繰り返すもの
第五十五話。ループループループ
「大丈夫かい?」
ハーティルの声を聞いて、狼刀は目を覚ました。その光景には見覚えがある。セーブ地点まで戻ったのだ。
「大丈夫だ。それと、少し戻っていいか?」
狼刀は、効率よく進むために、新たな手を打っておくことにした。
「おや。どうなされたのですか?」
城に入ってすぐの場所に、王をはじめ、カイやクエラなどの主要人物が揃っていた。なぜかと考え、狼刀はすぐに結論に辿り着く。
彼らに見送られてすぐに、狼刀はセーブポイントを更新したのだ。
その場所にいることは、必然だった。
「トレイス城にいる神官も生け捕りにしたいと考えています」
狼刀の唐突な発言。
その意図を最初に汲み取ったはカイだった。
「それを護送するための人員が欲しいということですか?」
「はい。それから、神官が身につけていた衣装も、お願いします」
狼刀は深々と頭を下げる。
返事はすぐにこなかった。
カイと、王と、クエラが話す声だけが漏れ聞こえる。
だが、内容まではわからない。
狼刀は受け入れてくれるように祈るだけだった。
「……頭を上げてください」
王の言葉に、狼刀はゆっくりと頭を上げる。
王はにっくりと笑顔を浮かべていた。
「護送の件はクエラに任せます」
「命にかえても、果たしてみせます」
王の横でクエラが力強く頷く。
「準備が必要ですので、少し待っていただくことに――」
「あ、いえ」
王の言葉を狼刀は遮った。
「我々は先に向かいますので、準備が出来次第来ていだければと思います」
ここで足止めされるわけにはいかない。
時間をかければ傭兵団と神官が接触してしまうのだ。そうなれば、神官の死は不可避。敵であるはずの神官を生かすために、狼刀は急がなければならなかった。
「……わかりました」
そんな思いが表情に出ていたのか、王が重々しく頷く。
「では、準備が整い次第向かわせましょう」
「ありがとうございます」
お礼を言うなり、狼刀は走り出した。
そんなやりとりに時間を使い、道中は走ることで時間を短縮した。その結果がプラスなのかマイナスなのかは判断がつかない。
本当ならすぐにでも王の間に向かってしまいたかったが、それではハーティルの不信を招くことになるだろう。
二手に分かれることを提案し、ハーティルの姿が見えなくなってから、狼刀は王の間に向かった。
表情から察するに、すでに不信感は抱いているやしい。出たと思ったら中に戻ったり、突然走り出したり、二手に分かれると言い出したり、心当たりは多々あった。
だが、そのケアを考える余裕は今の狼刀にはない。
扉を開け、予言の神官を視認する。
「予言どおりですねぇ。まっったく、予言通りです」
全身を覆う鉛白色。手に持った本。振り乱す白い長髪。
「僕は予言の神官。強く、賢く、偉大なる三神官の一人」
冗長な口上など聞くまでもない。
「なっ、いつの間に」
「黙ってろ」
接近に気がつかなかったクバウトに、狼刀は竹刀の一撃を叩き込んだ。
「ぐはっ……」
魔法で対抗する暇すらなく、クバウトは倒れた。
「何かあったんですか? それ?」
現れたのは、ハーティルだ。
半分とはいえ、城の中を探索していたにしては到着が早すぎる。狼刀が言えることではないが、途中を略してここまで来たのだろう。
「移動しながら話すよ」
不信感が招いた事態だが、今は都合がいい。
狼刀は数歩進んで膝をつくと、神官を背負う役目をハーティルに代わってもらい、神官の気配を感じたからだと簡潔に状況を説明した。
「それで、こいつを連れたまま進むのか?」
納得したわけではないだろう。
「いや、クエラに預けて俺たちは進む予定だ」
「なるほど」
それでも、余分な質問はされなかった。
「なら、その時でもこいつのアイテムをもらうとするかな」
「そうだな。服も役には立つぞ」
「……色がちょっと気に入らないけどな」
予想通りの台詞に、狼刀は苦笑いを浮かべる。
「あとで染めたらいいんじゃないか?」
「そうするよ」
きっと赤だろう。狼刀はそう思った。
「それで、クエラとはどこで会うんだ?」
「僕の名前はクエラヴォスです。ハーティルさん」
ハーティルの問いに答えのは狼刀ではない。入口の扉を開けて入ってきたのが、まさにクエラだ。
「はい、これどうぞ」
クエラは持っていた黒い塊を狼刀に渡す。
「悪かったな。クエラ」
ハーティルは平謝りしながら、背負っていた神官を投げ捨てた。
「クエラヴォスです」
神官を一蹴りしてから、クエラヴォスは神官の腕を掴む。
「名前直す気ありませんよね」
