参戦
第六十四話。戦いに加わります
「見つけたぞ」
銀の瞳をぎらつかせ、憤怒の表情を浮かべる黒ローブ。知恵の神官クレバーが王の間に現れた。
「僕様を痛めつけてくれた化け物め」
「痛めつけたって……」
狼刀は彼を気絶させるために竹刀の一刀を頭に叩き込んだだけだ。それを痛めつけた呼ばわりされるのは甚だ心外であった。
化け物という部分も否定はしたいのだが、先を知っているかのように――実際知ってるわけだが――動く自分は敵から見ると化け物に見えるかもしれない、と自覚しているが故に否定しない。
「黙って死ね!」
クレバーは顔を赤くし、錫杖を振り上げる。
「守りたまえ 助けたまえ」
それは、魔法の詠唱だ。
狼刀は召喚魔法の完成を防がんと、刀を抜きながらクレバーに迫る。
「我が矛となれ 我が盾となれ」
魔法陣がどのようになっているかはわからなかった。それでも、魔法の詠唱が進んでいることは間違いない。
「クレバー!」
挑発するように、自分の存在に気がつかせるように、狼刀は名を叫びながら斬りかかる。
みねうちなどではない。
本気で斬り裂く一撃だ。
「クレバー様と呼べ。愚か者が」
その一撃を防いだのは、クレバーではない。
狼刀の視界に全く入っていなかったフェシーが、錫杖で狼刀の刀を受け止めていた。
「我が魔力を糧として」
クレバーは狼刀のほうを向きもせずに、詠唱を続けている。
狼刀は何とか詠唱を中断させようとするが、クレバーの守護に専念するフェシーを突破することが出来なかった。
「今ここに召されよ」
大魔法発動のための詠唱が終わる。
そこで、クレバーは狼刀を見た。
勝ち誇ったような顔で、怨嗟の炎を目に宿し、錫杖を振り下ろす。
「召喚大魔法」
魔法陣がどこにあるのかはわからない。けれど、フェシーが狼刀から離れて見つめる先こそ、魔法陣のある場所なのだろう。
防ぐことは叶わなかった。
落胆する狼刀の前で、魔物が姿を現す。――純白の美しい魔物が。
「クレバー。あなたの魔法はいつも役に立ちませんね。味方として召喚したいなら、ステイマーの飼ってる魔物や邪神教徒を召喚すればいいものを。今回に限っては元の王女様の魔物だなんて、敵ですよ。姿を変えられていて弱体化しているとはいえ敵を増やしては意味がない」
魔物と一緒に魔法陣から現れた予言の神官が、クレバーに対して説教を始める。
「僕様の魔法にケチをつけるのかい?」
「そうですよ。いくらクバウト様でもクレバー様をけなすことは許されませんよ」
クレバーが言い返し、フェシーはクレバーの援護した。
「ケチをつける? けなす? そんなことをしているつもりはありません。僕はただ真実を述べているのです。大値あなたの召喚が当てにならないのは今に始まったことではないでしょう。自分で自分の魔法の危うさにすらきづけていなかったんですか?」
クバウトも負けじと言い返す。
「僕様の魔法は完璧だ。欠点なんてない」
「そうですよ。クレバー様の魔法は完璧な魔法なんですよ」
クレバーは完全に自画自賛だ。
フェシーは復唱するだけで、彼自身の言葉である感じはない。
「完璧? そんなものは存在しないだろう。むしろ、フェシー。君はスクリスィのあとを継いだ立派な魔神召喚士だ。そちらのほうが優れていると僕は考えるね。何せ召喚したいものをある程度絞っていけるのだから」
神官同士の言い争いは終わる気配がなかった。
「話のすり替えはいらない。今は僕様の魔法の話だろう」
「そうですよ。自分の力は魔神を降ろすだけしかできませんし」
そんな神官達を無視して、魔物は狼刀に向かってくる。狼刀は刀も竹刀も向けなかった。
「クレバー。あなたはその魔法で本殿を壊しかけたことを覚えていないのかい? あの時はアンジュ殿がいたから何とか事なきを得ましたが、それがなかったら、いえ、あったとしてもあなたの魔法には制限をかけるべきだと僕は考えますよ」
クバウト曰く、この魔物は王女様が姿を変えられた姿だ。敵の言葉を素直に信じるわけではないが、クレバーに向けたその言葉が嘘だとも思えない。
敵意のない澄み切った瞳で見つめてくる魔物を見て、その思いは確信に変わった。
少し考えてから、狼刀は太陽の手鏡を取り出す。
「アンジュ様がいたからどうにかなった。つまり、僕様の召喚で呼び出されるものはそれほどまでに強いということだ」
「そうですよ」
「いくら強くても味方を滅ぼすような魔物を召喚する奴がまともだと僕には思えないね。現に今回も君が召喚したのはとても強い魔物だ。しかし、王女様が姿を変えられて魔物となっているだけで、王子達の敵討ちという点から考えても敵――」
手鏡に映し出され、魔物の姿が変化した。
四足歩行の獣のようなシルエットから、二足歩行の人の姿へと。気高さを感じさせる鬣は、凛々しさを感じさせる銀髪に。純白の毛皮だったものは、白を基調とした衣装へと変わる。
黄緑色の瞳が狼刀を見据えた。
神官達の言い争いは続いているのだろうが、何も耳に入って来ない。
目の前の少女に、狼刀は目を奪われていた。
腰に携えた黄金の鞘に、腰まで届く艶やかな銀髪。何よりも、人形のように整ったその顔から、目が離せない。
「ふっ……」
儚い笑みを浮かべ、美少女は神官達の中心へと躍り出た。慌てたように錫杖を構える三人に対して、少女は優しい笑みを浮かべる。
「安心なさい。殺しは、しないわ」
鞘からレイピアを取り出し、三人の錫杖を切断。
「なっ。はや、くっ……!」
慌てて後ろへ距離をとろうとするクバウトに、足を引っかけてバランスを崩させると、体勢を立て直す前にふわりと回って、踵落しを決める。
「がっ……」
クバウトは俯せに倒れて、動かなくなった。
「まずは一人」
「火炎魔法」
クバウトを倒した少女の背中に向かって、クレバーは魔法を――おそらく――放つ。
「それ、さっき飽きるほど見たのよね」
少女は振り返ることなく魔法を――おそらく――躱すと、レイピアの持ち手をクレバーの腹部に叩き込む。
「てめぇっ」
さすがに一撃では倒れないクレバーだったが、少女は流れるような動作で下顎に向かって、持ち手の部分を振り上げた。
「ぐぶっ」
命中。クレバーは苦悶の声を残して、倒れた。
「な、ま、まさか……」
自分より強い神官二人があっさりと負け、足が震え出すフェシー。
「あと一人は殺してしまいましょうか」
少女は可憐な笑顔で、レイピアを振るう。狙いは寸分たがわずフェシーの首。ほんの少しでも動けば首の皮が切れてしまいそうな距離で、止まっていた。
「あ、……」
ただの寸止め。
それでも、フェシーの意識を奪うのには十分だった。




