
鎧の群れは気にする様子もなく、ただ狼刀に向かっていく。脆くなった床に、鎧の重さが加わる。
亀裂は瞬く間に広がり、床が割れた。
割れた床は形を保てない。
鎧を巻き込みながら、床が崩れ落ちる。
狼刀は鎧を足場にして落盤部分から離れていくが、鎧の一体に足をつかまれた。振りほどこうとするが、鎧の手は離れない。
「くそっ」
さらに、周りの鎧が攻撃を仕掛けてくる。
防御に専念しなければならなくなり、鎧を振り払う余裕はなくなった。
崩壊は止まらない。
足場が崩れた。
落下すれば死ぬ。助かったとしても鎧に潰されて死ぬ。それを免れても、鎧にやられる。
「掴まって!」
少女の声が聞こえた。
誰の声かなんて考えないで、狼刀は手を伸ばす。
誰かがその手を握り、狼刀の体は勢いよく後ろに引っ張られた。
足が床から離れ、ずっしりとした鎧の重さが伝わる。
「――――」
鎧は自らの重さに耐えきれずに、落下。
狼刀は投げ飛ばされ、崩れていない床に転がった。
「王女様を助けなきゃ」
少女の声が聞こえる。
狼刀は起き上がって周りを見渡すが、姿は見えない。目の前には崩れた床と、堆く積まれた鎧の山だけだ。
「何がどうなってんだ……」
少女の声には聞き覚えがあった。
しかし、それは敵――狼刀を助けるはずのない少女の声だ。
狼刀は状況が呑み込めずに佇んでいた。
◇
混沌に満ちたデュース城。
それを外から眺める白衣を着た青髪の青年が一人。
「屍鎧の実験は終了。人工格のサンプルも回収っと」
青年――カイは、メモを見ながら確認をしていた。デュース城でやり残したことがないかの確認を。
「あとはー」
狼刀が来た時から、この日が遠くないことは予想がついていた。多少の前倒しを含めて、最低限のことは終わっている。
「うん。これで終わりだね」
不敵な笑みを浮かべ、カイは小さなスイッチを押した。そのスイッチは、地下牢獄の仕掛けを発動させるためのもの。
「生き残ったならまた会おう。ユウキロウトくん」
悪意のこもった置き土産を残して、カイは城に背を向けた。