引っ張りあげて、クエラは神官を担いだ。
「クエラ、二人組は見かけたか?」
神官の扱いが雑過ぎるとは思ったが、口にしない。それよりも気にかけなければならないのは、傭兵団の動向だ。
「僕の名前はクエラヴォスです。見かけましたよ」
「なら、続きは外で話そう」
鉢合わせは避けたい。
そんな狼刀の目的を感じ取ったかはわからないが、二人は言われるがままに外に出た。そして、それぞれの方向に向かって進んでいく。
「あ、クエラ」
狼刀は慌ててクエラを呼び止めた。
「僕の名前はクエラヴォスです。それで、要件は?」
「本拠地に乗り込むにあたって、敵は出来るだけ生け捕りにする予定だ。だから、それを運び終わったらまた護送を頼みたい」
「そのことですか」
クエラはため息をついた。けれど、やりたくないとか面倒だという雰囲気ではない。
「カイさんが手を打ってますから、心配はいりませんよ」
「あ、はい」
諭すように告げるクエラに別れを告げ、狼刀はハーティルと合流した。
砦からは見えない位置で、狼刀は作戦を告げる。ハーティルは半信半疑といった様子だったが、他に手を思いつかなかったのか、反論はない。
「行くぞ」
狼刀はクエラからもらったクレバーの服を着て、砦に向かった。
「あなたがたは……?」
二人を出迎えるのは、フェシーだ。その視線は、狼刀に向けられ、固まっている。
「それは、クレバー様の衣装ですか? 何故、あなたのような選ばれし神官ではないものが持っているのですか? クレバー様の衣装を?」
フェシーは狼刀に詰め寄った。同じく三神官の一人であるはずのクバウトの衣装を着たハーティルには、見向きすらせずに。
「私は、知恵の神官から大神官様への伝言を承ってまいりました。通していただけますか?」
狼刀は作戦通りに、自分が使者という設定で話を進める。
「確かに、その浄衣はクレバー様の物。親書とは違い偽造されることのない浄衣を選ぶとは、クレバー様は流石です」
フェシーは一人でに納得すると、後ろを向いた。
「さあ! 道を開けなさい! クレバー様の使者の方が通られます」
腑に落ちなくても上からの命令は絶対なのだろう。神官達は一糸乱れぬ動きで中央に道を作った。
「さあ、こちらへどうぞ」
案内をするように、狼刀の前を歩くフェシー。
狼刀はその後に続きつつも、不自然に神官がいない部分を探す。
「同じだな」
闇雲ではない。前回と同じ当たりだろうと見当をつけて探したのだ。すぐに見つかるのも当然といえば、当然だろう。
繰り返しているだけの世界では同じ動きをする限りは同じ結果になる。前回と同じ会話した結果、神官の動きも同じであり、レラジェの居場所も同じだったのだ。
そして、フェシーが見えない壁にぶつかる位置も同じだった。
「サブナック。避けていてください」
フェシーが見えない壁に語り掛ける。
それと同時に、狼刀はレラジェに向かって走り出した。
「ハーティル!」
「わかってる」
動きの変化に気づき、レラジェは矢を放つ。
そのことをわかっていた狼刀は、先手を打つべく、竹刀を投げた。
「げ、下郎ごときがぁ!」
レラジェが――おそらく消滅する。
狼刀は二本の刀を構えた。
残る相手は神官達だ。
さすがに戦闘の流れまで同じということはなかったが、メンバーが同じなのだから手は似てくる。武器破壊、気絶、足の狙い撃ち。
一度経験している狼刀は、スムーズに神官達を無力化した。
ハーティルはまだ魔神と戦っていたが、押されている印象はない。余計な干渉はしていないのだから、結果は変わらないはずだ。
狼刀は無限に続く廊下の攻略法を求めて、神官達の懐を漁ることにした。
薬草。宝石。アクセサリー。あとは入門書。
めぼしいものを持っているような神官は一人もいなかった。新たな発見といえば、全員が体のどこかに魔法陣の烙印が押されていたことくらいだが、刺青みたいなものだろう。
「終わったみたいだな」
そんなことをしているうちに、ハーティルの決着もついていた。
「本当に殺さないで制圧できるとはね」
「まあな」
「クエラ達がじき回収に来るだろう。僕らは進もう」
「捕らえてからな」
今までとは違い、クエラはクバウトを城に置いて来てから、神官を捕えに来る。その間に意識が回復して逃げられる可能性も十分に考えられた。
「これでいいかい?」
魔法か何かで、ハーティルが神官達を小さくまとめる。原理は全くわからないが、きっと大丈夫なのだろう。
「ああ、行くか」
狼刀が頷くと、ハーティルは小さな瓶を足元に置いた。




